血の同盟


「ようこそ。わが屋敷へ」


 バルー達が移動した先は、彼らが根城にしている場所だった。

 ロウランから少し東に下ったジャランの街。

 今は街の影はなく、荒廃した場所に一軒だけ、傷ひとつもなく、屋敷が残っていた。

 これはジャランの街を治めていた領主の屋敷で、バルーが気に入ったという理由だけで、破壊を免れた建物だ。

 領主はロウランとは異なり、最後まで抵抗し、そしてバルーによって殺された。これが決定打となり、アイルは変わってしまった兄と袂を分かち、地図を持ち出し、逃げ出す領民に紛れて姿を隠した。

 それはもう二年以上前のこと。

 焼かれた大地に息吹は戻り、動物が姿を見せるようになっていた。だが、魔王の住む屋敷の回りに人は寄り付くことはなかった。

 

「ルダ殿。酒でもいかがかな」

「必要ない」


 豪華な応接間。

 大きなシャンデリアが天井で煌き、床には獣の毛皮が引かれ、テーブルは美しい細工がされている木製のもの。

 椅子も同様に細工が施されており、台座には白い毛皮が敷かれている。

  

 バルーはルダに席を進めてから自らも椅子に腰掛ける。

 ルダの従者の魔族は座ろうともせず、主の隣に立ったままだ。右手で杖を握り、視線は油断なくバルーとテーブルの上に二つの石に向けられている。


「さて、確か。私に協力を求めたいということだったかな」

「うむ。よい提案であろう」

「協力か。どういう意図か教えてもらえるかな」


 肘をテーブルにつけ、両手を交差させて、バルーはその緑色の瞳を輝かせる。

 愉快そうな彼の様子に従者は顔をしかめたが、ルダは一呼吸置いた後、口を開いた。


「……一年前、世界が分かれ、儂ら魔族の一部は人間の世界に取り残された。人間などという下等な生き物は、儂らを異形と考え、滅ぼそうと考えておる。この一年で、数百の同胞は殺された。魔族といっても、全員が魔法を使えるわけでないからな。弱いものはすぐに殺された」

「つまり、あなたの狙いは、人間を滅ぼすことか。そして私に協力しろと」

「うむ。貴様の狙いも同じようなものだろう。この二年で、破壊された街はいくつにも及ぶ。死んだ人間は千を超えるだろう」

「私の狙いか。私は別に狙いなどはない。面白いから破壊する。それだけだ。だが、あなた方の力は欲しい。火と水の精霊の力は最強だと思っていたが、そうでもなかったからな」

「バルー!」


 火の精霊は揶揄するようなバルーの言葉に反応し、人化した。


「ティマ。人化してはだめだろう。追っ手が来たら面倒じゃないか。私だってこんなこと言いたくないさ。だけど、本当のことだろう。危うく私は妹に殺されるところだった」

「妹?」


 茶化した感じであったが、ルダは「妹」という言葉に反応を示す。


「ルダ殿。悲しいことに、我が妹であったアイルは男のなりをして、私を殺そうとしているのだよ。あれほど可愛がってやったのに。本当に、人間とは悲しい生き物だ」


 ルダはバルーの台詞に黙ったままだ。

 火の精霊は納得がいかないとばかり、火の粉を撒き散らす。


「アイル!」

「わかってるわ」


 バルーは眉をひそめると、水の精霊の名を呼ぶ。すると、すぐに人化して火の粉が床を傷つけないように氷に変えた。


「ティマ。だめだろう?この屋敷は私のお気に入りなんだから」

「悪かったわ。ちょっと頭を冷やすわ」


 口を尖らせた後、火の精霊は石の姿に戻った。水の精霊は肩をすくめると同様に石に変化する。


「すまないな。ルダ殿。私の精霊達はちょっと扱いが難しくてね。今回の戦いで、さらにそれを知ったよ。だから、私はあなたの力を借りる代償に、あなたに協力しよう。共に人間を滅ぼす。面白い余興だ。退屈になってきたし、人々がいう「魔王」という存在に本当になってみるのも面白いだろうしな」


 そう言って薄ら笑いを浮かべるバルーに、ルダは少しばかり恐怖を覚えた。従者は杖を握る手に力を入れたくらいだ。

 魔族である己が人間相手に恐怖を覚えるなど、耐え難いことだが、バルーは人間とは思えない節があった。

 

「どうかな」

「いいだろう。儂らの力を貸そう。同盟ということだな」

「同盟。そうだな。何か書いたほうがいいか?」

「ああ。契約を。貴様の血が必要だ」

「物騒な話をするね」


 バルーは面白いそうに笑い、テーブルの上のナイフを取り、指に切り傷を入れる。

 赤い血が、テーブルに滴るが、彼は笑ったままで、ルダを見ていた。


「ランデン」


 従者に呼びかけると、彼が羊皮紙を懐から取り出し、バルーとルダの前に置いた。


「人間を滅ばすその日まで、儂らの同盟は続き、死以外にそれを止めるすべはない」


 ルダはそう口にして、己の牙で指を少し傷つける。血が流れだし、羊皮紙に吸い込まれていく。


「貴様の血もここに」


 バルーは目を細めて、指をその紙の近くに持っていく。血が一滴垂れ、紙に沈む。すると羊皮紙は光り輝き、消えた。


「消えた?」

「ああ。これで契約は完了だ。大昔は紙を残すようにしていたが、紙を燃やしてしまえば、意味はなさないからな。儂はこの方法が好ましい。これで、貴様は死ぬまで契約を破れない」

「面白いな。死ぬまでか」


 再び笑みを浮かべたバルーに、ルダは薄気味悪い思いを抱く。

 しかし、契約は結ばれた。

 彼が破りたくても、もう破ることができないものが。


「ルダ殿、それからランデンだったかな。失礼するよ。少し外の空気を吸ってくる。部屋は空いているから勝手に使ってくださって結構だ。私が使うのは一階の寝室だけだから」


 バルーはテーブルの上の二つの精霊の石を握ると、部屋を出て行く。

 扉が閉まり、しばらくすると、窓からバルーと人化した火の精霊の姿が見えた。

 二人は恋人同士のように絡み合う。


「……ルダ様。これでよかったのですか」

「うむ。人間を滅ぼすために、あやつの力は必要だ」

「同盟の間は、危害を加えることができませんが」

「それはあやつも同じことだ。それはあやつの精霊にも及ぶ。人間が滅ぶまで、儂らは火と水の精霊の加護の中だ」

「……残った魔族を早急にまとめないといけませんね」

「うむ。頼む。それと、あやつの妹のことも見張っておけ。金と土の精霊。防御中心の精霊たちだが、残りひとつの精霊のことも気になる。頼めるか」

「はい。お任せ下さい」


 ランデンは頭を垂れるとすぐさま、杖を使い、床に円陣を描く。


「バタル ビ クワン」


 呪文を唱えると、円陣が輝き、ランデンはすぐにその中に飛び込んだ。


「人間を滅ぼす。それが、儂らが生き残るすべだ」


 ルダは一人取り残された部屋の中でそう小さく呟いた。

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