リリーズの願い

「やめて。リリー」


 向ってくる魔族を蹴散らしていた木の精霊に、やっと我に返ったガルタンが命を出した。

 動きを止めた大木であったが、その隙にとばかり魔族が襲い掛かってきたため、リリーは主を守るためと再び枝を伸ばす。


「マジュラ!」


 しかし呪文が唱えられ氷の槍が枝を切断する。

 それはガルタンの魔法ではなく、魔族のものだった。


「ランデン!」

 

 窮地を救われた魔族は、新たに現れた魔族の男の名を呼ぶ。

 ランデンは杖を掲げ大木を睨んだ後、その背後のガルタンに目を向けた。


「お前は、」


 目があった瞬間、驚かれたが、ガルタンにはそれがなぜかわからない。アドランの村でリリーズ達と遊んだことがあったが、このような顔の魔族はいなかった。それとも忘れているだけかとガルタンはランデンを見据える。


「お前が、魔族を殺すのか?」


 ランデンは口元をゆがめて、そう口にした。


「リリーズに命乞いされ、生かしてやったが間違っていたようだ。お前も殺す!」

「リリーズ? 命乞い?」


 ガルタンには覚えのないことだった。

 けれども、ランデンは説明をするつもりはないらしい。杖を掲げ、呪文を唱える。


「マジュラ!」


 数百もの氷の槍がガルタンに放たれた。

 しかし、彼に届く前に、大木が盾になり、破壊する。


「リリー!」


 氷の槍によって、枝、幹、葉が傷つけられ、ガルタンの目前にはらはらと破片が落ちた。


「大丈夫です。ご安心ください」

「でも」


 大木が表面に女性の顔が現れ、ガルタンに答える。

 それは異常な光景であり、ランデンはある可能性を思い浮かべた。そうして、「リリー」という名前をつけたガルタンに怒りがこみ上げる。


「人間よ。その大木は木の精霊か?」

「……そうだよ。あなたは、ランデンとか呼ばれていたね。僕は、魔族を攻撃したいわけじゃないんだ。ただ、あなた達が僕を襲うから、リリーが僕を守ろうとしているだけなんだ」

「リリー……。お前は、木の精霊をリリーと名づけ、魔族と戦わせているのか?」

「魔族と戦わせているわけではない!」

「ふん。見てみろ。その精霊が殺した魔族の躯を。それでも戦っていないというのか?」


 ランデンに冷たく返され、ガルタンは周りを見渡して見る。数人の魔族が血を流して、地面に倒れており、彼はリリーを見上げる。

 彼女は顔を現し、申し訳なさそうな顔をした。


「やはり、お前は生かしておくべきではなかった。私が甘かった。リリーズの最後の願いといえども、聞き届けるべきではなかったのだ」

「リリーズの最後の願い? ランデン。どういう意味?」

「お前に説明するだけ無駄だ。お前は私が殺す!」


 ランデンは再び杖を構える。

 けれども彼が呪文を唱えるよりも先に、異変が起きる。

 

 火の塊がふいに現れ熱風を引き起した後、消える。二人の人影が見え、次に現れた水の球は光を放った後、人型に変化した。

 真っ赤な精霊に、水色の精霊、そして少し疲れたような笑みを浮かべる、傷ついた男。

 

「バルー」

「魔王」

 

 ランデンとガルタンがそれぞれ呼び名を口にするが、言葉は続けられなかった。

 すぐに別の光の球が空に現れ、あたりに光を放つ。光が止むと今度は砂埃が舞い、数人の人影が現れる。


「ガルタン!」


 姉の声がして、人影が明瞭になった。


 アドランの王宮近くに、五人の精霊が集まる。契約に縛られた精霊達は契約主のそれぞれの思いの下、再び争おうとしていた。



「ルダ様。先を急ぎましょう」


 後方に気をとられ足を止めたルダに、ハマタが進むように促す。

 色鮮やかな光が何度も放たれ砂煙が上がった。

 精霊と戦い、また出現する姿を何度か見ているルダはそれが精霊の光だとわかった。

 大木が暴れていた場所、そこに精霊が集結しつつある。


 ――ランデンは大丈夫であろうか。


 ランデンは幼い時から側についていた者で、長老である祖父が拾った子供だった。ルダの願いに忠実で、人間の世界に来る時も反対しながらも付いてきた。ルダとルディアは、人間に興味あり、成人すると何度かこの世界を訪れていた。

 魔族の中で変わり者と言われる者達は、人間の世界を好み、住んでいる。村を形成しているところもあり、二人はそんな村を訪れるのが楽しくしかたなかった。

 一年前も、その延長でアドランの村リリーズのところへ遊びに来ていた。ところが、バルーが神の怒りを買い、世界は引き裂かれてしまった。

 そうしてルダ達は魔族の世界に戻る方法を失い、人間の世界に留まることになった。数ヶ月の間で、ルダ達は人間に迫害されるようになり、最初はランデンを制していたルダも堪えられなくなった。ルディアだけは、人間を信じ続け、考えを共有できなくなった兄妹は袂を別った。

 それから、人間側に立つものが傍にいなくなったせいもあり、ルダの人間への憎しみは増長していった。

 そしてその憎しみを決定的にしたのは、アドランの村の魔族虐殺事件だった。


「ルダ様。ここに留まっては、同胞の犠牲が無駄になります。どうか先にお進みください」


 ハマタに再び諭され、ルダは過去の思いから我に返る。

 アドランの破壊は、魔族による人間滅亡へ大きな一手だった。魔族が優位とはいえ、数に限りがある上、犠牲はゼロではない。立ち止まれば被害が大きくなり、優位が覆される可能性がある。精霊がこちらに来ているとわかれば、尚更その危険性は高い。


 ルダは視線をまっすぐ王宮に向けると、己に続く魔族に号令をかける。


「儂はアドランの王を殺し、その一族を血祭りにあげた後、ここを魔族の根城とする。人間どもを一掃して、ここを第二の魔族の世界に作り変えるつもりだ! 儂に続け!」


 ただ破壊するだけのつもりだったが、人間の世界では王宮はこのアドランだけだ。それであればここを占拠し、魔族の本拠地をするべきだとルダは考えを改めた。


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