嫌な予感

「バルー。嫌な予感がするわ」


 簡易に作った天幕の下で仮眠をとっていたバルーは突然現れた火の精霊によって目覚めさせられた。妻の名と容姿、その声すら持つ彼の精霊は遠くに視線を向けて、不快だといわんばかり顔を歪めている。


「嫌な予感? 精霊の君がそんな風に言うなんて面白いね」

「嫌な感じなのよ。今は気配を感じないけど、多分、金、木、土の奴ら同じ場所にいるわ」

「同じ場所。木の精霊もか?」

「多分ね。昨日木が移動した場所と土が戻った場所が一緒だわ。一瞬だけど金の気配もしたしね」

「何を考えているのかな」

「戦う気じゃないの? あの金の契約者は馬鹿みたいに怒っていたから」

「戦うね……」


 バルーは立ち上がり、火の精霊と同じ方向を見た。


「彼達が考えなしに戦うことはありえない。何かしら、新しい状況が生まれたのか」

「新しい状況?どういう意味?」

「さあ。普通に戦っても彼達は負ける。昨日のように。ああ、木の精霊が加わればこちらが不利になるか……」

「ふん。木なんて。戦力にならないわ」

「だったら、どうして君は嫌な予感だと思うんだ?」

「アタシにも説明ができないわ。ただ、嫌な感じなのよ。水!あんたはどうなの?」


 彼女が宙に向かって叫ぶと、すぐに水色の球体が表れ、人の姿を取る。


「何も感じないわ」


 煩わしそうに髪を掻き揚げ、水の精霊は火に答えた。


「嘘。だって……」

「火。どうしたのよ? 怖いの?」

「怖いって。何が?」

「だって、そんなのあなたらしくないわよ」


 水の精霊に馬鹿にされたように微笑まれ、火は悔しそうに口をつぐむ。


「嫌な予感をだいたい当たるものだ。ルダ殿に進言してみよう。備えることは無駄じゃないからね」


 バルーは妻にしていたように、火の精霊の肩を抱く。

 そうして彼は、現在はルダが支配する王宮内部へ歩き出した。




 ガルシンの家で、作戦会議が開かれた。

 参加するのはアイル達以外に、数人の魔法使いと戦士達だ。

 彼らは彼女達に視線を向けることなく、ただセンミンとガルタンの傍についている。


「今回の目的は精霊の石を集めることだ。金、土、木の精霊の石はすでにこちらにあるので、バルーが従える火と水の精霊を石に封じ込め、奪取することを目的とする」


 ガルシンは腕を組み険しい顔をしたセンミンの隣で、皆を見渡しながらそう始めた。


「センミン様、ウェルファ、ガルタンの三人は精霊を使って、火と水の精霊を抑えてほしい。そうしてアイルが身動きのできない二人の精霊を石に封じる。アイル。あなたが一番重要な役割だ。私としては、別のものを変わってほしいところだが」

「それはできません!」


 ――誰にも死んでほしくない!


 アイルはガルシンの言葉を遮り、叫んだ。

 視線が集中するが、彼女は顔を上げて、はっきりと彼を見た。

 ガルシンは視線を受け止めた後、小さく息を吐く。


「あなたの意志を尊重しよう。センミン様もよろしいですね?」

「ああ」


 ――なんでセンミンに確認するんだ?


 ガルシンがセンミンを王族として敬っていることは知っているが、アイルは妙な気分になる。

 そう思ったのは彼女だけではなく、すぐにシアが声を上げた。


「センミンに同意を求めるっておかしくないかい?センミンが反対しようが、アイルがやるっていったら、やるんだ。まったく王子だからって」

「シア!」


 ガルシンが諌めるように彼女の名を呼び、シアは口をすぼめる。代わりに噛み付いたのがガルタンだ。


「僕達はアドランの駒じゃない。目的は石の奪取だ。アイルを援護して、火と水の精霊を石に封じたら移動する。それだけだよね。師匠?」


 決別してから決して「師匠」と呼びかけなかったが、ガルタンは叔父を睨んであえてそう呼ぶ。


「気分を害したようで悪かったな。そうだ。お前達は石の奪取を頼む。外野は私達が抑えよう」

「外野、魔族をまた殺す気?」

「向こうが襲い掛かってきたら、やり返すのは当然だ」


 ガルタンに冷たく返したのはそれまで黙っていたセンミンで、またしても二人はいがみある。

 

