マイリとの再会
マイリはロウランを治める領主の娘で、薬草学を基本とする医学とは無縁だった。しかし、人の役に立ちたいと親の反対を押し切り、ウェルファの師匠に弟子入りしていた。時期はウェルファより早く、彼女の父親の領主が病に倒れるまで、彼の姉弟子だった。
困っている人がいると手を貸さずにはいられないたちで、このサライの村の少年に頼まれ、村に来ていた。村に来たら魔族によって村人の治療はすでに施されており、間に合わず命を落した村人も丁寧に埋蔵されていた。
マイリはそのまま街に戻る予定だったが、まだ体を自由に動かせない人達の不安げな瞳を見ていたら一晩この村で過ごしてしまった。この村の魔族は友好的だったが、やはり不安は隠せない様子だったからだ。
結局、あんなに友好的だった魔族達も、ランデンと去り、ルディアだけが取り残された。
彼女は再会を果たした二人に気をつかったのか、二人から離れ、怪我人の様子を見てくると家の方へ戻っていった。
「ウェルファ。心配させてごめんなさい。街のほうはどうなの?」
魔族同士の諍いのことは気になったが、ウェルファはまずはマイリに事情を聞いた。彼女はこれまでの経緯を話した後、おずおずと彼に尋ねる。
「安心しろ。街の人間はチェリルのおかげでほぼ元気になっている」
「チェリル?」
「金の精霊で癒しの力を持っている」
「精霊?! それは」
「大丈夫だ。火と水とは違って友好的だ。実は私も、土の精霊と契約したんだ」
「契約……。それじゃあ、あの、あなたを守っていた少年が精霊なの?」
「ああ。そうか、マイリは見てたんだな。それじゃあ、話は早い」
ウェルファは彼らしくもなく、得意げに微笑むと土の精霊の石を取り出す。
「タナリ。出て来い」
彼の呼びかけに少年姿の精霊が現れた。
砂塵を振りまき、現れる美少年の精霊……。
二度目とは言え、少しは驚いてくれるかと期待したウェルファだったが、マイリは顔をゆがめた。
「私の顔に似てる気がする」
「あ、えっとな。それは」
そんな反応が返ってくるとは思わず、彼は思わず口ごもる。
ウェルファは、まだ彼女に告白はしていない。精霊の名を決めるとき、彼女の名前の一部を借りただけなのに、それがまるで告白の意味のように思えて、言い出せない。
「タナ……リ。私の名前が入っているから?」
そう言い当てられ、ウェルファは否定することもできずただ頷くことしかできなかった。
「私のこと、そんなに心配してたのね。ごめんね。本当に」
だが、彼女はウェルファの気持ちなど、やはり分かっていないようで別の意味で納得したようだ。
彼はそれを喜んでいいのか、悲しんでいいのか、微妙な気持ちだった。
「それで、どうして精霊と契約したの? あの魔族が人間を滅ぼすって言っていたことを関係あるの?」
そんなウェルファに対して、マイリはがらりと口調を変え、質問してきた。
彼女は大きな瞳のせいか、年齢より幼く見える。その上、身長が低い。胸やお尻はそれなりに大きいが、全体的に華奢なので、庇護欲を誘う外見だ。それは彼女の性格まで誤解させることが多い。
ウェルファは彼女とは十年以上の付き合いになるのだが、彼女の外見に囚われ、今でも時折足元を掬われる。
今回もそうで、恋愛分野以外で鋭く働く洞察力を忘れていた。
「そうか……。マイリはあの魔族の話も聞いていたんだな。だが、私が土の精霊と契約したのは、魔族とは関係ない。ロウランの街に再び魔王が現れ、私は彼を倒すために、土の精霊と契約したんだ。その後に、魔族が魔王に手を貸すことを知った。だが、まさか人間を滅ぼす算段だったとは」
「ウェルファ。魔族は人間の敵ではないわ。それはルディアを見ていたらわかったでしょう?」
マイリはそう言うと、ルディアのいる家に目を向ける。窓から彼女が甲斐甲斐しく村人の世話をしている様子が見とれてた。
「私は、人間も悪いと思うの。だから、魔族も戦いをやめることができない。アドランの魔族の村は、兵士によって全滅させられたそうじゃない。女も子供も」
「……あの魔族がそう言っていたな」
「ウェルファは、魔族と戦うの?」
「ああ、そうなる」
「私がやめてといったら?」
ウェルファはマイリの真意を推し量ろうと彼女を注視する。
大きな瞳には揺るぎのない意志が垣間見えた。
「マイリは、なぜ魔族の味方なんだ?」
「味方っていうか、なんか不公平な気がするの。ルディアもほかの魔族も姿は違うけど、人間と変わらないわ。私だって、友達や家族が殺されたら、殺した相手に殺意を持つかもしれない。それは種族は関係ないわ。だから、アドランのことで、魔族が人間を憎むのもわかる。だけど、それで滅ぼそうと思うのは間違っていると思うけど」
「間違っている。それはマイリも認めるんだな」
「うん。だから、戦いではなく、目を覚まさせてほしいのよ。この戦い自体が間違っているってことをわからせてほしいの」
「無理だな。そんなこと。もう魔族は人間を滅ぼす気になっている。だから、私達もそれを止めるために戦うしかない」
「私が説得をするわ」
「ルディア!」
いつの間にか、すぐ傍にルディアが立っていた。
「私が説得してみるわ。だから、私を連れて行ってくれないかしら」
「君には無理だ。先ほども誰も君の話を聞かなかった。だから、説得など無理だ」
「ウェルファ!」
すぐに否定したウェルファを非難するようにマイリが彼の名を呼ぶ。
「試させてくれないかしら。私は同胞がこれ以上人間の手によって死ぬのを見たくないの」
「邪魔をする気か?それなら、先ほどの魔族についていったほうがよかったな」
「邪魔などしないわ。私はただ戦いを止めたいだけ」
「無理だ。あの魔族の男の意思は固い。変えることなど到底無理だ」
「ウェルファ!」
ウェルファはランデンと対峙して、痛いほどに彼の憎悪を感じ取っていた。そんな彼に生半可な説得はきかない。
「来るぞ」
ふいに少年特有の声、そうタナンに似た声が割り込んできた。
――タナリの声か?
ウェルファはルディアからタナリに視線を向ける。
確かめようとしたところ、空が白い光を放ち、光が降ってきた。
ウェルファは反射的にマイリを庇う様にその胸に抱きしめ、ルディアはまぶしさのため、目を細める。
光が止み、現れたのは四つの人影と大きな氷の塊。
四人は仲間である、「ナル」、センミン、シアに金の精霊のチェリル。
「薬師さん!頼みがあるんだ。至急土の精霊に頼んで、魔法を解いてほしい。あたしの弟を助けてくれ」
驚くウェルファに間髪をいれず、シアが彼に駆け寄った。
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