木の精霊リリー

「ナルはどう思うんだ?」


 隣に座るセンミンがパンを齧りながらそう聞いてきた。

 食事を村人に運ぶ手伝いのため、ウェルファはマイリとルディアと共に、居間を出ていった。残されたのは「ナル」、センミン、シア、ガルタンだった。

 ガルタンがセンミンと同じ部屋で食事を取りたくないと拒否したため、「ナル」はセンミンを連れて外に出ていた。

 椅子としても使われていたらしい横並びの切り株に腰掛け、二人は食事を取る。食事といってもパンとチーズそれだけだが、昼食からずいぶん時間が空いていたので、食欲を満たすには十分だった。


「どうって」


 「ナル」は顔を上げる。

 自分を見るセンミンの視線は痛いほどで、思わず目を逸らしてしまった。

 

「やっぱりナルも魔族の味方か?」

「味方とか、そんなのわかりません。ただ、あの村の惨状は惨いと思います」


 アドランの村には惨状。墓標の数や、血の跡は数多くあり、どのような戦いが行われたのか、予測ができた。


「アドランの兵士はそんなことしないはずだ」


 言い訳としか思えないのだが、センミンは苦しそうに言葉を漏らした。


 ――そういえば、ガルタン……弟さんがセンミンのことを王子って言っていたな。王子って柄には見えないけど、きっとそうなんだろうな。なんで王子が自国を離れているんだろう。一人で……。


「ナル。俺はアドランの第七王子なんだ。王子では一番下で、母親も平民だから、自由が利いて、アドランの兵団にもよく遊びに行っていた。俺は兵士達をよく知ってる。だから殺戮なんて」

「王子さん。まだ馬鹿なこと言っているの? 僕はこの目で見た。あいつらがどんな風に魔族を殺したのか。子供まで容赦なかった」

「そんなこと!」

「ガルタン!」


 ガルタンが家から飛び出してきて、「ナル」達の傍に立っていた。シアが彼を追って家から出てくる。


「まだ動いちゃいけないだろ。ガルタン!」

「姉さん。僕は大丈夫だ。それよりも、この王子にはたっぷり話して聞かせてやらないと。どんな風に兵士が魔族を殺したのか」

「ガルタン!」

「そうだ。僕が復讐しようか。木の精霊の力を借りて。どうやって契約するの? 呼び出すの?」

「やめろ!チェリル!」


 ガルタンは懐から緑石の色を取り出した。センミンはそれを制止しようと金の精霊を呼んだ。


「バタル ビ アドラン」


 しかしそれよりもガルタンが杖を使って魔方陣を描くのほうが、早かった。地面の魔方陣が光り、彼の体を包む。


「させるか!」

 

 センミン、チェリルが光に飛び込もうとするがすでに光は消えた後だった。


「チェリル。アドランへの瞬間移動だ。俺たちも行くぞ!」

「センミン!待ちな!」


 シアが止めるが、チェリルは少し困ったように微笑むと光になり、センミンを包む。そして消えてしまった。


「くそっ。あいつ。ガルタンをどうする気だ!ウェルファに頼んで、あたしもアドランに行く」

「俺も行きます!」


 「ナル」は完全に場に飲まれていた。

 ガルタンの怒り、センミンの思いに圧倒され、ただ傍観するだけになっている。


 ――何をしていいかわからない。だけど、弟さんとセンミンが争うのは間違っている。


「あんたは来ないほうがいい。どっちの味方にするか決めていないだろ」

「味方とか、弟さんもセンミンもどちらも味方じゃないですか!」

「今回は違う。センミンはガルタンと敵対している。あたしも、」

「何があったんだ?」


 食事を配り終えたのか、ウェルファがマイリとルディアを伴って現れた。


「センミンの馬鹿野郎が、ガルタンを追ってアドランに行ったんだ。あいつはガルタンをきっと傷つける。だから、薬師さん。あたしをアドランに連れて行ってくれ」

「わかった。だが、ナルも連れて行くぞ。俺達がセンミンを説得するより、ナルが話したほうが、センミンも言うことを聞くかもしれないからな。それにシア。私達は全員仲間だ。敵も味方もない。わかったな」

「わかったよ」

「私も、私も連れて行ってください」

「あんた!」

「なぜだ?」


 ルディアが突然話に割り込み、シアとウェルファが問い返す。


「アドランの惨状を見てみたいのです」


 ――惨状。同胞が殺された場所を見たいなんて。


 「ナル」だけでなく、シアとウェルファも戸惑いを隠せなかった。


「……いいだろう。それで、君の考えも変わるかもしれないな。それで魔族は一致団結というわけだ」

「ウェルファ!?」


 彼の言葉に反応したのは、シアだけでなくルディアの隣で黙っていたマイリもだった。


「シア。私は魔族に特別な感情を持っているわけではない。だが、人間を滅ぼすと決めたのであれば、魔族と戦うしかない。君もそれは考えたほうがいい。ロウランの人間も全部殺されるのだぞ?」

