戦いの行方


「くらえ!」


 センミンはバルーに向かって剣を振り下ろす。それをバルーが受け止め、さらに炎の剣で押しかえす。剣から発生した炎は、チェリルの防御壁によって防がれた。


「ああ! もう嫌になる!」

「仕方ないわね」


 火の精霊がまたしても、土の精霊の壁に囚われるが、チェリルの注意が逸れた隙に水の精霊が氷の塊を土の壁にぶつけ、それに合わせて火が炎の弾を撃ち込むことによって、壁は完全に破壊された。


「ここからが反撃よ!」


 火は炎の鞭をセンミンに振るい、チェリルがそれを防ぐ。

 水は氷の槍で、シアを襲うが、土の精霊タナリが黒い炎をぶつけて槍が消滅する。背後からウェルファが水を狙うが、水はすぐに氷の塊を放ち反撃した。彼にはセンミンやバルーのような魔法を伴う武器がない。しかし氷の塊が彼に触れる前に、タナリが間に入り込み、ウェルファを守る。が、衝撃で、タナリが地面に叩きつけられた。


「契約って面倒よね。本当に」


 地面にゆっくりと降り、水は土の精霊タナリを見下ろす。


「この!」


 タナリにマイリの面影を重ね、ウェルファは怒りのまま、水に向かった。


「馬鹿ね」

「ホンエン!」

「煩いわ」


 水は瞬時に氷の槍を生み出し、それに対応しようと構えた。シアが杖から炎を放つが、それは槍によって裂かれ、そのままウェルファに向かって突く。


「まったく!」


 だが、槍はタナリの黒い炎によって消滅する。が直ぐに水は新たな氷の槍を作り出した。


「タナリ!」

「土!」


槍はウェルファではなく助けに入ったタナリの胸を突いていた。黒い炎では間に合わないと、土の精霊が自らを盾にしたのだ。


「いやになるわ」


 契約は契約だ。

 水はタナリの胸を突いた槍を引き、舌打ちした。



「ははは。やるわねぇ。水。アタシも負けられないわ!」


 自由になった火の精霊はチェリルの防御壁に苦戦していたが、タナリが地面に再び倒れる姿を見て笑う。


「守るだけで勝てると思うの? ねぇ、バルー」

「そうだな。ティマ。君に金の精霊は任せる。私がこの王子を始末しようか」

「なんだと!」


 バルーの言い草にセンミンは腹を立て、金の剣を構えると、バルーを攻める。


「できるならやってみるといい!」

「威勢がいいな」


 興奮する彼に対してバルーは冷静だった。

 チェリルは契約主に気を取られ、火の攻撃に一歩遅れをとった。


「アタシを甘くみないでよね!」


 火の精霊は防御が遅れたチェリルに追い討ちをかける。

 ぎりぎりで炎の塊を防いだ彼女の背後に回り、鞭を振り下ろした。


「やった!」


 咄嗟に対応できず、チェリルは攻撃をそのまま受け、地面に伏せる。


「チェリル!」

「甘い」


 剣を合わせていたセンミンは己の精霊の危機に力を弱めてしまった。それを見逃さず、バルーは一気に押し返した。よろめいた隙を狙ってバルーが火の剣を薙ぎ、炎が彼に迫る。センミンの命を救ったのは金の剣で、防御の力を持つそれは主の危機を察知して、盾になる。


「そんなこともできるんだ」


 バルーは残念そうに言うが、攻撃の手を緩めない。第二波を放ち、センミンは受け止められず、地面に投げされた。


 「ナル」という水の剣の使い手が不在のためか、戦いは五分というより不利に近くなっていた。


 そんな戦いの横で、ガルタンはランダンの攻撃を受け止めている。

 木の精霊が介入しない、水の魔法同士のぶつかり合い。

 ガルタンは戦うつもりはなかった。

 ただ、ランデンの言葉が気になり、真相を確認したかっただけだ。


「ランダン! 僕はあなたと、魔族と戦いたくないんだ。僕が、僕達人間があなた達に行ったことは間違っている。だから、僕はもう戦いたくない。だからやめてくれ!」

「戦いたくない? それなら戦わなければいい。私が殺してやろう。リリーズには後で侘びを入れる。彼女も理解してくれるだろう」

「リリーズに詫び? どうしてその必要があるんだ。ランデン。お願いだ。教えてくれ。リリーズはあなたに何を願ったの?」

「……教える義理はないが、お前は誰がその命を救ったのか、知る必要がある。リリーズは、息を引き取る前、お前の命乞いをした。謝りながら、私にお前の命を助けるようにな」

「なっ、なんでそんな」

「聞くべきじゃなかった。あの時殺していれば、このように同胞が精霊によって殺されることもなかったのだ」


 ランデンは木の精霊の周りに散らばる数体の遺体に目を配り、顔をゆがめる。

 ガルタンはどう答えるべきか、わからなかった。

 魔族を殺したのは彼の意思ではない。

 だが、制止しなかったのは事実だ。 

 木の精霊が契約主である彼を守るのは当然であり、やめさせたいのであれば、彼が制止するべきだった。

 

 ――リリーズ。ごめん。君は僕を守ってくれたのに、僕は君を守れず、しかも君の仲間を殺してしまった。


 アドランの兵士を魔族のために殺す。

 そう息巻いていたのはガルタンだ。けれども結果として、ガルタンは魔族を殺した。

 己の命を守るため、直接ではないが、魔族に手を下した。


「自身の罪がわかったようだな。それならば、死ぬがいい」


 ランデンは杖を掲げた。

 ガルタンが杖を下ろし、死を受け入れようとした。だが、木の精霊は契約主の命を守る。


「リリー!放っておいて。僕は、このまま罪を受け入れる」

「できません」


 契約主の命令は絶対だ。けれども、本人の命にかかわる時は別だった。

 

「リリー!」


 ガルタンは悲愴感を漂わせ、反撃しようとする木の精霊の名を呼ぶ。


「卑怯者が!」


 しかし、ランデンは攻撃をやめようとしなかった。呪文を唱えるため、口を開く。


 だが、角笛の音が響き渡り、彼は杖を下ろした。そうして、王宮を振り返る。


「ルダ様がやったぞ! 人間の王を殺した! やった! 俺達の勝利だ!」


 角笛の音を聞いて、周りにいた魔族達が騒ぎ始めた。

 あちらこちらで勝利の声が上がる。


「な、に? 王を殺したと? チェリル! 王宮へ。急いでくれ!」


 角笛によって戦闘が一時中断されてこともあり、チェリルが行動を起こすのは早かった。すぐに光に姿を変え、センミンを王宮へと運ぶ。


「面倒なことになりそうだ。私達も後を追う」

「まったく。あの人間は!」


 バルーに答え火の精霊が彼を連れる。水の精霊もその後に続いた。

 

「タナリ。行けるか?」


 精気のやり取りは、口付けだけではない。間接的に精気をウェルファからもらっていたタナリは、彼の問いに頷く。


「シア、お前も来てくれるか?」


 シアは一瞬遠くの弟に目を向け、迷いを見せるが頷いた。

 今は、弟よりも魔王のことだった。

 弟は木の精霊の加護がある。死ぬことはない。そう信じて、シアはウェルファについて行くことを選んだ。


「悪いな」


 シアの戦力はナル不在となりますます貴重になっていた。彼女がいなければ、ただでさえ不利な戦いが完全に負け戦になる。

 タナリはウェルファとシアが並んだのを確認すると、砂塵に姿を変え、二人を王宮へ導いた。

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