償いの方法は……?

 ガルタンは瞬間移動でどこにでもいける。だが、彼はそれをせず歩き続けた。それは彼の考えがまとまらないことも理由であった。

 

 今後彼がどうしたいのか、どうすべきか全くわからなかった。


 リリーズが救ってくれた命、それなのにガルタンは彼女の同胞を殺してしまった。

 償いをすべきだ。


 ――どうやって?


 魔族の願いは人間の滅亡だ。


 ――人間を殺す手伝いをする? 無理だ。


 ガルタンの脳裏に、アドランの街の惨状がよみがえる。魔族達は人間を容赦なく殺していった。子供まで。容赦なく。


 ――あれを僕が、できない。そんなこと。


 そうであれば何をすべきか。


 ガルタンの思考は完全に袋小路に迷い込んでいた。


 ――そうだ。姉さん。姉さん達はどうしただろう。

 

 ふと姉のことを思い出し、その安否を気遣う。


 ――精霊の契約主と一緒にいるから大丈夫だと思うけど。


 姉とはガルシンの弟子になってから一度も会ったことがない。


 ある日、姉を助けようとして、魔法を使って怒られた。幸運なことに誰にも見られていなかったのだが、姉が酷くガルタンを叱った。そのまま家を飛び出し、アドランの王にも覚えがある叔父のガルシンを尋ねることにした。叔父はガルタンを簡単に弟子にしてくれ、魔法を教えてくれた。

 瞬間移動の魔法を覚えた時は感激して、姉のところへ飛びそうになったが、やめた。ガルシンにも請われ、とりあえず姉に手紙を書くようにしていたが……。

 家を出てからガルタンはひたすら叔父の下で魔法の修行を続け、姉に会うことはなかった。


 ――姉さん。


 姉の姿と一緒に精霊の契約主の一人、センミンのことも思い出す。嫌な気持ちになるが、同時に別の感情も浮かんでくる。


 センミンはアドランの王子で、魔族達は王を殺したと言っていた。

 あれほど嫌っていたのだが、ざまあみろという気持ちにはならない。

 同情のような感情も沸いてきて、ガルタンは首を振る。


 ――これこそ裏切りだ。


 唇を噛み、自己を諌めた時、ふと数人の話し声が耳に飛び込んできた。

 気がつけばすっかり日は暮れ、空には月が浮かんでいた。

 こんな時分に、自分のことを棚にあげ、ガルタンは声の方へ足を向ける。


「魔族の女だ。気をつけろ。魔法を使うぞ」

「杖をもってない。こいつは大丈夫だ」

「俺の弟はこいつの仲間に殺された。輪姦した後、弄り殺そうぜ」

「輪姦す?俺はごめんだ。気持ち悪い!」


 男達の狙いがわかり、ガルタンは駆け出すと直ぐに杖を構えた。


「お前ら、その人を放せ! さもないと魔法で凍らせる!」

「お前は、魔法使い! 魔族をかばうのか? ああ、魔法使いは魔族の末裔だからな」

「放してやるよ。ほらよ!」


 男達は、魔族の女性の背中を力強く突き飛ばす。そのまま転びそうになったが、ガルタンが彼女を抱きとめた。


「けっ。つまんねー」


 相手が魔法使いである以上、魔法を使われたおしまいだ。

 男たちは捨て台詞をいうだけで、大人しくいなくなった。


「……君は、ルディア?」

「は、い。あ、あなたは確か、ガルタンでしたか?」


 ガルタンの腕から手を離し、ルディアは姿勢を正す。


「ありがとうございます。助けてくれて」

「うん。なんで君がここにいるの? 他の、姉さんも一緒なの?」

 

 彼女のお礼の言葉に頷きながら、ガルタンはそう聞き返した。


 ガルタンはアドランの村に飛んだ時に、彼女がウェルファと姉と一緒に来ていたことを覚えていた。だから、姉も一緒かと周りを見渡す。しかし、ふとその可能性がないことに考え至る。姉が一緒であれば、あのような男ども。姉が蹴散らしていたはずだ。


