次なる旅のための休息
「なあ、ウェルファ。起きてるか?」
男二人組。
さすがにそのままベッドに横になることはなかったが、湯浴みなどするわけもなく、汚れた服を着替え、そのままベッドになだれ込んだ。
ベッドは二つ。
センミンはしばらく黙っていたが、むくりと体を起こすとウェルファに呼びかけた。彼は微動もせず、センミンに背をむけたまま。
通常であれば寝ていると判断するところだが、センミンは彼を呼び続けた……。
「うるさい! 何か用か! 子守歌でも必要なのか?」
寝てはいなかったが疲れていたため、無視をしていたウェルファもさすがに何度も名前を呼ばれ、起き上がる。
「やっぱり起きてたんだな」
少し安堵した様子のセンミンにウェルファは怒りを削がれ、大きく息を吐くと彼に視線を向ける。
「それで、何か話でもあるのか?」
「ああ、ナルのことだ」
「ナルか……。確かお前は彼女が魔王の妹だと言っていたな」
「彼女? 女だって気づいたのか? いつだ?」
「気がついたのは、今日、いや、もう昨日か。昨日の昼ごろだ。気づかないほうがおかしいくらいだな。よく観察すればわかることなのに」
「観察?」
「変な意味でとらえるなよ」
「……わかってる」
「わかってるのか?」
「わかってるさ。お前にはちゃんと好きな女がいるもんな」
「……今話すことじゃないだろう」
「ああ、すまない」
少し苛立ちを見せたウェルファにセンミンは素直に謝り、言葉を続けた。
「ナルの本当の名はアイルというらしいんだが。どうして、魔王を、兄を殺そうとするんだ?」
「それは、兄が魔王になったからだろう?奴は多くの人を殺している。だからじゃないか?」
「そうだな」
――ウェルファはナルの「仲間」の話を知らない。たしか、ナルは始めに仲間を殺され、その復讐だといっていた。そういえば、魔王があの戦士とか言っていたな。それはその「仲間」のことか?
「話はそれだけか?」
「いや、あの」
ウェルファは欠伸をかみ殺して問いかける。センミンはまだ何か言いたそうに口を動かしていた。
「ナルが魔王の妹でも、お前は一緒に戦う気なんだろ。彼女は本気に倒そうと思っているし。大丈夫じゃないか?」
「そ、そうだよな」
センミンはウェルファに先にそう言われてしまい、相槌を打つ。
「……信じてやれ」
「信じているさ」
「そうだな」
センミンはむっとして言い返し、ウェルファは苦笑した。
そして、ふと笑みをおさめると、彼に向き直った。
「俺からも少し話したいことがある。この状況で我侭だとは思うが。俺は、土の精霊の契約主だ。当然、お前らと一緒に魔王を倒すつもりだ。だが、その前に、マイリを探してもいいか?お前らは、先に木の精霊の石を探しに行け。俺はマイリを見つけたら、後を追う」
ウェルファはそう話した後、センミンの出方を待つ。
「勿論だ。好きな女が行方不明じゃ、戦いに集中できないもんな」
「好きな女……か。お前にそう言われると何か軽い感じがするな」
「俺にって、どういう意味だよ!」
センミンが口を歪め、怒りをそのまま顔に表す
「悪かった、悪かった」
ウェルファは子どもにするように立ち上がり、その頭を撫でる。
「やめろよ!子ども扱いは」
「お前がタナンと同じ子どもだと思えば、色々許せてくる。頭にきた時はそう思うようにする」
「なんだよ。それは!」
「そういうわけで、私は寝る。明日は朝早く、チェリルの力を使い、街の者をできるだけ癒してから、ロウランを離れたほうがいい。昨日の様子では数はそんなに多くはない」
「そうか、そうだな。このまま出て行くのはよくない」
「だから、私は寝るぞ」
ウェルファはくるりと背を向けると、すぐにベッドに横になった。
「何が何でも起こすなよ。私は寝る」
しかし、一度振り向くとセンミンに釘を刺す。その後すぐに寝息を聞こえてきて、その寝つきのよさに彼は首を竦めた。けれども彼も同様で、ベッドに再び体を横たえると、気がつかないうちに眠りに落ちていた。
