ルダの決断
「ルダ殿。話というのは何かな」
昼下がり、ルダはランデンと伴い、バルーを訪ねた。
ロウランから連れてきた同胞達は、簡易に作った天幕の中で休みを取らせている。ランデンから報告を受け、ルダはある計画を立てていた。
そのために、ルダは疲れを押して、ロウランだけではなく、ランデンに大陸に散らばった同胞を集めさせていた。
「アドランを破壊する手伝いをしてほしい」
「アドラン……。一番面倒なところを先にするのか?」
バルーはやれやれといわんばかりに溜息をつく。
それに怒りを表したのはランデンだが、ルダが抑えた。
「兵士だけなら恐らく我が魔族だけで戦える。だが、問題は精霊だ」
「精霊?」
「どうやら金の精霊の契約主が、アドランの王子のようなのだ。だから、アドランを攻めれば、金の精霊が出てくる。そうなると土の精霊も共に現われるだろう」
「なるほど」
一言そう発し、バルーは少し思案するように宙を見上げた。それから、手元で赤色と水色の石を弄び、テーブルに転がした。
「バルー!」
するとまず赤色の石が人化し、小さな火の粉を撒き散らして抗議する。
「アイル」
バルーが名を呼び、水の精霊が現われる。火の粉は家具や壁を傷つける前に、消滅させられた。
「火。学習能力なさすぎじゃないの?いちいち呼ばれる身にもなってくれるかしら?」
「うるさいわね。だって、バルーが!」
二人の精霊は、バルーやルダ達の前なのにくだらない言い争いを始め、バルーが苦笑した。
「二人とも。やめないか。ティマ。悪かったよ。ちょっと考え事をしていてね。君を呼ぶときはもっと丁重に呼ぶから」
「バルー。わかってくれたのね!だったら、悩みをきいてあげるわ。バルー。大丈夫よ。金と土相手なんて、ちょろいものよ」
火の精霊はバルーの肩に触れ、もう片方の手の平に小さな炎を作る。
「ちょろい。そう簡単にいくかな」
「いくわよ!まあ、水が足を引っ張らなければだけど」
「どういう意味かしら。火?」
「アイル、ティマ。黙ってもらえるか?」
また諍いを始めた二人にバルーが珍しく冷たく命を下した。
「わかったわ」
「ええ」
二人は石の姿に戻り、バルーが詫びをルダにいれる。
「私の精霊達が邪魔をして悪かった。だが、正直、精霊達は互角の戦いになると思う。あなた方だけでアドランは落せるのかな」
「無論だ。そのために同胞を集めているのだ」
「それならいいけど。私は同盟の契約を結んでいるからね。あなたには協力するよ」
迷っていたのはなんだったか、結局バルーは簡単に承諾をして、ルダは少し違和感を覚えた。それはランデンも同様だったが、アドランを攻めるためには、バルーの精霊の協力が必要だった。
☆
ウェルファの所へ到着して、まず視界に入ったのが、額に角を生やし金色の髪をもつ、チェリルより落ち着いた印象のある魔族の女性だった。しかし、シアはウェルファとタナリにしか意識が向いておらず、ただ彼に魔法の無力化を懇願した。
「ナル」は魔族の女性が気になりながらも、ガルタンの生死のほうが重要だと視線を土の精霊タナリに向けた。
ウェルファの「魔法を無力化することが可能なのか」という問いにタナリは頷く。そして必死な形相のシアの願いもあり、すぐにその力を現した。
手の平に生み出されるのは黒い炎。
それをガルタンが閉じ込められている氷へ放つ。
溶けるというか、消滅という言い方が正しい。
氷は一瞬で消え、ガルタンの体は力なく地面に横たわった。
「ガルタン!」
シアが抱き起こし、呼吸をしているのを確認し、安堵の息を吐いた。
「センミン。わたしくが少し力を与えておきますわね」
「……ああ」
チェリルに問われ、センミンが頷くが視線は魔族の女性に向けられたままだった。
――どうしたんだろう。センミンは?様子がおかしいけど。
「シア。彼を室内で休ませるといい。マイリ、どこか場所を借りてもいいか?」
「ルディア。あなたの家、借りていい?」
「もちろんよ。案内するわ」
――マイリさん。この人が……。
ろくな挨拶もしないまま、タナリの力を借りることになり、自己紹介もしていない状態。「ナル」は改めて、ウェルファが声をかけた女性を見つめた。大きな瞳は茶色で、優しげな印象。しかし、その胸の大きさは目に毒といってもよさそうだった。
マイリはシアに声をかけ、ルディアの後を追う。
「私が運ぼう」
シアがガルタンを抱きかかえようとするのを見て、ウェルファがその役を引き受けた。
「悪いね。薬師さん」
「別にどうってことはない」
ルディアとマイリが案内し、ガルタンを抱えたウェルファ、そしてシアがそれに続く。
その場に残されたのは、「ナル」、センミン、チェリルだけだった。タナリはすでに石の姿に戻って、ウェルファの懐に収まっていた。
「センミン。どうしたのですか?」
珍しく口を開かないセンミン。
「ナル」はアドランの村に到着してからずっと様子がおかしい彼が気になっており、理由を知りたいと尋ねる。
「別に……」
そっけなく答えられ、「ナル」は胸に痛みを覚える。
けれども、彼女も以前同じことをしていたことに考えが至り、それ以上聞けなくなってしまった。
――センミンは何か隠している。でもそれを俺に言いたくないんだ。
妙な沈黙が訪れ、「ナル」が戸惑っていると、チェリルが傍にやってきて微笑みを浮かべる。
「ナル。木の精霊の石の場所を確認できますの?」
「はい」
そういえば目的はそれであったと、「ナル」はすぐに背負っている袋から地図を取り出す。
「木の精霊の石」
「ナル」が囁くと、矢印が現れた。
それはまっすぐウェルファ達が消えた場所を指している。
「そういえば、木の精霊の石を探していたら、氷の中のガルタンを見つけたな。ということは、あいつが持っているのか!」
チェリルの後方にいたセンミンが声をあげた。
――そうか、そういうことか。
ナルが納得していると、前を横切るセンミンの背中が視界に入る。
「センミン?!」
「魔族が石を手にいれたら、とんでもないことになる」
――やはり様子がおかしい。
「センミン!」
あの様子ではガルタンはまだ意識を失ったままだ。そんな状態の彼に石のことを聞くことは無茶だ。それは本来ならセンミンにもわかることなのに、彼は何を焦っているのか、勢いよく、走っていく。
チェリルは契約主だから、「ナル」はただ心配になり、彼の後を追った。
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