木の精霊

魔法使いガルタン

「魔族の奴らを殺せ!」


 号令と共に、兵士達が魔族の村に乱入した。

 兵士は、アドラン国に属するもので、王命を受けて行動をとっている。

 アドランでは魔族の村を受け入れており、一年前までは問題なく人間側と共存していた。共存と言っても、魔族の村に人間が住むわけではなく、お互いに干渉しないというものであったが。

 最初のきっかけは人間だった。

 アドランの隣クワンの民が誤って魔族の村に近づき、魔族の子どもを殺してしまった。それに怒った魔族がその人間を殺したのだ。アドラン王としては、公平に対応し、人間を殺した魔族をとがめることなどはしなかった。

 けれども、それがよくなかった。

 アドラン王が何も手を打たなければと、クワンの民が魔族の村を襲った。魔族の必死の防衛で、襲撃したクワンの民はすべて殺されたが、その戦いで殺害された魔族の数は人間の倍だった。犠牲になったのは多くが子どもや女で、残された魔族の怒りは収まらなかった。

 一部の魔族が徒党を組み、アドランもクワンの区別もつかず、復讐のため、アドランの民を襲ったのだ。

 数多くの民が犠牲になり、アドランの民の意識が変わった。それは王にも決断を迫らせ、王は部隊を編成して、魔族の村討伐に向かわせた。

 魔法を警戒して、王の友人の魔法使いに出動も要請し、襲撃は行われた。

 襲撃ではなく、討伐。

 アドラン側はそういうだろう。

 しかし、魔族からすると宣戦布告することもなく行われたそれは完全に襲撃だった。

 アドランを襲ったのは一部の過激で、力のある魔族だけであり、村の主流は平和を愛する無害な魔族。

 まさか、村が二度も襲われるとは想像しておらず、その上、魔法が使える魔族はアドランを襲った際に多くが命を落としていた。


 

「師匠! これは」

「ガルタン。氷の壁の維持を忘れるな」

  

 焦げ茶色の髪の女性的な容貌を持つ青年は、目の前で繰り広げられる殺戮に言葉を失い、師匠を仰ぐ。しかし、彼はただ冷たく返した。


「ガルシン殿!」


 魔族の放った炎が兵士たちに襲いかかり、氷の壁を失った兵士が青年の師匠の名を呼ぶ。

 青年――ガルタンは青ざめた顔をして杖を下ろしたまま、その隣のガルシンが代わりに杖を掲げた。


「サラジュラ!」

 