「センミン様、ガルタン」


 二人の間にガルシンが入り、作戦会議ともいえない話し合いは終了した。

 



「ナ、アイル」


 王宮に向かう前にアイル達は部屋に戻っていたのだが、扉を叩く音がして、名を呼ばれる。声からして、センミンとわかり、彼女は顔をしかめるシアを制して扉を開けた。


「何か用ですか?」

「話をしたい。ちょっといいか?」

「何の話だい?」


 アイルの背後からシアが顔を出し、センミンに噛み付く。


「アイルと二人で話したい」

「何だい?あたしは邪魔なのかい?」


 シアはアイルが答えないうちに彼女を守るように言い返した。


 ――様子がおかしい。


 センミンの少し憔悴した表情が心配になり、アイルはシアの肩に手を置く。


「シアさん。大丈夫です。ちょっとセンミンと話してきますね。さ、センミン。行きましょう」

「ありがとう」


 お礼を言うなど本当に彼らしくなく、アイルはますます心配になった。シアは肩を竦めたが、それ以上邪魔をすることなく、彼女を見送った。


 家の外に出て、喧騒から少し離れて、二人は木陰に移動する。日は昇り、空を覆う木々の隙間から日の光が差し込んでいた。


「アイル。やはり、今回戦いに参加するのはやめる気はないか?」

「またその話ですか?だったら、時間の無駄です」


 ――なんで、センミンは昨日からずっと私を止めるんだろう。また裏切るって思っているから?今度は「戦い」じゃないから、心配しなくてもいいのに……。それとも、命を削ることを知っているか?ありえない。だって、私が命を削ったとしても彼には関係ないことだ。


 アイルは首を横に振ると、センミンから離れようとした。


「アイル!」


 センミンはアイルの腕を掴む。


「放してください」

「いやだ。行かないと約束しろ。そして石を俺に渡せ」

「誰が。なんで、そう反対するんです!今度こそ私は絶対にやり遂げます。信用してないんですか?」


 止める理由が、「失敗」や「裏切り」を心配しているようにしか思えず、アイルは声を荒げた。


「そうじゃない!アイル。頼む。行かないでくれ」

「嫌です!」

「センミン。いい加減にしろ!」


 争う二人に声を掛けてきたのは、ウェルファだった。

 力が弱まり、アイルはセンミンから離れる。


「アイルは裏切らない。お前もわかっているだろう。なんで止めるんだ?心配か?お前も、俺も、そしてガルタンもいる。皆で守ってやれば、大丈夫だ。アイルだって、水の剣を持っているんだ。そういや銀の盾はすべて攻撃から彼女を守る。心配なんてすることはない。お前、何か隠しているのか?」


 彼にしては珍しく長々と説い、センミンの真意を探ろうと目を向けた。

 アイルも、彼の不可思議な行動の意味が知りたくて、同様に視線を投げかける。


「……別に。そうだな。俺は心配しすぎた。悪かったな」


 センミンは二人の視線から逃げる様に、目を背け、踵を返した。


「準備の邪魔をして悪かった」


 そうして逃げるように、魔法使いや戦士が集う場所へ歩いていく。


「……ナ、アイル。あいつは何かを隠している。おそらくガルシンも。気をつけろ」


 ウェルファはセンミンの背を睨んだまま、静かに囁く。 

 

「はい」


 隠して事をしているのは、自分も同じで、アイルは俯いて返事をした。

 彼はセンミンから彼女に目を移し、目を細めたが、何も言わなかった。


 二人はそうして、しばらく無言で立っていたのだが、角笛の音が高く響き、動き出す。


「行きましょう」

「そうだな」


 最初に声をかけたのはアイル。躊躇などしていられない。 

 時間が立てば迷い、生きることへの執着などが出てきそうで、アイルは足を踏み出す。

 ウェルファは、その後ろに続き、家の前に集まりつつある集団に加わった。

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