「ナル」の過ち
「もう!また!」
苛立ち紛れに言葉を発したのは火の精霊だ。
土の精霊タナリの土の壁によって、火の精霊は囲い込まれる。
「ああ、面倒くさい!」
そう文句を垂れるのは、水の精霊。
こちらは、シアによって連続で炎の塊をぶつけられ、気を散らされており、攻撃に集中できていなかった。攻撃をしたとしても、金の精霊チェリルの防御壁によって、センミンは完全に守られている。
その上、センミンがシアと連携して剣を振るってくるので、水の精霊にとっては煩わしい他なかった。
「うーん。これは苦しいな」
火の精霊の守りもなく、バルーは二人の攻撃を受けていた。ウェルファは体術で彼に挑み、「ナル」は水の剣を使う。
バルーは火の剣を扱いながら、攻撃を受け止めていた。
戦いは「ナル」達が完全有利であった。
精霊が死ぬことはない。だが力は消費するもの。
また契約主が死ねば、己が契約をすればいいだけのことで、「ナル」達がバルーを殺せば、勝敗は決する。
――魔王を殺す。
「ナル」は何度もそう自分に言い聞かせ、バルーに向かっていた。彼が傷ついていく姿を目前にして、彼の優しかった笑顔がちらつき、彼女の決意を鈍らせる。
その度に、彼女は死んでしまったナルや魔王によって殺された人々のことを思い、憎しみを呼び起こし、柄を握り締める。
――これは兄ではない。魔王だ。
ふらりとバルーが均衡を崩した。
「今だ!」
それは、「ナル」の声だったか、誰か他の声だったか。
彼女は剣を振り上げた。
「……そう、それでいい」
穏やかな声がして、魔王が、兄が彼女を見ていた。殺されることがわかっているのに、彼は抵抗しようとしなかった。
三年前の、義姉が生きていた頃の兄がそこにいた。
「兄さん!」
「ナル!」
彼女は剣を振り下ろさなかった。
彼女を非難した声をあげたのは、センミンだ。
時が止まったような瞬間、火の精霊が最大限力を放ち、土の壁を壊す。
「バルー!」
火の精霊はバルーのところまで一気に飛ぶと、炎を巻き上げ姿を消した。
それを追う様に水の精霊も液状になり水の球になると解けるように消える。
「くそっ!追うぞ!チェリル!」
センミンの怒声で、「ナル」が我に返り、柄を握り締める。
「俺も連れて行ってください!」
彼女の懇願をセンミンは無視し、チェリルを見た。金の精霊は「ナル」に小さく微笑むが、契約主の意向を読み、そのまま光に返り、センミンのみを包み空に舞い上がる。
「タナリ。私たちもいくぞ!」
「あたしも連れて行ってくれ」
土の精霊を呼ぶウェルファ。それに追随するシア。「ナル」は二人に連れて行ってくれるように頼もうとして、動きを止める。
「……ナル。君はそこで待っていたほうがいい。戦いに迷いは禁物だ」
「そうだよ。ナル」
そんな彼女に二人はそう声をかけ、タナリが砂塵になり二人を包む。砂煙と共に姿を消し、村に再び沈黙が訪れた。
「どうして、」
一人村に残された「ナル」は、自身への苛立ちで唇を噛む。すると血が滲み口の中にその味が広がり、火の精霊と共にある村を襲った記憶が蘇る。
自身に助けを乞う者、剣を振い返り血を浴びた兄の姿。血の味と匂いが彼女にあの時に気持ち悪さを思い出せる。
――俺は、私は、誓ったのに。
次に蘇ったのはナルの最後の姿。朦朧とした瞳で彼女に優しく微笑んでいた。
――なぜ、殺せなかった。ただ剣を振り下ろすだけで、事は済んだのに。
「くっつ!」
嗚咽がこみ上げてきて、「ナル」はその場にしゃがみこんだ。
「ナル、ごめんなさい。ナル!」
ナルの骸を胸に頂き、彼女は魔王への復讐を誓った。
それなのに、彼女は成し遂げられなかった。
自分の怒りと罪悪感で、彼女はそれまで保っていた自分を失う。
「ナル! ナル! みんな、ごめんなさい!」
バルーによって、火の精霊によって殺されていった人々が次々と現れ彼女を罵る。目の前で殺されていった人々の顔を彼女は決して忘れていない。
彼ら達に誓って、復讐を成し遂げるつもりだった。
それなのに、彼女は……。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
静まり返った村で彼女の謝罪の言葉が響き渡る。
だが、答える者は、許しを与える者は誰もいなかった。
☆
魔族優位で進んでいる戦い――それはすでに戦いというよりも虐殺の様相を呈していた。
ルダは炎の魔法を使い、王宮へゆったりと足を進める。彼の隣にはランデンが並び、ルダに仇なす者に氷の槍を放っていた。
「脆いものだ。初めからこうすべきだった」
ルダの言葉にランデンはただ頷き、攻撃を続ける。
ランデンはルダの命を受け、残された魔族を集めた。アドランの村の惨状を伝え、魔族の結束を促す。それまで人間との融和を図っていた者も、今回のことで完全に人間を敵と見なしていた。
魔力を使える魔族は、一人で一般兵士百人以上の働きをする。
魔族側の人数が少数にも関わらず、兵士達は次々に殺されていき、逃げ出す者にも容赦なく炎や氷の槍が浴びせられ、生き残ることすら困難な状態であった。
「なんだ?」
王宮を視界にとらえ、あと少しのところで、ルダは足を止める。
ランデンは彼の視線を追い、不可解な光景を目に入れた。
空に向かって伸びた大木がその枝を使い、次々に魔族をなぎ倒していた。魔法を使える魔族の大半は王宮を攻めるルダについている。剣や槍を使って戦うものは、街で暴れさせ、兵士の注意をそらす役目を与えている。
ルダたち魔族の最終目標は人間の滅亡だ。だから、一般の人間も最終的に殺す予定なので、街を襲う魔族には好きにさせていた。
けれども、そんな同胞たちは次々に大木の餌食となり、地面に叩きつけられていた。
「あれはなんだ?」
「私にもわかりません」
大木の正体は不明で、ランデンはルダの問いに首を横に振るしかない。けれども、魔族の敵には違いなく、彼は杖を固く握る。
「ルダ様。私があの大木を倒して参ります。ルダ様はどうか王宮へお行きください」
「ランデン」
「ご心配なく。ハマタ!ルダ様を頼んだぞ」
「はい」
ランデンに告ぐ魔力の持ち主、同じく水の魔法を使うハマタにルダの護衛を頼み、ランデンは大木に向かって駆け出した。
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