 声と共に杖から氷の発生し、兵士たちの前に壁を作った。

 炎はその壁に阻まれ、兵士に触れる前に消滅した。


「ガルタン。手伝えないなら、下がっていろ!」

「師匠!」


 ガルタンは師匠でもあり叔父の言葉に抗議する。

 こんな事をするために来た訳ではなかった。

 この魔族の村に彼は見覚えがあった。遠い昔家族で訪れた事がある。

 微かな記憶が蘇り、今まさに切られようとする魔族の女性の顔に、幼い日に一緒に遊んだ子の顔が重なる。


「サジュラ!」


 反射的にガルタンは魔法を放っていた。兵士の振り上げた手が氷つく。


「大丈夫?」


 魔族の女性は助けられたといえ、駆けつけた人間の青年に脅えを隠さなかった。しかし彼女はガルタンの顔をじっくりと見て見知った顔である事に気がつく。


「ガル……タン?」

「うん。君はリリーズだろう?」


 再会を喜ぶ時間は二人になかった。


「裏切り者か!」

「ガルシン殿。これはどういう事で!」


 兵士の怒声、師匠への非難が飛び交い、ガルタンは弁解しようと顔を上げる。


「ジュラ!」


 ガルシンは時間を与えなかった。杖を振りかざし、氷礫を放つ。


「サラジュラ!」


 それに対してガルタンは氷の壁を作りリリーズと共の自分の身を守った。


「師匠!」

「お前は私の師匠ではない。裏切り者は私自ら処分する! ジュラ!」


 ガルシンは次なる氷礫を放つが氷の壁に前にそれは用意に弾かれた。


 ――おかしい。師匠の攻撃はこんなものじゃないはず。


 ガルタンが訝しがっていると、師匠が杖を掲げ迫る。反撃しようとしたが、彼の口が言葉を結ぶのを見た。


 ――に、げ、ろ。


 それは音のない言葉。

 氷の壁が杖に寄って砕かれ、衝撃でガルタンは吹き飛ばされる。


「マジュラ!」


 ガルシンは間髪入れず魔法を放つ。氷の槍が彼を襲うがどれも見事にギリギリでその身を避けていた。


 ――師匠がわざと外している。


「逃げるよ!」


 ガルタンはリリーズを抱き起こし、その手を掴む。

 そして走り出そうとしたのだが、リリーズは動かなかった。


「逃げるなんて、絶対にだめ。私はここで最後まで戦う。たとえ魔法がなくても。仲間を見殺しにできない」

「リリーズ!」


 魔族の中で魔法を使って防戦しているのは一人のみ。後は、農作業用の鎌や鋤を持って兵士たちに向かっていっていた。


「人間がこんなに卑怯だなんて知らなかった。私達はただここに住んでいるだけでよかったのに」

 

 唇をかみ締め、彼女は押し殺した声で呟く。


「リリーズ」

「また会えてよかった。本当。助けてくれてありがとう」


 リリーズは微笑むと、地面に落ちていた鍬を拾う。


「仲間の仇!」

「リリーズ!」


 ガルダンの前から彼女が消える。怒声の中を駆けていくのが見えた。


「だめだ! リリーズ!」


 ガルタンは杖を持ち、走り出した。

 それを見て、ガルシンが舌打ちをする。師匠の思いはわかっていたが、ガルタンは彼女を見殺しにできなかった。


 ――リリーズは僕の友達だ。友達は殺させない!


「ジュラ!」


 リリーズに襲い掛かろうとした兵士に、殺傷力の低い氷の礫を見舞う。


「裏切り者だ!」

「ガルシン殿!」


 兵士たちの呻き声。ガルシンは苦痛に顔をゆがめ、ガルタンを見た。


「師匠……。僕はこんな風に殺戮を手伝うために魔法を習ったわけではありません。だから!」

「わかってる。だが、私は、王に借りがあるのだ」


 二人は師匠と弟子であり、叔父と甥であった。

 また魔族と人間は友好関係にあり、敵同士ではなかった。

 

「ガルタン。私が教えた魔法を見せてくれ。師匠として最後の仕事だ」


 それをガルタンは、本気で師匠が相手をするという意味で捉えた。結果はどちらかの死であると。


「わかりました」


 杖を両手で構え、ガルタンは魔法を繰り出した。


 

 日が少しだけ傾きかかった頃、戦いは終わった。

 軍配は人間側に上がり、村は破壊され、魔族達はことごとく殺された。ガルタンは師匠の魔法に完敗し、地面に力なく這い蹲っている。


「……し、師匠……」

「力の差だ。静かに眠れ」

「ガルシン殿! 裏切り者の処分を!」

「わかっている」


 戦いというよりも一方的な殺戮行為に近い。兵士たちはどれも興奮ぎみで、殺し足りないという雰囲気も感じ取れるほどだった。

 ガルシンは兵士の奇妙な興奮具合に眉をひそめながらも、弟子に最後の魔法を叩き込む。


「サジュラ!」


 杖から放たれた魔法は地面のガルタンを凍りつかせるには十分だった。


「さあ、戻りましょう。王がお待ちだ」


 彼は氷付けにした弟子に見向きもせず、踵を返す。兵士は横たわる氷の塊を注視していたが、ガルシンに促され歩き出した。


 そうしてアドランの兵士たちは、魔族の村を壊滅させ、街に戻った。

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