☆
「シアさん、だからいらないですって!」
「疲れてるだろ?」
夜も更けているのに、シアの家の浴室内では水音と話し声が響いていた。
石造りで四方を囲み、その上魔王襲来で逃げ出した住民多いため、近所から苦情を言われることはない。それを言いことにシアは「ナル」の背中をごしごしと洗っていた。
「男のふりをするのは仕方ないとはいえ、体はしっかり洗いな」
「すみません……」
湯浴みなど一ヶ月に一度できればいいほうで、後はお湯に浸した布で体を拭くだけにしていた。元から義姉とは異なり女性の嗜みをしらないため、「ナル」は湯浴みをしても、適当に体を洗うだけに留まっていた。
「ほら、綺麗になった。色が白いねぇ。うらやましいよ。あたしはこんな風に茶色だかんね。弟は白いんだけどね」
弟ガルタンのことをよほど気にしているらしく、シアは何かとガルタンの話題を出した。
「さあ、あとは髪をちゃっちゃっと乾かすよ。今日は魔法が成功しているみたいだから、ちょっと試してみようか」
「え?シアさん」
女性らしい膨らみがある体を惜しみなくさらしながら、彼女は杖を握る。
「確か、火で炙れば早く乾きそうだよね」
「え? 炙る? 何をですか?」
「あたしたちの髪だよ。炙るって言っても、そうだね。焚き火に当たる感じにしてみようか」
物騒なシアの台詞に、「ナル」の脳裏に水を温めようとして、ぐつぐつと煮えたぎった場面が過ぎる。
「ま、待ってください。夜もまだ長いし、俺の髪も、シアさんの髪も短いし、乾燥した布で拭けばすぐに乾きますよ」
「そうかい?」
「そうです。あと、少しお話でもしましょう」
「そうだね。今日は興奮してんだ。すぐに寝れそうもないし。そうしようか」
そうして、「ナル」の説得は成功して、加減を誤ったシアの炎に焼かれる危険を避けることができた。
浴室から部屋に戻った「ナル」は、シアからガルタンの話を聞くことになる。
「魔法使いの先祖は魔族といわれるんだ」
ガルタンの話を一通りした後、シアがぼそって口にした。
「あたししゃ、魔族が嫌いじゃない。小さい時は遊んだりしたしね」
「遊ぶ?」
「ああ、あたしたち一家は以前アドランにいたんだよ。あそこの海側には魔族の村があってね。今となっては魔族は人間の敵みたいになっちまって。魔族の世界がつながっていたころはそんなことはなかったのに!それもあの魔王の、」
そう言って、シアは言葉を止めた。
「大丈夫です。続けてください」
「魔王、あんた。あの魔王、バルーの妹なんだろ?大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。あれは、兄ではありません。魔王ですから。俺も、今はアイルではありませんから」
唇を噛み、「ナル」は顔をあげ、シアの瞳を見返した。
「あんたがそう決めているなら、あたしゃ何も言わないよ。あたしはあんたの仲間になる。魔法をど派手に使った今、この街にも留まれないしね」
シアは「ナル」に視線を返し、微笑を浮かべた。
その笑顔が少し寂しげで、彼女は心配になる。
「おかしいね。この街の人たちのこと、結構好きだからね。ちょっと離れるのが寂しいだけだよ」
「シアさん」
「さあ、もう髪も乾いたね。寝よう。明日は朝からまた働かないといけないからね」
シアは立ち上がると、すこしわざとらしく眠そうに欠伸をする。
「そうですね。もう寝ましょう。明日もまず治療を先にしたほうがよさそうです」
「そうだよ。勝手に出て行ったら街の皆も怒るだろ。大丈夫。昨日の今日だ。数は少ないはずだよ」
「ナル」にそう答え、シアはベッドに入る。わざと眠そうにしていたはずなのに、眠気は本物だったようで、シアはすぐに寝息を立て始めた。
それは規則的で、「ナル」も誘われるように彼女の隣で眠りに落ちた。
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