アドランの魔族の村

 翌朝、診療所に行くとちょっとした騒ぎになっていた。それは治療を求める人だかりでなく、魔王とほぼ互角に戦った「ナル」達の噂を聞きつけて集まった群衆だった。


「おお、勇者様が来たぞ!」


 「ナル」が姿を見せると、誰かがそう叫び、人が押し寄せる。


「ちょっとあんた達!」

「シアも本当は魔法使いだったんだな。言ってくれればよかったのに!」


  ふとかけられた言葉に、シアは顔色を変えた。「ナル」はそれに気がつき、隔てている人を押しのけ、彼女に駆けよる。しかし、言った本人に他意はないようで、その後は凄かったと、感心したような態度だったので、シアの顔色が元に戻る。


「それで勇者様一行は魔王を追うのだろう?魔族の奴らが手を組んでいるという話じゃないか、奴らは本当に!」


 診療所は治療どころではなく、人々は熱狂的に「ナル」達に話しかける。


「ああ、ちょっと待った!俺達はあんた達の怪我を治したらすぐに発つつもりなんだ。だから、まずは治療させてくれ」


 センミンが皆を代表してそう言うと、騒がしさが減り、怪我人らがウェルファのところへ集まり始める。


「さあ、今日は一気に癒すぞ。チェリル」

「畏まりましたわ」


 チェリルは人化すると、一気に力を解放した。

 午後に入ったところで、すっかり怪我人はいなくなっていた。

 しかし、何度センミンと唇を重ねたか、わからないくらい、力を使い続け、チェリルは石の姿に戻っている。


「大丈夫ですか?」


 さすがに精気を与えすぎたのか、センミン自身も青白い顔をしていたので、「ナル」は聞いてみる。


 すると覗き込まれたセンミンは、大丈夫だからと言って姿勢を正した。

 それからシアを中心とした街の女性で作ったスープとパンを昼食にいただき、一行はいよいよ旅に出ることになった。


 街の人たちは歓迎ムードであり、シアに対しても冷たい目を向けるどころか、名残惜しそうに見送っている。


 

「じゃあ、木の精霊の石の場所を」

「はい」


 「ナル」が地図を広げると、見送りに来ていた人から歓声が上がる。 

 それに戸惑いながらも彼女は木の精霊の名を呼んだ。

 羊皮紙の表面に地図が浮かび上がり、小さな矢印が現れる。


「アドランですわね」

「アドランか……」


 金の精霊がまず言葉を発して、センミンがげんなりした顔をした。


「どうかしたのですか?」

「それはですね」

「チェリル!今はいいだろ」


 「ナル」の問いに嬉々として答えようとする金の精霊の言葉を、センミンが遮る。

 

 ――何かあるのか?


