企み

「センミン様」


 彼が行き着いた先は自分に与えられた部屋で、ガルシンは彼を追って中に入ると扉を静かに閉めた。その上、杖を掴み、小さく呪文を唱えた。

 その行動に不信感を覚え、センミンは顔をしかめ、彼を見る。


「私に考えがあるのです」


 そんな彼にガルシンが微笑む。


「神は石が揃えば、戦いに犠牲になった全ての人間と魔族を生き返らせる、そう伝えたそうですね。それは王も蘇ることになり、すばらしいことです。センミン様、その後、我々は魔族に総攻撃をかけ、滅ぼすのです。頭領は、ルダ、でしたか。あの魔族です。アドランの街に陣取った魔族を全て殺せば、ほかの魔族など雑魚にすぎない。雑魚の魔族はゆっくり殺せばいいのです」


 ガルシンの笑みは何か狂気じみていて、センミンは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「おそらく精霊は石の状態で使えない。もしかしたら失われた泉、でしたか? それを出現させた時点が消えるかもしれません。そうなると、我々の力だけで魔族を倒せます」

「……可能なのか?」


 センミンは彼の雰囲気に完全に呑まれており、辛うじて問い返す。


「はい。今世界に散らばる魔法使いや戦士に集合をかけています。アドランにいる魔族だけが魔法を使えるものでしょう。数は知れてます」

「ほかの者はきっと反対するぞ……」

「そうでしょうね。そこは、どうにか黙らせないといけない」

「どういう意味だ?」


 嫌な汗が再び背中を伝い、彼は喘ぐ様にたずねた。


「センミン様。あなた様の仲間のことは任せていただいてもよろしいでしょうか? シアとガルシンについては私がどうにかしますから」

「ナル……とウェルファか……」


 脳裏に先ほど見た彼女の姿、少しやつれぎみの彼女の姿が浮かぶ。隣に並ぶのはガルタンだ。二人は親しげに見え、黒い感情が心の中を渦巻く。


 ――あいつに会って、ナルは、アイルは、本当の名を名乗ることにしたんだ。俺を裏切って、あんな奴と行動を共にしてやがった。

 

 アイルの印象はそれまで異なっていた。何か吹っ切れたような様子で、前のように「男」であろうと気張った様子も見せない。それは、彼女が死を覚悟した上の態度であったが、そんなことを知らないセンミンには、ただガルタンとの出会いによって、彼女が変わったように見えていた。


「ウェルファ。彼に親しい者はいますか?」

「ああ、奴には恋人がいる」


 恋人という言い方は正確に正しくないが、ウェルファは確実にマイリのことを好きだったので、センミンはあえてそう答えた。


「何をするつもりだ?」


 恋人という言葉を聞いて再び笑みを浮かべたガルシンに、彼は不安を覚えた。


「一時的に、その恋人を人質にします。そうすれば、彼は我々の言いなりでしょう」

「人質?! そんなことを!」


 センミンの大声が部屋に響き渡る。

 そうして、彼は魔法がかけられていることに気がついた。


「防音の魔法をかけていてよかったです。センミン様。あくまでも一時的で、彼女には安全なところに隠れてもらうだけです。ご心配なく。なので、あのアイル、でしたか。魔王の妹のことはどうにかしてください。もしあなた様が何もしなければ、私自身で彼女をどうにかします」

「俺が何とかする。お前は手を出すな」


 彼はすぐにガルシンに答え、牽制するように睨んだ。


「それはよかったです。さて、居間に戻りましょう。早く、動きをとらなければなりません。今夜は皆さんに休んでいただき、決行は明日としましょう」


 ガルシンが杖で床を叩く。すると部屋の温度が少し上がったような気がした。


「魔法は解きましたので、このことはもう口にしませんように」

「……わかった」


 扉を開ける彼を見ながら、その後方に続くセンミンの胸中は複雑だった。卑怯な手段を取る自身を罵るもの、また戦いを望まないことを非難する声。荒れ狂う自身の心を持て余し、その表情は険しいものになる。

 

「センミン様。参りましょう」


 だが最終的に、彼は王子として決断した。


「ああ」


 アイル達を騙し、人々を生き返らせた後、魔族を一斉に滅ぼす。

 神を裏切る行為で、知ればアイル達に非難されるのは確実だった。

 だが、彼はアドランの王子であり、貶められた王族の誇りを取り戻し、今後このようなことが起きないように、魔族を滅ぼす必要があった。

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