甘さを捨てて


「この人が魔王……」


 突然現れたバルーと二人の精霊。

 ガルタンは愕然としながら、現れた三人を見る。

 「ナル」はセンミンの後方で、背負っている剣を鞘から抜き、構えをとった。

 しかしバルーは「ナル」に視線を向けることもなく、ガルタンへ言葉をかける。


「初めまして。私はバルーという者だ。魔王などと呼ばれることもあるけど。普通の人間だ。君は木の精霊の契約主で、魔法使いか」

「何の用だ!」


 声を荒げて遮ったのはセンミンで、バルーは気分を害されたとばかり、肩をすくめた。


「バルーの邪魔をしないでよね」


 それに苛立ちを覚えたらしい。火の精霊は炎の塊を一瞬で作り上げ、センミンへ投げつける。


「センミン!」


「ナル」が反射的に動くが、契約主を守るのが精霊だ。チェリルは防御壁を生み出し炎から主を守った。


 ――よかった。


 かつて仲間だった黒髪の戦士を殺されたことは記憶に生々しく残っている。彼女は魔王とその精霊を睨んだ。

 バルーはそんな彼女を一瞥することなく、ただガルタンに視線を向ける。


「君の名は? 私の味方になる気はないか?」


 優しい微笑み。

 「ナル」の記憶の中の兄と同じ。

 しかし彼女は柄を強く握り、兄ではなく魔王を見る。


「ガルタン。そいつは、ロウランで平気な顔をして多くの人間を殺していた。だから、騙されるんじゃないよ!」

「そうだ。お前が俺達に協力しないのはかまわない。だけど、そいつの味方にはなるな!」

「うるさいな」


 思わぬバルーの申し出、噂と異なる柔らかな物腰に気を取られていたガルタンだが、姉とセンミンの言葉に怒鳴り返した。


「僕は誰の味方でもない。僕は僕でやる! 行くよ、リリー!」


 木の精霊は頷くと、すぐに光になりガルタンを包む。


「待てこの野郎!チェリル!」

「だめだよ」


 後を追おうとしたセンミンだが、それは叶わなかった。


「君達にはここにいてもらう」


 水の精霊がセンミンに向かって氷の槍を放ち、間髪入れず火の精霊が炎の鞭を振るう。追うどころではなく、防御で手一杯になった。


「タナリ!」


 見かねたウェルファが土の精霊の命じ、加勢する。


「後を追いたいなら、私たちを倒してからだ」

「ふん。一昨日の戦いで、俺達はお前をあと少しで倒すところだった。今回はきっちり倒してやるぜ」


 センミンは剣を構えた。

 ナルもその隣で、同様に構えを取る。


 ――今度こそ、倒す。


 甘さを振り払い、ナルは魔王を睨んだ。


 

 ☆


 木の精霊リリーが人型に戻り、ガルタンの視界は明瞭になる。


「人間を残らず殺せ!」

「兵士達よ! 街を守るのだ!」


 魔族が街の人々を襲っていた。

 女、子供も関係なく、魔法の炎と氷の塊が人々を襲う。

 赤子を抱いた女性も、炎に包まれ、ガルタンは視界を覆いたくなった。


「これは、」


 ガルタンは魔族の味方だ。

 アドランの村を襲った兵士が許せなかった。

 けれども目の前で起きていることは、あの時と逆だった。

 嬉々として魔族が人間を殺している。

 見境なしに。


「どうして」


 アドランの兵士を皆殺しするつもりだった。

 だが、これはどうだろう。

 兵士達は必死に街の人々を守ろうと戦っていた。


 リリーは呆然と立ち尽くす契約主の隣で、顔をゆがめる。

 彼女は人間が好きであり、神より人間界に下りることを命じられ、一番喜んだ精霊だった。人間と共に楽しく過ごす、それを楽しみにしていた。だが、今起きていることは何だろうか。

 

「ガルタン」


 人間を守るように命じてほしいと、彼女は契約主の名を呼ぶ。

 ガルタンはどうすべきか、どうしたいのか、見失っていた。

 アドランの兵士は、魔族を殺戮した。だが、今度は魔族がアドランの兵士、いや兵士ではなく、女、子供など弱い者までをも手にかけていた。


 ――同じだ。同じ。あの時と。ただ今は立場が逆になっているだけだ。


「助けて!」


 ガルダンに助けを求め、手が伸ばされる。

 迷っている彼の目の前で、魔族の剣によって子供の命が絶たれる。

 そのまま、魔族は人間であるガルタンに襲い掛かったが、それはリリーによって防がれた。地面から伸びてきた木の根が鞭のようにしなり、魔族を吹き飛ばした。

 それを見ていた他の魔族たちが、ガルダンを敵と認識し襲い掛かり始める。

 ガルタンは何も命じない。

 けれども、契約主の命を最優先にする精霊は、人から大木の姿に変わると、向かってくる魔族と戦い始めた。



 ☆


 ――間に合って!


 ルディアは、「ナル」達の戦いから抜け出し、アドランの街に向かって走っていた。

 魔族がみんな魔力を持つわけではない。

 ルディアは瞬間移動もできず、ただ自らの足でアドランの街を目指すしかなかった。

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