長い夜2

「タナリ、ありがとう」


 ウェルファが礼を言うが、土の精霊タナリは表情を崩すこともなく、ただ頷くと石の姿に戻った。

 それを懐に入れて、彼は村に足を踏み出す。


 時間は真夜中をとっくに過ぎている。

 こんな時間に訪れるなんて正気の沙汰ではなく、シアに下種な勘繰りをされてもしかたがない。

 だが、ウェルファは、明日の最後の戦いに行く前にマイリに会いたかった。眠っているはずだが、その顔でも見ることができれば、それだけでウェルファは幸せだった。


 彼女がロウランに戻ってから数年、定期的に彼女から手紙が届いた。

 彼の思いをまったく知らない彼女だが、本当に、恋愛などに興味がないのか、そのような話題の手紙をもらった事はない。それに安堵しつつ、彼女からの定期的な連絡を待った。

 困った時彼を頼ってくれたのがとても嬉しく、ロウランに旅立つことをすぐに決めた。

 まさか、精霊の戦いに巻き込まれ、しかも自身も精霊の契約主になるとは予想もしていなかったが、マイリとも会えて、ウェルファには不満はない。 

 この戦いが終わったら、告白するつもりでもあった。さすがにこのまま気づかれないままだと、彼女がどこの誰かと結婚するのは秒読みだ。

 彼女はとても可愛い。しっかりとした性格とのギャップがあるのも魅力的だ。


 ウェルファはマイリが滞在しているはずのルディアの家の前まで来てどうしようかと迷う。

 寝顔だけでも見ようかと思ってきたが、あまりにも非常識だと冷静な自分が諭す。


 ――明日で戦いは終わる。終わるはずだ。今回は火と水の精霊を石に封じることができる。しかも、木の精霊も味方だ。負けるはずがない。


 明日の戦いについて、なぜか嫌な予感が付きまとう。だからこそ、こうしてマイリの顔を見に来ていた。明日の戦いについて有利さを上げ、不安を解消しようとするが、それは消えることなく胸の中で燻っている。


 ――こんなところぼうっとしていても一緒だ。


 タナリの力を使って中に侵入することも可能だと考えたが、ウェルファは首を横に振ると背を向けた。


「ウェルファ!」


 しかし、扉は開き、マイリがその背中に抱きついてきた。

 柔らかい彼女の胸の感触がウェルファを試すようで、彼は本能と戦う。

 もちろん理性が勝利し、彼は振り返った。


「マイリ!起こしてしまったか?」

「いいえ。なぜか眠れなくて、起きていたのよ。窓から魔法のような光が見えたから、様子を見ようと窓を覗いたらウェルファがいるじゃない!びっくりしたわ」

「驚いたのは私もだ。まさか、起きているなんて思わなかった」

「……戦いは大変だったみたいね。帰ってきたわけではないのよね?」


 マイリは目を細め、彼を見上げた。


「ああ。最終的な戦いは明日になる。多くの人間が殺された。だが、明日、全員が生き返る」

「生き返る?!」


 ウェルファが突拍子もないことを言うので、マイリは彼自身の正気を疑った。


「アイル。いやナルと言ったほうがいいな。この場合。ナルが神の使いに会ったんだ。金の精霊もそれは本当の神の言葉だと言っている。神の使いは五つの精霊の石を集めることができれば、戦いで死んだすべての人間と、魔族を生き返らせると言ったそうだ」

「魔族もなの?!」


 マイリは魔族も生き返るという言葉がよっぽど嬉しかったか、暗闇だがその目は輝いているようだった。


「五つの精霊の石。たしか、水と火の二つ精霊の石以外はこちら側よね」

「そうだ。木の精霊の契約主とも和解している」

「ガルタン、よね」

「ああ」

「それじゃ、明日は祝杯ね。だったら。どうして今夜来たの? 終わってから来てもよかったのに。村の人たちも養生することが大事だって理解しているから、私の手を煩わせたりしないのよ」


 ――私に会いたくなかったのか?


 告白もしてない。ウェルファとマイリの関係は恋人とは遠いところにある。姉と弟の兄弟弟子というほうが、マイリの中でしっくりきているはずだ。


「私が会いたかった。それは理由にはならないか?」


 心の中の声が口から飛び出る。

 それを聞いて、マイリがそっぽと向いた。心なしか頬が赤い気がする。


「な、なんて事、言うのよ。ウェルファ。あなたはそう言う人じゃないでしょう?」

「ああ。私らしくない。でも、理由は本当に、君に会いたかったからだ」

「ウェ、ウェルファ!」


 マイリは赤くなった顔を隠すように両手で頬を包む。


「明日、すべてが終わってから言うつもりだった。だけど、今言う。私は君が好きだ。多分初めて会った時から」


 答えはない。

 彼女は俯いたままだ。


「私が勝手に好きなだけだ。そんな事は知ってる。マイリは私のことを弟弟子、友達としか思っていないだろう?」

「そ、そんなことはないわ」


 マイリが顔を上げるが、すぐにまた俯いてしまった。


「本当か? 君も、私のことを好き、なのか?」


 小さく頷くマイリ。

 ウェルファはそのまま胸の中に彼女を閉じ込めるように抱いてしまった。


「放して!」

「しっ。皆が起きる」

「卑怯者」


 マイリが精一杯の抵抗とそう小さく罵る。


「今は卑怯者でいい。こうして君を抱きしめられるなら」


 ウェルファらしくない甘い囁き。

 彼自身もらしくないと思いつつ、今夜は止められそうもなかった。

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