真っ赤な空

「そんな、」


 センミンは目の前に広がる光景が信じられず、呆然とするしかなかった。

 王宮の庭に打ち捨てられた数人の亡骸。

 それは、父であった王、兄であった王太子。王妃に、その他の兄や姉達の躯。血に塗れているが、綺麗な原型をとどめており、一撃で殺されたのがわかった。だが、遺体は折り重なるように捨て置かれており、王族に対する尊敬などはそこには何もなかった。


「これは、金の精霊の契約主。確か、貴様はアドランの王子であったな」


 その声で、センミンは現実に返る。とたんに、魔族達の騒がしい声が耳に入ってきた。

 杖を掲げた数十の魔族達が、センミンとチェリルを囲んでいた。

 その中心に位置している魔族の男――センミンはその男が誰だがわかった。

 バルーと戦った時に邪魔に入った魔族。

 

「この野郎!」


 センミンは感情に任せて、動く。

 柄を握り締め、跳んだ。


「ホンエン!」


 ルダの杖から炎が溢れる。

 しかし、センミンに届く前に、チェリルの防御壁でそれは完全に防がれた。


「ティマ!」

「わかってるわ」


 センミンの耳に嫌な声が届き、彼の目の前に火の精霊が現れた。


「くそっ!」


 剣はいとも簡単に彼女に受け止められ、至近距離から炎を撃たれる。

 それを救ったのは金の剣だ。

 盾となり、彼を炎から救う。

 チェリルは安堵の息を吐くとすぐさま、センミンを守るために動いた。


「遅かったか」


 両陣営がにらみ合う中、ウェルファ達が現れた。

 重なりあう躯に目をやり、その身なりから王族だというのがわかる。

 シアは、弟とやりあうセンミンによい印象を持っていなかったが、痛ましい王族たちの遺体を目にして、彼の心中を推し量った。


「殺してやる!」


 殺されたのは彼の父親、兄弟達だ。

 その怒りは当然であった。

 激しい憎悪を隠そうともせず、センミンはルダに殺意を向ける。


「面白いことしてくれたわね」

 

 そう軽口を叩くのは火の精霊だ。

 真っ赤な舌で唇を舐めた。


「ルダ殿。ずいぶん派手にやられたようで」


 その隣で、肩を竦めるのはバルーで、そんな二人のやり取りはセンミンの怒りを煽るものでしかなかった。


「殺す!」


 父である王、王子である兄たちを殺したのは魔族、ルダだ。

 センミンはもう一度柄を強く握ると、ルダへ攻撃を仕掛けた。

 

「ルダ様!」


 バルー陣営にもう一人の魔族が加わり、センミンの攻撃からルダを守る。

 

 センミン陣営は金と土の二人の精霊、それに火の魔法使いシア、対術を得意とするウェルファ、金の剣を持つ彼自身だ。

 それに対して、バルー側は、火と水の二人の精霊に、火の魔法を操るルダ、水の魔法を操るランデン、その他にも魔法を使う魔族が数人、控えている。バルー自身も火の剣を扱い、攻撃には事欠かない。


 人数的にも、力的にもセンミンたちが完全に不利であった。

 しかしながら、頭に血が上っている彼が冷静に分析できるわけもなく、彼は攻撃がルダに届かなくても何度も仕掛ける。センミンを守ることを中心に、それぞれが動き、どうにか持ちこたえることはできていた。

 けれども、徐々に押されており、センミンたちは追い詰められつつあった。


「バルー。この機会に、契約主を全員殺しちゃいましょ。そうしたら、五つの精霊すべてがアンタのものになるわ」

「五つの精霊?ひとつ足らないだろう」

「そうね、木がいないわ」


 息を切らせて戦っているセンミン達と違い、バルーには余裕がある。

 センミンは忌々しく思いながらも、攻撃を続けるしかない。

 魔法はすべて、チェリルによって防がれる。

 それに気がついたバルーは、センミンに物理的攻撃を仕掛けるようになっていた。ウェルファはランデンを始めほかの魔族たちからの攻撃に対応するのが精一杯だった。


「もらった。死ぬがいい。アイルをまた悲しませることになるかな」


 ――アイル

 

