出撃。

「ルディア様。お食事です」


 早朝、ルダの側で忙しくしているはずなのだが、ランデンはパンとスープの入った器をもって、塔までやってきた。


 だが扉の外の小さな窓から食事を差し入れるだけ。


 ーーそれならわざわざ彼自身が来なくてよいものを。


 ランデンの徹底した態度にルディアはそう皮肉りたくなったが、何も言葉を発さなかった。食事に目をやったが、すぐにベッドに戻り、小さな窓から青い空を仰ぐ。


「食事は食べるようにしてください」

「食欲がないわ。下げて」


 ーー彼とはもう分かり合えるはずがない。


 一晩考え、ルディアは答えを出した。そして、魔族なのに魔法すら使えず、長老の一族としての統率力もないことを思い知った。

 だが人間の世界に残る魔族達の総意が、人間を滅ぼすことだったとしても、彼女は同意するわけにいかなかった。

 

「ルディア様」

「食事をとってほしければ、戦いをやめて。人間を滅ぼすなんて馬鹿なことを」

「ルディア様」


 それまで請うような言い方だったのだが、ルディアが条件をあげるとすぐに硬い口調に変わる。


「だったら、何も食べないわ。人間が滅ぶなら、私が死ぬ。それだけだわ」

「ルディア様!馬鹿なことを、あなたの存在と人間の存在を同等になど考えないでください!」

「同等よ。命に上も下もないわ」

「ルディア様!」


 ルディアは一歩も引かず、ランデンに言葉を返す。

 だが、ランデンもルディアの迷いごとを聞くわけがなく、口をつぐんだ後、長い息を吐いた。


「また昼食時にきます。食事はとるように」


 言っても聞かない。それでも腹が空けばいやでも食べ物の誘惑には抗えないだろう。ランデンはそう踏んで、塔を後にした。

 残されたルディアは、パンとスープに目をやったが、気力を使って目を逸らした。




「そんなことをわざわざ伝えるために来たのか」


 王座の間は騒然としていた。

 バルーは火と水の精霊を従えているとはいえ、唯の人間にすぎない。だからルダに会いたいという彼を魔族は止めた。

 火と水の精霊が軽く暴れて、死んだ者がいないが、怪我人が出た。そうまでして、バルーが行動を起こしたのだからと、話を聞いてみて、ランデンは思わずその言葉を漏らした。


「予感くらいで、こんな騒ぎを起こすなんて」

「ランデン。精霊の予感だ。そんなことではないのだろう」

「しかし」

「警戒はさせよう。今我々はすこし浮き足立っておる。そういうことだろう。バルー」

「別に、そういうことではないよ。ただティマが珍しく怖がっているみたいだからね」

「こ、怖がって?バルー、アタシが怖がるわけないでしょ。ただ嫌な予感がするだけなのよ!」


 ひと暴れした後は大人しくしていた火の聖霊だが、バルーの物言いにまさに火の如く怒りを現し、王座の間に緊張が走る。


「ティマ。本当に、君は怒りっぽいね。私も呆れてしまうよ」


 だがバルーが苦笑し、火は動きを止めた。


「悪かったわ」


 そして媚びるようにバルーになだれかかる。


「それじゃあ、私の用事はこれだけだから退散するよ」


 バルーは、現在王宮の主であるルダの許可を求めることもなく、火の肩を抱き踵を返す。その態度に苛立ったライダンを抑えたのは、ルダだ。


「ルダ様!」


 背後から聞こえた苛立ったランデンの声。バルーは苦笑しながらも歩みを止めることなく、扉を開けて堂々と出て行く。その間、火の精霊は背後を振り返り、顔を歪めた彼の顔にいやらしい笑みを投げ掛けた。


「ランデン」


 杖を強く握り締めた彼を制止したのはルダだ。

 

「放っておけ。揉めても仕方がない。今は、我々の味方なのだ」


 主の台詞にランデンは怒りを呑み込んだ。




「ティマ。ランデンを挑発するのは得策じゃない」

「だって、バルーもしてたじゃない」


 王座の間を出て、二人は渡り廊下を歩く。

 すれ違う魔族達の視線はどれも友好的ではない。同盟を結んでいるのは知っているが、バルーは人間にすぎず、仲間とは認められていないからだ。


「本当、嫌な感じだわ。早く人間を滅ぼして、こんな奴らとの同盟なんて終わらせましょうよ」

「そうだね」


 火の精霊はバルーに敵意を向ける魔族を睨み返しながら、彼の腕に手を回す。それにバルーは曖昧に笑い返した。

 

 

 ☆


 アドランに飛ぶのは、アイル達四人とセンミンが率いる魔法使いと戦士の六十人だった。数としては少ないが、その戦力は一般兵士一万以上に匹敵する。

 アイル達は精霊の力を使って飛び、魔法使い達は瞬間移動の魔法でいくつか班に分かれて飛ぶことになっていた。


「今回集まってくれたことに感謝する。私、センミン・アドランは、王に代わり皆に感謝の意を伝える。本日、我らは我がアドランの地を魔族から取り返し、奪われた命を蘇らせ、人間の正義を見せるのだ」


 センミンがそう宣言すると、熱気溢れる声が上がる。森から鳥が羽ばたき、騒然とした雰囲気になった。


「ああ、本当嫌な奴だ。何が人間の正義だ」


 人々から離れた場所に立っているアイルの隣で、ガルタンが忌々しいそうに吐き出した。


「しょうがないよ。ガルタン。あいつは王様の息子で、王子だ。ああでも言わないといけないんだろう」

 

 なだめるようにシアが返して、ガルタンは鼻を鳴らす。


「始まるみたいだぞ。俺達も行こう」


 いくつかの班にわかれ、魔法使いが杖を掲げる。


「アイル」

「はい」


 様子がずっとおかしいセンミン。アイルは彼をずっと見ていたが、センミンがアイルの視線に答えることはなかった。


 ――最後なんだけどな。


 それが少しさびしく思ったが、アイルは首を横に振って、ウェルファの傍に立つ。


「準備はいいか?」

「はい。お願いします」


 アイルはウェルファの土の精霊と移動することになっていた。ガルタンは木の精霊と共に姉と飛ぶ。

 未練がましく、彼女は再度センミンを見てしまう。すると彼がアイルの視線を気づいて、微笑んだ。困ったような微笑だが、アイルは少し嬉しくなって反射的に笑みを返す。彼の戸惑ったような表情が見えたと思ったら、アイルの視界は精霊によって遮られた。

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