「あらあら。センミン。アドランに何か秘密でもあるのかい? 女?」

「うるせい。いいだろ。そんなこと!」


 彼女の疑問を口にしたのはシアで、面白そうにからかい始める。


「私は、セライの村に先に飛ぶ。タナリ。頼むな」


 ウェルファはそんな二人に我関せずの態度で、人化した土の精霊に頼む。


「おお!あれが土の精霊」

「精霊。どことなくマイリ様に似てないか」


 すっかり見世物となってしまった「ナル」達に人々は次々を感想を述べていく。


「……いい気分ではないな」

「そうですね」


 ウェルファは人目にさらされることに口をゆがめるが、センミンとシアはまだ掛け合いを続けている。


「……マイリを探したらすぐに後を追う。それまで頼む」

「はい」


 「ナル」はあの優しい戦士に似たウェルファにそう言われ、素直に返事をした。


「面白くなさそうだね」

「黙れ」


 そんな彼女を横目で見て口を噤んだセンミンに、シアが容赦なく言葉を浴びせ、彼は仏頂面で返した。


「じゃあ、私は行く。タナリ。サライへ」


 ウェルファはタナリの力でサライに飛び、「ナル」達もチェリルに頼む。


「それじゃあ、俺達は行く。魔王倒してくるから、安心しな」


 センミンは集まった人々にそう宣言し、歓声が沸き起こった。

 「ナル」は少しぎこちない笑顔を、シアは街を離れることが寂しいのか、珍しく口を閉ざす。


「行きますわ」


 チェリルが声をかけ、光に姿を変える。


「頑張ってきな」

「頼んだぞ」


 人々の掛け声に送られ、「ナル」達はアドランに飛んだ。







 地図が示す場所を目標として飛ぶ。

 一行が到着した場所は、嵐でも過ぎ去ったかのように荒廃していた。その上、何人か兵士の死体が地面に転がっており、「ナル」は警戒心を最大限にして、周りを見渡した。


「アドランの兵士だ」


 センミンは死体のひとつに近づき、呟いた。


「まだ生きている者がいるかもしれない」


 彼はそう言うとひとり先に急ぐ。


「センミン!」


 彼の様子はいつもと違っており、こんな状況で無闇に歩くことも危険だと、「ナル」とシアは彼の後を追った。

 

「何かが起きたようだね。ここは魔族の村はず。だけど魔族の姿はなくて兵士だけ。ちょっと奇妙だね」

「魔族の村?」

「ああ。ここは、昔来たことがある魔族の村みたいだ。また来ることになるとは思っていなかったけどね」


 険しい顔のまま、シアはセンミンを追う。

 彼を手伝い、「ナル」も警戒しながら、村を見て回った。

 兵士はすべて死亡していた。

 どの遺体も心臓部分に止めをされており、「敵」は皆殺しを目的としているのは明らかだった。

 しかしおかしなことに、遺体の数よりも血の跡が多く見られた。また何もない場所に血糊が飛び散っていたり、明らかにいくつかの遺体が消えている形跡があった。

 その謎は村の外れまで辿り着き、解明される。


 数十ものの土の塊が作られ、そこに墓標とばかり木札が立てられていた。


「墓だ。誰からが遺体を埋葬したんだ」


 ――遺体?兵士の遺体はそのままで?それでは埋葬された遺体は誰のもの?こんなに多くの遺体。兵士の数倍もの数だ。


「魔族だね。誰からが魔族の遺体を埋葬したんだ。殺したのはおそらく兵士だね」

「……魔族が人を襲うからだ」

「ふん! 人が魔族を襲うから、魔族は身を守るために戦うんだろ! 村にはおそらく女や子供もいたはずだ。この数。村全員を虐殺したんだな。兵士さん達は!」 

「そうとは決まってないだろ!」

「決まってる。センミン。この数だ。この村にはたくさんの魔族がいた。あたしは、この村で過ごしたことがあるんだ。みんな穏やかな魔族だった。人間など襲うはずがない!」

「そんなの、わからないだろ!」

「あんた、おかしいよ。兵士の味方かい?」

「魔族は魔王とを手を組んだんだぞ! 当然魔族は敵だ!」

「魔族全員じゃないだろ」


 二人の争いは熱くなっていき、「ナル」は二人の傍で自分なりに考えてみる。


 ――魔族は魔王と手を組んだ。だから、俺達は魔族を倒す必要がある。だけど、シアさんのいうように、魔族全員の意志とはわからない。だって、シアさんはここの魔族と一緒に遊んだって。


 「ナル」が魔族と遭遇したのは、あの戦いの時だけだった。だから、魔族という生き物の善悪がわからなかった。かと言ってセンミンの言うように人間の敵だと完全にも思えない。


「お二人とも。口げんかはその辺でいかがでしょうか?ワタクシ達の目的は木の精霊の石を探すことですわ」


 様子を黙って見ていたチェリルがやっとそう言い、二人は口を噤む。


「ナル。地図を広げてもらえるかしら」

「うん」


 「ナル」はぎこちない二人を気にしながらも、チェリルの言われるまま、地図を袋から取り出す。


「木の精霊の石」


 彼女が呟くと地図が光り、矢印が浮き出た。


「行きましょう」

「はい」


 返事をしたのは、「ナル」だけで、二人は後方でいがみ合ったままだ。

 仕方ないので、彼女は二人に構わずチェリルと共に矢印の指す方法へ歩き出した。

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