魔法の氷

 ウェルファがサライの村に到着すると、すぐにやっかい事に巻き込まれた。

 昨日のバルーとの戦いで顔を合わせた魔族の一人ランデンがそこにいて、現れたウェルファに対して臨戦態勢を取ったからだ。

 

 しかも、魔族はひとりだけではなく、ウェルファは嫌な汗をかく。精霊タナリは、彼を守るようにその小さな体で前に立った。

 少年に守られるような妙な気持ちだったが、ウェルファは考えないようしてランデンに対面した。


「何のようだ。人間よ。我らを滅ぼしにきたか?」

「私は人を探しているだけだ。無益な戦いはしたくない」


 ウェルファ自身は魔族に対して、特別な感情をいただいているわけでない。バルー側についてしまったなら戦うべきであるが、その種族――魔族全体を滅ぼしたいなどと考えることはなかった。


「ランデン。この人の言うように無益な戦いはすべきじゃないわ。私の答えはすでに出ている。お兄様にもそう伝えてちょうだい」

「ルディア様!」


 女性の魔族はウェルファの前、そうタナリの前に立ち、ランデンにそう言い放つ。ランデンは眉を顰め、彼女の名を呼んだ。


 ――魔族同士で争っているのか?


 ウェルファは二人の眺めながら、そんなことを思う。


「リリーズが無残な死を遂げてもなお、あなたの意思はかわらないのですね」


 ランデンは深い溜息つき、杖を握る。


「退け、人間め!マジュラ!」

「ランダン!」


 氷の槍が放たれるが、ウェルファに届く前にタナリの土の壁が邪魔をした。小気味よい音を立てて全ての槍が砕かれ、ランダンは顔を歪める。


 ――どさくさに殺す気か?


 ウェルファは構えなおした。壁越しに彼を睨んだつもりだが、その視線はランデンには見えない。


「やはり精霊の力の前には無駄か。それでは本来の目的を達するだけだ。皆の者。聞け。これから我ら魔族は火と氷の精霊を従えたバルーと共に人間を滅ぼす戦いを始める。これはルダ様の意志だ。ルダ様に従うものは私についてこい。臆病者や裏切り者はここに残るがいい」


 ランデンの声はよく響き、魔族の男を中心に動き始めた。

 ウェルファは緊張しながら、壁の奥で状況を見極めようとする。

 バルーと組む魔族は敵だ。しかし、この時点で彼が戦いを挑むべきか、迷うところだった。壁の隙間から魔族たちを見ると、集まっているのは屈強な男どもだけではなく、女性、子供の魔族までもいた。


「みんな!戦いなんてやめて。リリーズ達を殺したのは人間よ。でも、人間みんなが魔族を憎んでいるわけではないわ。みんなもわかっているでしょ?」


 そんな魔族たちをルディアは賢明に説得しようと声を張り上げる。しかし、動き出した者で足を止める者はいなかった。


「ランデン!」


 それならばとルディアはランデンに駆け寄るが、彼は冷たい視線を彼女に向けるだけだった。


「無残に殺されたリリーズ。他にも多くの魔族が殺されていました。子供までも。それでも、あなたは人間の味方するのですか?」

「それは、私達も同じことをしたからでしょう?」

「ルディア様!」


 彼女の反論にランデンは吼えるようにその名を呼び、ルディアは体を震わす。


「もうあなたの戯言は聞きたくない」

「ランデン……」


 ――魔族にも二つの考えがあるのか。いや、二つといっても、あのルディアという女性だけが反対しているのか。


 結局、ルディア以外の魔族全員がランデンの元へ集まった。


「それでは移動する。その前に、マジュラ!」


 存在を忘れられていたと思っていたが、そうでもなかったらしい。彼は杖を再び掲げ氷の槍をウェルファに放った。ナタリが壁を強化させ、氷の槍を目前で破壊する。


「バタル ビ ジャラン」


 攻撃は囮だった。

 ランダンは魔族達の足元に一際大きな魔方陣を描くと、すかざす別の呪文を唱えた。効果は瞬時に現れ、魔方陣は光を放つと魔族達を包む。


「ランデン!」

「さようなら」


 泣きそうなルディアにランデンははっきりと別れの言葉をいい、光を放つ魔方陣に飛び込んだ。

 すると光は一段を輝きを増し、次の瞬間消える。


 追うかとばかりタナリがウェルファに視線を投げかけるが、彼は首を横にふった。今行ったところで、逆に攻撃を受けるのが落ちだった。タナリは守りは堅いが攻撃には秀でていない。戦いは全員がそろってから仕掛けたほうがいい、ウェルファはそう判断した。

