銀の精霊
太陽が沈み、月が輝きを増す。
喉がからからで、アイルは立ち上がった。水を求めようとする自身に気がつき、苦笑する。
「まだ生きる気なんだ。復讐も果たせず、生きている価値もないのに」
アイルは水を求めるのをやめ、地面に転がる
このままここにいたら、誰かが殺しにきてくれるかもしれない。
人間でも魔族でもいい、殺してくれればと願う。
アイルは兄を殺せない。
殺せると思っていたが、結局彼女は殺せないのだ。
あれだけの人を殺した兄を。
そしてこれからも魔族と共に殺戮を繰り返すだろう兄を。
ふいに夜空を見上げると、月が一段と輝いたような気がした。
目を凝らすと、それは大きくなり、空から振ってくるようだった。
――月が落ちてくる。
そんなことありえないのだが、そうとしか思えないほど、その光は月のような輝きを持っていた。
アイルは、それに潰され、自身が殺されることを祈る。
けれども、衝撃は訪れず、彼女はゆっくりと目を開けた。
「あ、あなたは? 神様?」
銀髪の美しい男がそこに立っていた。
銀色の瞳は冷たく、アイルを見下ろしている。
「私は神ではありません。神の使いの銀の精霊です」
「銀、の精霊?」
アイルは体を起こし、銀の精霊を仰ぐ。
「立ちなさい。人間よ」
冷ややかにそう命令され、彼女は慌てて立ち上がった。何がなんだかわからないが、銀の精霊は神の使いというだけあり、何か逆らえない力があった。
「神からあなたへ伝言があります」
「伝言?」
アイルは彼の言葉を繰り返すしかない。そもそも状況がわからなかった。気が付いて周りをみると、闇に包まれていた村ではなく、真っ白な世界にアイルは連れてこられていた。
死の世界、そうとでも表現できるくらい、音もなく静かな場所だった。
「あなたの兄バルーは神に背き、神は怒りのあまり世界を割り、人間の世界を孤立させました。そのため、人間の世界では混乱を極め、今、魔族と人間が殺しあっていますね」
銀の精霊の声がとても冷たく、感情の起伏を感じられない。
しかし、この静かな世界ではそれがとても自然で、アイルは彼の言葉に聞き入る。
「それは、小さな小競り合いがきっかけ。魔族の子供が殺されたことが原因です。魔族の復讐は人間の復讐を呼び、それは大きな戦いへ繋がっていった。復讐は憎しみの原動力であり、憎しみは戦いを生みます。あなたも、復讐を憎しみと変え、兄を殺そうとした。けれどもできなかった。それは、バルーがあなたの兄であり、愛情があるからです。人間と魔族の間に愛情を求めるのは難しい。けれども、復讐の原因を取り除けば、二つの種族は争いをやめるのではないかと思っています」
そこで銀の精霊は言葉を止めた。
アイルは続きが聞きたくて、彼の銀色の瞳を見る。
「もし、あなたが五つの精霊の石を集めることができれば、神はバルーと、魔族、人間の争いによって失われた全ての命を蘇らせると言っております」
――失われたすべての命? ナルも? 殺された人々も?
「ただし、戦いによってです。ティマを蘇らせることはできない」
付けくわえられた言葉にアイルは愕然とする。ティマのことを考えなかった自身が恥ずかしくなり、俯く。
「ティマ。ティマを生き返らせるために始めた旅も、あなたにとってはそうではなかったようですね」
彼の口調はあくまでも変わらず、そこに責める様な響きはない。しかし、アイル自身は自分を責めるしかない。
「それはあなたの兄も同じことです。力におぼれ、愛する妻のことを忘れた哀れな男。所詮人間とはそんな生き物です。しかし、そんな生き物を生み出したのは神。救う手段も与えるべきでしょう。アイル」
本当の名前を呼ばれ、彼女は顔を上げた。
「五つの精霊の石をひとつに集めなさい。そうして戦いを終わらせるのです」
「五つの精霊を、それは」
「本来ならば、契約など必要がありませんでした。あくまでも石を集めればよかったのです。アイル、あなたを手助けしてあげましょう。まずは私の力を。この銀の盾はすべての力を弾きます」
銀の精霊は宙に手を掲げたと思うと、銀色の盾を生み出し、それをナルに渡した。重いと想像した盾は重さを感じないほど軽いものだった。
「次に、火と水の精霊を封じる石を。石を持ちながら火の精霊に触れ、願いなさい。石に戻れと。そうすれば、石の姿に封じることができます。水の精霊も同様。けれども、力を使えば、命を削ります。二人の精霊を石に封じた時、あなたの命は尽きるでしょう」
――命が尽きる。
その言葉に一瞬動揺したが、アイルは頷き、赤と青の石を受け取った。
――兄を殺さなくてもいい。そして人々を蘇らせることができる。
そのことが大きく、彼女は命を失うことへの恐れを克服する。
「アイル。五つの精霊の石を集めた時、それは奇跡の星となり、失われた泉への鍵となります。そこで、戦いによって失われた命を蘇らせるのです。わかりましたか?」
「はい」
五つの精霊が集まった時にアイルの命はすでに尽きている。
彼女の代わりに誰かに願いを託す必要があった。
最初に浮かんだのがセンミンだった。
なぜ彼の姿が最初に浮かんだか、彼女もわからなかったが。
「それでは。頼みましたよ」
しっかり返事をしたアイルを見届けてから、銀の精霊は姿を消す。すると、周りの風景は一変する。闇に包まれた村の光景を再び目にして、彼女は夢だったのかと一瞬思った。
しかし、その両手には銀の盾、二つの美しい石が握られており、夢ではないと主張していた。
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