長い夜3
――今日は最後の夜。
そう思うと、アイルは眠ることができず、シアを起こさないようにベッドから体を起こした。
ゆっくりと扉を開き、静まり返った廊下を歩く。
窓を見ると、外は満月の明かりに照らされ、ぼんやりと明るかった。
アイルは誘われるように外に出て、夜空を見上げる。
――こうして月を見ていたら、銀の精霊が降りてきたんだっけ。
もしかしたら神は月に住んでいるのか?
そんな突拍子もないことを考えながら、家の外に出る。
最後の夜。
それはとても静かで、寂しかった。
寒くないはずなのに、寒さを感じて、アイルは腕を抱くように抱えた。
ふいにふわりと体を包むものが掛けられ、彼女は振り返る。
そこにいたのは、困った顔をしていたセンミンで、彼は自分が羽織っていた外套をアイルに掛けていた。
「センミン……」
お礼と言うべきか、そんなことを思いながらもアイルは何も言えず、ただ彼を見つめるだけだった。
「ごめんな」
最初に口を開いたのはセンミン。
「どうして、あなたが謝るんです?」
謝罪などもらう必要はない。逆に謝る必要があるのはアイルだった。
「うん。そうだな」
彼らしくなく、悲しそうに笑い、彼は空を見上げる。
――おかしい。様子が……。
それよりも私は謝らないと。
「センミン! 私こそ、すみません。兄を、魔王を討てずに」
頭を下げて謝るが、それに対してセンミンが答えることはなかった。
ただ、肩をつかまれ抱きしめられた。
「ごめんな」
「センミン?」
――意味がわからない。彼は怒っていないのか?いや、怒っているはずだ。だって謝罪に答えない。それどころは謝ってる?
アイルは困惑するしかなく、彼の腕の中でもがく。
「ナル……いやアイル。もう二度とバルーを殺せとは言わない。だけど、火と水の精霊を封印する石を渡してくれないか?使い方を教えてくれると助かる」
「どうして?」
「お前は今回参加しないほうがいい。俺がお前の代わりに石を使う」
「だめだ! それは、絶対に」
「なんで? なんで俺に渡せない?」
「石は私が使う。絶対に!」
――死ぬのは私だけでいい。
アイルは渾身の力を込めて、彼の腕から抜け出す。
「いっつ!」
「ごめんなさい!」
思いっきり肘をぶつけたせいか、彼が胸を押さえた。心配になって駆け寄るが、センミンはアイルを再びつかまえ、腕の中に閉じ込めた。
「アイル。頼む。石を渡して、どこかに行ってくれ。戦いが終わるまででいいから」
「いやだ。絶対に石は渡さない。だいたい、今回は戦いじゃない!」
アイルは逃げ出そうと彼の腕の中で暴れまくる。
「センミン! 何やってんだい! 腕づくとか卑怯じゃないか!」
シアの声がして、センミンの腕の力が弱まり、アイルは飛び出した。シアが怒りながら家の中から走ってきて、彼女の傍に立つ。
「まったく、無理やりとか。男の風上にもおけないねぇ」
「シアさん、違います!」
――彼の意図はおそらく違う。
何か、彼の決死の思いを感じた。
怒るシアに、普段の彼ならすぐに言い返す。しかし、センミンは無視して、そのまま家に戻っていく。
「やい! センミン! なんだい。何も反論なしかい。まったく!」
彼に駆け寄ろうとするので、アイルは慌ててシアを止めた。
「何でもないんです。シアさん!」
「止めるんじゃないよ! アイル。センミンの奴、王子ってわかったとたん、なんかおかしくなっちゃって。とっちめてやる!」
「シアさん!」
あまりの騒がしかったのだろう。
ガルタンも玄関の扉付近で顔を出す。
「ちょうどいい。ガルタン。そいつを捕まえな! ナルを、アイルを襲おうとしたんだ!」
「違います! シアさん。ガルタン。違うから!」
寝起きの上に、シアとアイルの言葉で混乱しているガルタンの傍をセンミンはすんなりと通る。
「ガルタン!」
「シアさん。いいですから。ガルタン。起してごめん。気にしないでいいから。寝てください」
「ん?あ?」
ガルタンは家の中に入っていくセンミンの背を見たが、アイルがシアを押さえているのを見て、姉の勘違いかと納得する。
「シアさん。もう寝ましょう。明日は大事な日なんですから」
「アイル~」
不服そうなシアの腕を掴み、アイルは強引に家に連れ戻す。ガルタンは姉のまた早とちりかと思い、大きな欠伸をしながら、家の中に戻った。
アイルに部屋に連れて行かれたシアは、自分の味方をしなかったガルタン、様子のおかしいセンミンについて色々愚痴をもらしていたが、結局眠気に負けてゆっくりと眠りに落ちていく。
つられてアイルもいつの間にか彼女の横で倒れるように眠りについた。
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