長い夜1

 ――ルディア。儂は魔族を纏める役目がある。それが長老の一族としての役目だ。そちも儂と同じく長老の一族だ。魔族の痛み、総意がわからぬのか?


 ランデンによってルディアはルダと面会を果たしたが、結局相容れぬままだった。

 その上、彼女は魔族の結束を乱す恐れがあると、アドランの王宮の外れに幽閉されることになった。

 恐らく高貴な者が幽閉される場所として定着していた部屋らしく、内装は粗末なものではなく、掃除も定期的にされているようで、整然としたものだった。白を基調にしており、円卓にも刺繍が綺麗にされた白い布がかかっている。ベッドも清潔に保たれており、塔の一番上の部屋という問題がなければ、すごしやすいものだった。

 窓が一つ、ルディアの頭より高い位置にある。見上げれば、夜空に浮かぶ月を見ることができた。


「食事は、一日二回お運びします」


 ランデンはそれだけ言うと、そのまま部屋を出て行こうとする。


「待って。ランデン!」


 それをルディアは腕を引いて引きとめた。


「何か御用ですか?」


 冷たい瞳で見られ、彼女の心がぎゅっと痛みを訴えたが、それを抑えて口を開く。


「ランデン。戦いをやめることはできないの?」

「ルディア様。何度同じことを言わせるのですか? それだから、私達はあなたを幽閉しなければならないのです。我々は人間を滅ぼす必要がある。それが唯一生き残る手段なのです」

「ランデン。前みたいに、干渉しないで共存することはできないの?」

「不可能です。我々は共存を望み、それを壊したのが人間だ。奴らが共存を望んだとしても、とても信じることはできない!」


 恫喝とも思えるほど強くランデンは叫び、彼女を引き離す。そうして背を向けると歩き出した。


「ランデン!」

 

 ルディアがその背に呼びかけるが、彼は振り返ることはなかった。

 きしんだ音がして扉が閉まり、彼女は一人部屋に取り残される。


「もうだめなの?」


 そうつぶやくが、その言葉を拾うものは誰もいなかった。



 しばらくしてセンミンとガルシンが皆の所へ戻り、五つの精霊の石を集めることに同意した。

 アイルはほっとして彼を見上げたがなぜか顔を背けられ、やはり彼は彼女をまだ裏切り者だと思っているのだと、少し胸が痛む。


 ――協力してくれるだけでもありがたい。また前みたいな関係に戻れると思うほうがおかしい。でも、できれば前みたいに話せる関係になりたいな。


 最初の印象は最悪。

 だが、彼は二度目の旅の最初の仲間であり、アイルを信じてくれた人だった。

 火と水の精霊を石に封印するために、アイルは死ぬ。

 だからこそ、その前に関係を修復したかった。


 ――無理だ。きっと彼は許さない。だから、いいんだ。


 視線をアイルからそらしたままのセンミンを見ながら、彼女は自身の思いを封じた。


「今日はもう遅い。今夜は魔族の者も動きはしないだろう。あれほどアドランで暴れたんだ。私達も休んだほうがいい。精霊達も疲れているはずだから」


 皆の意志がまとまり、作戦決行かと思われたが、ガルシンが年長者らしくそう提案する。


「魔族が疲れているとは、好都合じゃないか! 今夜攻め込んだほうがいいんじゃないか?」

「僕もそう思う。恐らくあっちも僕達が攻め込んでくるとは思っていないはず。だから、即効でアドランの王宮へ飛んで石を奪おう」

「二人とも相変わらずせっかちだな。万全でないまま攻め、失敗したらどうするのだ。石をすべて奪われたらおしまいだぞ」


 ガルシンは今にでも出て行こうとする姪と甥を静かに諭す。

 シアは黙りこくったが、ガルタンは言い返した。


「失敗はしない。アイルに火と水の二つの精霊を石に封じてもらい、魔族に皆が生き返ると伝えれば、抵抗もなくなるはずだ」

「楽観的すぎる。あいつらが抵抗しなくなる。そんなことないだろう!」


 が、彼の言葉に反論したのは、センミンだ。

 二人は立ち上がり、睨み合う。


「いい加減にしろ。今攻めても、明日攻めても同じだろう。私達もあちらも疲れているのは同じだ。一晩寝て明日の朝攻める。それでいいじゃないか。はっきりいって、私は疲れている。こんなくだらない言い合いをしているくらいなら、寝ていたほうがいい」


 ウェルファがそう言い切って、結局、作戦決行は明日の朝になった。

 その結果に、アイルは安心して、そんな自分が嫌になる。


 ――明日、私は死ぬ。石に精霊を封じて。今日じゃなくてよかったとか情けない。


「アイル? 大丈夫かい?」


 彼女の様子がおかしいことに気づいたのか、シアがその肩に手を置いた。


「なんでもない」

「昼間は悪かったね。あたしも気が立ってて。兄を殺せとか、本当、今思えば無茶なことを任せたね。あたしら。あんたの兄のことは許せない。だが、あんたが兄を殺さなくてよくなって、少しほっとしてるよ」

「シアさん……」

「あらあら。あたしの胸で泣くかい? なんなら今夜一緒に寝ようか?」


 普段であれば、こんな言い合いをしているとセンミンが会話に入ってくる。だが、彼はこの場にいない。作戦が明日決行と決まった途端、彼は居間からいなくなった。 

 

「ガルタン。私の部屋で休むといい。私はマイリのところへ出かけてくる。明日の朝には戻ってくる」

「あらあら~。やだね~。朝帰りかい?」

「うるさい。そんなものではない」

「疲れてるのにお盛んだね~」

「うるさい。違う!」



 シアはウェルファをからかい、ガルタンは呆れている。

 少し前まで気分が重く、仲間と再び笑える日がくるとは思っていなかった。だが、こうして皆といると、アイルは暖かい気持ちになった。

 そして、ずっとこうしていたいと思うのだが、それは叶わぬことであった。

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