 それが水の精霊を指していないことにセンミンは気がつく。

 バルーは少しだけ目を伏せたが、すぐに剣を振り上げた。


「しぶといな」


 けれども、剣はセンミンによって受け止められる。

 バルーは両手がふさがり隙だらけになった彼の脇腹に蹴りをいれ、センミンは吹き飛ばされた。

 チェリルが受け止めようとしたが、それは火の精霊によって邪魔される。彼の体は背後の城壁に打ち付けられ、地面に投げ出された。


「くっそおお!」


 地面で這い蹲り、彼は立ち上がろうとした。


「センミン」


 チェリルはすぐに彼とところへ飛び、その傷を癒す。

 けれども傷は癒しても、疲労は回復することない。

 センミンはよろよろと立ち上がり、再び構えを取った。


「センミン。退却を。今のままでは勝てませんわ」

「嫌だ。俺は、逃げるような真似はしたくない」


 チェリルの言葉に彼は首を縦に振ろうとしない。

 

 ウェルファやシアも限界にきつつあるのがわかった。

 すでに攻撃をする力も劣り始め、タナリの土の壁に守られている状態だった。


「王子よ。諦めよ。貴様は儂らには勝てない。魔族を敵に回したのが間違いなのだ。己の過ちを悔いて死ぬがよい」


 高みの見物と決め込んでいたルダが、センミンに呼びかける。それは煽るものでしかなく、彼はルダを睨み付けた。


「俺は絶対にお前を殺す!なにがなんでもだ!」

「無駄なことを」


 ルダに向かって跳んだセンミン。

 火の精霊が炎の塊を飛ばす。

 それを防ぐのはチェリルの防御壁だ。

 センミンの攻撃を受け止めたのはバルー。


「悪いな。ルダ殿は私の友人でね」


 力の弱ったセンミンの剣をバルーが力任せに押し返した。

 今度はチェリルが間に合い、彼の体を衝撃から守る。激突のダメージは免れたが、センミンの体力は明らかに落ちていた。

 彼は、朦朧としながらも再び構えを取った。


「センミン!」


 チェリルが珍しく声を荒げる。

 しかし、彼は首を横に振った。

 再度センミンが走り出そうとした瞬間、小さな声がした。


「バタル ビ ブラン」

 すると彼の足元が光り、それは魔方陣を描く。


「何だ?!」


 彼の意思と関係なく、魔方陣は彼を飲み込み、チェリルは光の中に消えていくセンミンを追う。


「タナリ!」


 ウェルファの呼びかけに土の精霊は頷き、砂塵となると己の契約主とシアを包んだ。


「待ちなさい!バルー、追いかけましょ」


 後を追いかけようとする火の精霊、契約主に指示を仰ぐが彼はルダに顔を向けただけだった。


「追う必要はない。その代わり、この王宮を守る役目をしてほしい。同胞も戦いで疲れておる。少し休ませたい」

「了解だ。ティマ、アイル頼んだよ」

「はあ? なんで? そんなつまんないこと?」


 火の精霊が不平を言うが、バルーは苦笑し彼女の肩を抱く。


「ティマ。私も少し疲れた。お願いできるかい?」

「もう、しょうがないわね。水。よろしくね」

「は? ワタシなの?」

「だって、アタシも疲れちゃったのよ。あんた、アタシよりも戦ってないでしょ」

「何言っているのよ! ワタシの活躍見なかったの? 土の奴をぐさっとやったでしょ?」

「ああ、そうだったかしら」


 二人の精霊達はいつものペースで喧嘩を始める。

 見守っていた魔族達は唖然とするしかない。


「さあさあ、二人とも行くよ。ここにいては邪魔だからね。ルダ殿。まあ、ゆっくり休んだらいい」


 二人の肩を掴み、バルーが歩き始める。

 ルダは彼の背中をしばらく見ていたが、振り返ると集まった魔族たちを見渡した。

 ランデンは一足先に、彼の前で頭を垂れる。それに習い、他の魔族たちも、ルダを前に腰を落とし、礼をとっていく。


「わが同胞よ! 顔を上げるがよい。この度は皆の活躍により、我ら魔族がアドランを落とすことに成功した。ここから我ら魔族の時代がやってくる!皆の者、まずは最初の勝利を祝おうではないか!」

「ルダ様!」

「ルダ王!」


 ルダの呼びかけに魔族たちが彼を讃え、答える。

 それは王宮中に響き渡り、街に残っていた魔族も喜びの咆哮を上げた。


「あったまにくるわ。誰のおかげだと思っているのかしら」

「まあ、まあ。私には興味がないことだから」

「バルーがそういうならいいけど。……金達の気配も消えちゃったから、追えないし。つまんないわ」

 

 真っ赤な空を背後に、火の精霊はバルーに寄り添う。

 水の精霊は二人から視線をそらし、空を仰いだ。



 夕暮れの空はどこまで赤く、今日流れた血が空を真っ赤に染めているようだった。


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