「いえ。私一人です。戦いから離れ、兄達のところへ行く途中です」

「兄?」

「はい……」


 兄というのは誰かわからない。

 魔族の中の一人だろう。

 しかし、街までまだ少し距離があった。

 街から逃げた人達が、森に逃げ込んでいた。魔族に身内を殺された者は多い。そんな彼達が魔族であるルディアを見たら危害を加えようとするのは想像しやすい。


「僕が街まで送ってあげるよ」

「はい?」

「魔法が使えるから一瞬だよ」


 ガルタン自身、また街に戻ってどうするのだという気持ちがあったのだが、このまま彼女を街に一人で行かせるわけにはいかなかった。


「……お願いします」


 ルディアは迷いながらもそう返事をして、ガルタンは頷くと杖で地面に魔方陣をかく。


「バタル ビ アドラン」


 そう唱えながら、想像するのはアドランの街だ。

 行ったことのない場所であれば、想像できないので、ただ場所の音のみで、その場所のどこかに飛ぶ。しかし、行ったことのある場所であれば、脳裏に描いた場所に辿り着く。


 魔方陣が光り、ガルタンとルディアを包む。

 そうしてガルタンは再び、アドランの街に戻ることになった。


 街はすでに魔族の支配下に置かれている。

 魔法によって突如表れたガルタンに魔族達は敵意を示した。いや、敵意だけではない、驚きだ。

 魔族達は、ルディアを目にして驚き、その後に様々な感情が浮かぶ。好意的な視線は少なく、ガルタンは彼女を連れてきたのは間違いだったかと後悔した。


「ルディア様。なぜ、その者と一緒に」


 そう声をかけてきたのは、ガルタンが一番会いたくなかった魔族ランデンだ。

 様と敬称付きで呼ばれたことに疑問を持ちつつ、この場をどう切り抜けようと考える。むしろ、このまま捕まって殺されることも考えに入れた。


「この者は関係ないわ。この街を侵略したのね。お兄様に会わせて頂戴」


 ルディアはガルタンを庇うようにして手を伸ばし、顔を上げる。

 

「侵略。ルディア様、やはりあなたには落胆するしかありません」


 ライデンの物言いは丁寧で、内容はともかく、ルディアが上の位にあることがわかる。兄というのは、ライデンが仕える主かもしれない。

 ガルタンは二人のやり取りを聞きながらそんなことを考える。


「ルダ様にお会いしたいのですね。ご案内します。その者は」

「離してやって。私をここに連れて来てくれただけだから!」

「ルディア様。その者が何をしたかご存知ですか? リリーズに命を救ってもらいながら、同胞を殺したのですよ」

 

 ライデンの言葉にルディアはガルタンに顔を向けた。

 彼女の瞳に怒りのような色が見え、ガルタンの胸に痛みが走る。そして、やはり償いをするべきだと思い始めた。


「本当なの? それは」

「ええ。リリーズが息を引き取る前に、その者の命乞いをしました。だから、私は彼を見逃した。しかし、彼は木の精霊を使い、仲間を殺した」

「ガルタン……。本当なの?」


 ルディアは震える声で彼に問いかける。


「はい」


 彼の意志ではないが、事実には変わりない。

 ガルタンが頷くと、彼女の顔色が変わった。


「おわかりでしょうか? ルディア様。この者は裏切り者なのです」

「だ、だけど。それは、彼の意志だわ。リリーズが彼を助けたのは彼女の意志。彼の行動まで妨げられないわ」

「ルディア様!」

 

 ランデンは信じられないとばかり目を見張った。

 他の魔族も同様の感想のようだ。


「ルディア様は、魔族である自身をも忘れてしまったようですね」


 彼はゆっくりとルディアに近づき、大きな溜息をついた。そしてその腕を掴む。痛いと彼女が悲鳴をあげたにもかかわらず、彼はその腕を掴んだままだった。


「ルダ様のところへご案内しましょう。ハルタ、その者を捕縛しろ」

「ランデン!」


 ルディアが非難をこめて彼の名を呼ぶが、彼が動じることはなかった。

 抵抗する気をなくしていたガルタンだが、ルディアはそんな彼に向って叫ぶ。


「ガルタン。捕まったらきっとあなたは殺される。リリーズはあなたに生きてほしかったはず。だから、逃げて! お願い」


 リリーズという名前、願いという言葉にガルタンは反応した。

 杖を構える。


「それなら、君も一緒に」

「私は大丈夫。あなただけ逃げて。私はここにいるべきだから」

「ハルタ。ええい、私がやる。ジュラ!」


 ランデンが呪文を唱えるが、ルディアが彼に体当たりしたため、魔法が発動したが、ガルタンを襲うことはなかった。


「早く!」


 ガルタンは迷ったが、周りを囲む魔族の包囲網が狭まっており、ランデンも杖を再び掴む。


「バタル ビ アドラン」


 脳裏に浮かぶのはリリーズの村。

 魔方陣の光に包まれ、ガルタンはかの村に飛ばされていた。


「ランデン」


 気配を探る能力は魔族にもない。どうすべきかとハルタが代表してランデンに確認する。


「放っておけ。奴は木の精霊の契約主だ。下手に追うとこちらが損賠を被る」


 彼はそう答え、大人しくなったルディアの手を掴む。


「本当、あなたは」


 ランデンは何度も彼女に落胆させられていた。何度も、何度も。

 それなのに、いつも自分の元、自分達の元へ戻ってくることを期待する。

 そんな自分の気持ちを持て余し、ランデンは彼女の手首を強く握る。


「すみません」

 

 ルディアは悲鳴があげなかったが、痛みに顔をしかめるのを見て、ランデンは自らの力が強かったことに気がつく。よく見れば、先ほど力任せに掴んだ腕の部分も真っ赤に腫れていた。


「ルディア様。申し訳ありません」

「……謝る必要はないわ。あなたの気持ちはわかってるから。でも、私は考えを変えられないの」


 小さく答えられ、ランデンは黙るしかない。

 今度は力を緩め、彼は彼女の手首を掴み、ルダの元へ急いだ。

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