 

 村に静寂が戻り、タナリは土の壁を砂塵に化した後、役目が終わったとばかり、石の姿に戻る。

 ウェルファが残されたルディアに声をかけるべきかと思案していると、近くの家の中から人影が現れた。


「ウェルファ!」


 それはウェルファの探し人のマイリで、大きな瞳を不安げに揺らして、彼の元へ走ってきた。



「ガルタン!」


 氷の塊が太陽の下に輝き、その中に人が閉じ込められていた。一瞬で凍らされたのか、開いた瞳に光はない。

 センミンといがみ合っていたシアだが、氷の存在が視界に入るとすぐに走り出した。


 ――弟さん? 氷の中に?


 「ナル」は見ていた地図から目を離し、シアの後を慌てて追う。


「ホンエン!」


 氷には炎を。

 シアは杖を掲げるとすぐに呪文を唱える。

 しかし、炎が氷を溶かすことはなかった。


「なんで?氷だろ?」


 苛立ちシアは再び炎を生み出す。

 けれども、氷は溶けることなく、シアは氷の中の弟に触れようとその表面を触る。


「ガルタン!あんたは水の魔法使いだろ!なんで、氷に閉じ込めれているんだ。いったい、誰が!」

「魔族だろ」


 「ナル」の背後で追って来たセンミンがそう答え、シアが彼を射抜くように睨む。


「証拠があるのかい?魔族って!」

「魔族と人間が争った。そうして人間の魔法使いが氷漬けになっている。それなら当然魔族がやったに決まってるだろ」

「この村の魔族は死んだ。だいたい、この村の魔族がガルタンに手を出すわけがない」

「そんなのわからないだろう。ガルダンだっけ。お前の弟? 人間側について、魔族を殺すためにこの村に来た、そうだろう? だったら、魔族だって容赦しない」

「決め付けるな。ガルタンがこの村の魔族を襲うなんて、ありえない」


 かすれた声でそう答えられ、センミンも思うことがあったのか、それ以上何か言うことはなかった。


 ――どうしたんだ。二人とも。


 「ナル」は、二人の間で始まった魔族と人間の争いについて、何か釈然としない思いがあった。特にセンミンは、魔族ではなく人間側に常に立った考えをしており、魔族を悪だと決め付けている節があり、首をかしげるしかない。

 彼は公平な人間だと思っていた。チェリルとも仲良くしていることから、それは人間以外にも当てはまるそんな印象を受けていた。しかし、このアドランに入ってから、彼の様子はおかしかった。


 ――魔族と人間が争ったのは事実に違いないけど。いったい、だれが弟さんをこんな目に。


「氷を溶かす方法がありますわ」


 膠着した場で、チェリルが暢気な声を上げる。


「本当かい?どういう方法だい?」


 救いの手を伸ばされたとばかり、シアがチェリルを見る。「ナル」もガルダンを救う方法があることに安堵して、彼女に期待の目を向ける。

 そんな二人にチェリルはとびっきりの笑顔を浮かべ答えた。


「土の力を借りれば簡単ですわ」

「土? 土の精霊の力?」


 訝しげなシアの言葉。「ナル」も同様な思いだった。


 ――守りの力で? どうやって?


 先ほどの戦いでも、壁しか作っている様子を見ていなかったので、「ナル」は心配になる。

 

「皆様にお伝えするのは遅れましたわ。土は魔法を無効にする力がありますの。その他にも」

「ウェルファ……、薬師さんのところへ行こう。ガルタンがどれくらいの間、氷に閉じ込められているかわからない。早いほうがいい」


 チェリルの言葉をさえぎり、シアが慌しくそう言う。

 「ナル」はチェリルも言葉の続きが気になったが、氷の中のガルタンの安堵も気にかかっていたので、同意した。


「センミン」

「反対するわけないだろ。チェリル、ウェルファにところへ飛んでくれ」

「はい」


 一行は取り急ぎ、再びウェルファに合流すべきロウランに飛んだ。


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