対立
サライの村は、バルーと火と水の精霊によって蹂躙されており、大多数の家屋がその元の姿を失っていた。
家屋の破壊度と怪我の重度は比例しており、家ごと焼かれた者もおり、生き残ったものも重度の火傷で命を落としていた。
村人で生き残ったのは十数人。本人の家が残っている者には自宅で養生させ、家を失った者達はルディアの家で引き取った。
意識のないガルタンを、彼女の家の一階部分の居間に運び込む。床に余った布を敷き、簡易の寝床を作り、そこに彼を寝かせた。
「ベッドもなくてごめんなさい」
「いや。場所を借りられただけで助かるよ」
申し訳なさそうなルディアにシアは笑顔を返す。
弟の外傷はチェリルによって癒され、呼吸も楽そうだった。シアは落ち着きを取り戻しており、家を提供してくれた魔族の女性に感謝していた。
「薬師さんもマイリもありがとう。助かったよ。マイリがこんな場所に来ているとは思わなかったけどね」
「ごめんなさい。街の人達に伝えもしなくて」
「うん。街のやつら変な誤解してたよ。帰ったら誤解、解かないとね」
「ええ」
シアの言葉にマイリは深く反省したとばかり、深く頷いた。
「それで、」
「話があるんだが」
「センミン?何のようだ?」
突然居間に現れ、話に割りこんだセンミンにシアがむっとして言い返す。
ウェルファもセンミンの無作法ぶりには慣れていたが、眉をひそめて彼を見た。
「そこの魔族の女性――ルディアだったか。ちょっと席をはずしてくれないか?」
「センミン?」
シアはますます不機嫌そうな顔をしたが、ウェルファは彼の様子がおかしいこと、背後の「ナル」が何か言いたげなことに気がついた。
「マイリ。悪いが、ルディアを連れてちょっと席をはずしてもらえないか。何か食料を持ってきてくれるとうれしい」
「……わかったわ」
マイリはウェルファの意向を汲み、ルディアを誘う。
彼女はただ頷き、マイリと共に居間を出て行った。
「チェリル。見張っていてくれ」
「センミン! どういう意味だよ」
「シア。お前が魔族側に立っているのはわかる。だが、ここは譲れない」
「……わかったよ」
怒気とは異なり、静かに諭され、シアはしぶしぶ頷いた。そしてチェリルが部屋から出て行き、センミンが木の精霊の石のことを口にする。
「木の精霊の石をガルタンが持っているって?」
「間違いない。ナル。もう一度地図を開いてくれるか」
「はい」
センミンに請われ、「ナル」は袋から地図を出して、「木の精霊の石」とつぶやく。
すると、地図上の矢印は寝ているガルタンを真っ直ぐ指していた。
「木の精霊の石を魔族に渡すわけにはいかない」
「だからか」
ウェルファはルディアを部屋から出した理由に納得する。しかしシアは不服そうだ。
「あんたさあ、魔族がそんなに嫌いなのか?」
「それは関係ない」
「ふん。どうだかね」
「シア。好き嫌いは関係ないぞ。私も木の精霊の石を魔族の手に渡すつもりはないから」
「ふん。あんたもか? ナルはどうだい?」
「俺は……」
苛立ったままシアに聞かれ、「ナル」は即答できず口ごもる。
「誰も彼もが、魔族を敵だと思っている」
「そうだろう。やつらはバルーと組んだ」
「全部が全部じゃない。ルディアを見ろよ。彼女はあたしらの敵じゃない」
「……そうかな」
「そうだよ! 本当、あんたの偏った考えにはウンザリだよ」
二人はまたしても諍いを始め、「ナル」はどうやって止めるか悩む。そんな彼女の隣で口を挟んだのはウェルファだった。
「確かにルディアはいい魔族だろう。だが、魔族全体の意思は人間を滅ぼすことにあるぞ」
「薬師さん? なんだよ。それは、いい加減なことを言うんじゃないよ!」