「……わかってるさ。そんなこと。だが、今はセンミンを追うのが先だよ。その後のことはあとで考える」

「わかった。ルディア。君も連れて行こう。タナリ」


 ウェルファが呼ぶと懐が光り、土の精霊が姿を現した。

 その顔を改めて見て、「ナル」はマイリにそっくりなことに気がつく。


「マイリ。悪いがこの村を頼む。センミンとガルタンのことを解決したら、すぐに戻ってくるから」

「わかったわ。任せて」


 マイリは穏やかに微笑み、ウェルファがそれに笑顔を返した。

 二人のやり取りは微笑ましく、ナルは、過去の兄と義姉の笑顔を思い出す。しかし首を横にふり脳裏からその記憶を追い出した。


「さあ、行こう!」

「ああ!」

「はい」


 ウェルファの掛け声にシアが威勢よく答え、ナルは返事をする。ルディアは少し緊張の面持ちで頷いた。

 マイリが見守る中、タナリの姿が砂に変化して、一行を包む球体となる。そうして弾けるようにその場から姿を消した。







「木の精霊?!」


 チェリルが光から人型になり、センミンの視界が明瞭になった。そうしてすぐ視界に飛び込んできたのは緑色の細身の女性の姿だった。


「この野郎!」

「リリー。君の名はリリーにする」


 センミンが駆け出すよりも先にガルタンがそう言い、その女性が光に包まれた。チェリルはすぐに壁を作り、衝撃波と光から契約主を守ろうとする。


「遅かったようですわ」


 チェリルに言われなくても、センミンも理解していた。

 光が止み、チェリルはもう大丈夫だろうと防御壁を消滅させる。視線の先には、新たな姿に変化した木の精霊の姿があった。

 性別に変わりはないが、細身の女性体から女性らしい丸みを帯びた体つきになっていた。


「……どうやって。その方法は知らないはずだ。まさか、ウェルファが!」

「恐らく木がガルタンに直接伝えたのでしょう。木は人間に常に同情的でわたくしよりも、人間を好ましく思っていますから」

「人間を好ましく……それなら!」

「契約主がそうであればですが、木も喜んで人間に味方しますわ。でも契約主が命令すれば木は人間を殺すでしょう。それが契約というものですわ」


 チェリルによって語られた言葉に胸を撫で下ろしたセンミンだが、次にもたらされた情報に唇をかみ締める。


「おい。お前。いや、ガルタンだったか。人間と敵対するつもりか?」

「いや。そんなことは僕はしない」


 予想を反する答えにセンミンは安堵の息を吐くが、それを見て、ガルタンは微笑む。


「人間全体を滅ぼすとか、そんなこと考えるわけがない。僕は人間なんだから。でも、アドランの兵士だけは許せない。君の兵士はすべて殺す。リリーズの復讐だ」

「なんだと!」


 対立する二人の間に、光の玉が現れた。輝く砂が球体をつくり、それは砕ける様に四散する。砂煙の中現れたのは五つの人影だ。


「ガルタン!」

「センミン!」


 シアが弟を、ナルが仲間の名を呼んだ。

 

「姉さん。僕、木の精霊と契約したんだ。僕はアドランの兵士を皆殺しにするよ。王様にもちゃんとお仕置きしてあげないと。姉さん、もちろん僕に協力してくれるよね?」


 ガルタンは姉に向かって微笑みを浮かべる。シアは険しい顔のまま、笑顔の弟とその横に立つ幼馴染の魔族の女性そっくりの精霊を眺めた。


「……協力はできない。気持ちはわかるけど」

「なんで? 姉さん? リリーズはアドランの兵士に殺されたんだよ」

「わかってる。あたしだって、ぶちのめしたいと思う。だけど、違うだろう」

「何だよ。それ。僕は姉さんを見損なった。その王子にでも惚れたの? だから、彼の兵士は殺せない?」

「馬鹿なこと言うな! そんなことない!」


 目を細め人を見下したような態度の弟に、シアは怒鳴り返した。


「どうだか。いいよ。僕一人でやるから。リリー。行こう」

「ガルタン!」

「行かせるか! チェリル!」


 姉弟の会話をそれまで黙って聞いていたセンミンだが、背を向けて歩き出そうとしたガルタンを止めるために己の精霊に命じる。

 チェリルはすぐにガルタンの前に壁を作り、彼は舌打ちした。


「邪魔しないでくれるかな。リリー」


 木の精霊は頷き、自らの姿を大木に変えると壁を壊そうとその枝で攻撃を始めた。しかしながら、チェリルの防御壁は精霊の中で一番強力なのもので、破壊は容易ではなかった。


「ああ、しょうがないな。マジュラ!」


 ガルタンは振り向くと杖をセンミンに向け、呪文を唱えた。


「タマリ!」


 彼を襲う氷の槍を防いだのは土の壁で、チェリルがタナリに微笑みかける。センミンは少しぎこちなくウェルファに礼を言い、ガルタンを睨んだ。


「お前は俺達に敵わない。アドランの兵士に二度とあんな真似はさせない。だから、諦めろ!」

「諦めれるわけがない! リリーズは殺されたんだ! リリー。壁はいいから、あいつを頼む!」


 大木は頷くように揺れると、その枝をセンミンに伸ばす。 

 届くはずがなく、今度は金色の防御壁に阻まれた。


「ガルタン。あたしがしっかり、こいつに言ってきかせるから、おかしなことをするのはやめてくれ」

「姉さん。おかしなことだって? 復讐のどこがおかしいんだ!」


 姉の言葉に弟は激昂して怒鳴り返した。

 それがまるで合図かのように、炎の球が現れ、それを追う様に水の球が出現した。


「あら。楽しい展開ね。対立しているの?」


 炎の塊が消滅して、人影が二つ。

 一人はバルー。それにもたれかかるのは、火の精霊だ。

 水の球の正体は水の精霊で、彼女は人型になるとその隣に並んだ。


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