魔族ルディア
光が渦巻き、暗闇に不意に人影が現れた。
立派な体躯に長い金色の髪、額から生える角は暗がりの中でも白く光っていた。
「ランデン!」
同じく、額に角を持つ女性。こちらの体躯は普通の人間の女性と同じ。
金色の髪を揺らし、現れたランデンの元へ駆ける。
「ルディア様」
ランデンはその女性のことをそう呼び、頭を垂れた。
「嫌になるわ。いつも臣下の礼をとるんだから。私はもう長の一族ではないのに」
「ルディア様は、ルダ様同様、長の一族の方です。そして、残された我ら魔族の象徴です」
「お兄様はそうかもしれないけど、私はただのルディアよ」
ルディアは頭を下げたままのランデンにそう言って、その顔を見ようとしゃがむ。
「ルディア様!」
間近で彼女の金色の瞳とかち合い、ランデンはあわてて顔を上げた。
「ふん。顔をあげないからよ。それで、ランデン。今日はどんな用?こんな時間に」
ルディアは不自然な様子で背後を確認しながら、問いかけた。
「人間が、まだ人間がこの村に?」
ランデンはそんな彼女に気がつき、少し顔を顰める。
「いてもいいでしょ。あなたには関係ないわ」
「ルディア様!」
「それで用事は?」
引かない彼女に、ランデンは呆れながら嘆息する。この様子では提案にのるわけがないと思いつつ、当初の目的は果たすつもりだった。
「ルダ様がバルーと同盟を結びました。我ら残された魔族はバルーと人間を滅ぼすつもりです」
「馬鹿な、そんな。この村を襲ったのはバルーよ!」
「わかっております。しかし、村の人間を殺しただけでしょう?」
ルディアは人間に好意を持ち、ルダやランデンに反対して、この村に住み着いた。彼女の意見に賛同する魔族もそれに続いた。
しかし、一週間前、バルーがこの村に現れ、ほとんど村人を殺してしまった。ルディアと他の魔族が森に出かけ、この村を離れていた時だった。村に戻った際に、目に飛び込んできた惨状は衝撃的で、言葉が出なかった。それでもどうにか我を取り戻し、救える人間には手当てを施した。
「あなたは変わってないわ」
「当たり前です。人間は我らを殺す卑しい生き物ですから」
ルディアの溜息まじりの言葉に、ランデンは顔色を変えず答えた。
「ルディア様。今、魔族をひとつにまとめることが大事でございます。ルディア様とこの村の魔族も共に、戦いましょう」
「ごめんだわ。私は人間と戦うつもりはないの。お兄様も、あなたも十分わかっているでしょ?」
「やはり考えは変わりませんか?」
「ええ」
静かに問いかけるランデンに、ルディアははっきりと返事をする。
「わかりました。ただ、我々の邪魔はしないでください」
考えを変えないルディアにランデンは諦めて、そう念を押す。しかしルディアは何も答えず、ただ金色の瞳を向けるばかり。先に視線を外したのはランデンで、再び頭を垂れる。
「それでは、ルディア様。私はこれで失礼いたします」
「どこに行く気?」
「……アドランへ」
「アドラン!リリーズの村ね。それなら、リリーズに届けてもらいたいものがあるの」
先ほどまでの冷え切った態度とは別に、ルディアは嬉しそうな顔をする。そんな彼女の表情はとても綺麗で、ランデンは沸き起こる自らの感情が表情に出ないように唇を噛む。
「だめかしら?」
「……いいでしょう」
人間の話をしない時、二人の間に諍いは生まれない。それはルダとの間でも同じだ。一年前、世界がひとつであったとき、言い合いなどしたことがなかった。
以前と同じような態度に戻った彼女をまぶしく思いながらも、ランデンは頷く。
「ちょっと待っててね」
ひらりと身を翻し、ルディアは近くの家に入っていく。物陰から視線を感じて、そちらに目を向けると、人間の女性が見えた。大きな瞳が印象的で。しかしすぐに姿を消した。ほかの魔族の背に隠れて見えなくなった。
ランデンは人間を殺すことに躊躇することはないが、ルディアの顔が浮かび、杖を掴んだ手の力を緩めた。
「お待たせ」
現れたルディアは、小さな首飾りを持っていた。
「これは?」
「可愛いでしょ。首飾り。リリーズが喜ぶと思うの。ランデンはどう思う?」
色とりどりの石をつなげた首飾りを持って、彼女は微笑む。
「これはルディア様がお作りになったのですか?」
「ええ」
彼女は少し照れながらも頷く。
「リリーズも喜ぶでしょう。責任を持って届けさせていただきます」
「責任って。ありがとう」
両手で首飾りをうやうやしく受け取ったランデンに苦笑しながらも、ルディアは微笑んだ。
彼はその笑顔を胸に、再び移動するため魔法を使った。
「これは……」
アドランの魔族の村は海沿いにある。
村に着いたランデンはその異臭にまず顔を歪めた。
瞬間移動で発生する光から闇に目が慣れ、異臭の正体に気がつき、言葉を失う。同胞の血にまみれた躯が晒されており、それぞれの表情から彼らの痛みや苦しみ、怒りが伝わってきた。
足元には、氷漬けにされた人間。ランデンは激情のまま杖を向ける。
「や、やめ」
微かな声が聞こえ、ランデンは生き残りがいると、その声の主に駆け寄った。
「リリーズ!」
それはルディアの友人リリーズで、腹部から血が溢れ出し、生きているのが不思議な状態だった。
助からないと知っていたが己の服を破り、血を止めようとする。
「人間か?」
村を襲ったのは人間に違いない。
が、ランデンは問いかける。
「……アドランの兵士の奴らが」
傷つき血で汚れた唇を動かし、リリーズは言葉を紡ぐ。
「卑怯な生き物めが!」
「ランデン。ごめ……ん。で、も、私……人間が、嫌いになれない……」
「リリーズ!」
死に際でもそう口にするリリーズにランデンは信じられない思いで彼女の名を呼んだ。
「ガルタンを、殺さないで」
「ガルタン?」
彼女の視線を追い、それが先ほど見た氷漬けにされた人間の名だとわかる。
「リリーズ!」
「お、願い……」
「分かった」
了承するしかないとランデンは頷くとリリーズの口元が安堵したように和らぐ。
「あり…がと…う」
それが彼女の最期の言葉だった。
力なく緩んだ肢体、光を失った瞳。
ランデンは彼女の目を閉じてやる。
そして懐から取り出したルディアに託された首飾りを彼女の胸の上に置いた。
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