「いい加減ではない。私は、あのバルーと手を結んだ魔族がこの村に来て、他の魔族を引き連れて行ったのを見たからな。魔族は人間に対して強い怒りを覚えている。そういえば、お前達はアドランで人間に魔族の村が襲われたのを知っているか?」
「襲われた? やっぱりあれは襲撃だったのか?」
「知っているのか?」
――あの墓標の数は並じゃなかった。だから、魔族は人間に怒りを覚えてしまったのか。
ウェルファ達のやり取りを聞きながら、「ナル」はアドランの村で見た土の塊と墓標の山を思い出す。
「襲撃だったかもしれないが。理由があるのだろう。アドランは正当な理由がないのに、村を襲ったりしない」
「……知っているような言い草だな」
アドラン側に立った物言いにひっかかり、ウェルファはセンミンに視線を投げかける。
「センミン。あんた、おかしいと思ったけど、アドランの元兵士かい?それなら、その態度納得ができるね。元仲間が殺されたんだったら、あんたが魔族だけに怒りをむけるのはわかる」
嫌味にも聞こえるシアの台詞。だが、センミンは否定も肯定もしなかった。
「とりあえず、シア。弟から木の精霊の石を渡してもらってくれ。ルディアにわからないようにな」
「それは無理な注文だよ。アドランの兵士さん」
寝ていると思っていたガルタンが、体を起こしセンミンを睨み付けていた。顔色はまだ青白かったが、その視線は鋭く、センミンを射殺す勢いだ。
「いや、兵士じゃないね。あなたは、王子だろ?」
「は? 王子? ガルタン。体は大丈夫かい? 頭まで、もしかして氷漬けにされておかしくなったのかい?」
「姉さん、やめてよ!」
半身を起こしたガルタンを心配して、シアがその体と頭をなで繰り回した。それを煩わそうに振り払い、彼は言葉を続ける。
「話は聞かせてもらったよ。アドランの王子。僕が木の精霊の石を持っているって? これのことかな?」
ガルダンは懐に隠した袋から緑色の石を取り出す。
「僕はアドランの味方なんか絶対にしない。ましては王の息子の君なんかの」
「ガルタン?」
初対面の人に怒りをぶつける様な彼ではないのに、ガルタンの瞳には憎悪の炎がちらつく。
「姉さん。リリーズを覚えている? こいつの兵士達が、リリーズを殺したんだ。他の魔族もみんな。笑いながら、あいつらは殺していった。姉さん。こんな奴の味方をするの? それなら、僕は姉さんとは姉弟の縁を切る」
「リリーズ……。あの子。あの子もあそこにいたんだ?」
「そうだよ。兵士のやつら。狂ったようだった。僕は必死に止めたんだ。だけど、師匠……いやガルシンの奴が!」
「ガルシン……叔父さんもそこにいたのかい?」
「うん。僕の師匠だったからね。僕を氷漬けにしたのは、ガルシンだ」
「ナル」は、ガルタンが感情の高まりに任せて惨状を語るのを聞くしなかった。
あの村に残された血だまりはすべて魔族のものだったのだと思うと、その戦闘の激しさにぞっとして、吐き気を覚えたくらいだった。
「アドランは理由もないのに、襲わない。魔族の奴が先にアドランを襲ったに決まってる」
「うん。そうだよ。でも一部の魔族が行っただけだよ。だからって村を襲うのは間違っている」
ガルタンにそう切り返され、センミンは黙り唇を噛む。
彼もアドランの村で惨状を見ており、ガルタンが嘘を言っていないことはわかっていた。
「王子さん。僕は絶対に石を渡さないから。だって、王子さんは、魔族と戦うつもりだろう。そんなことに利用させない」
「センミン」
ガルタンがそう言い切るとチェリルがその場に現れた。
「マイリとルディアが食事の準備を終えましたわ」
それは彼女達が再びこの部屋に戻ってくる合図でもあり、重い空気を抱えたまま、「ナル」達は二人を迎えることになった。
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