土の精霊タナリ


――あなたはこちらで待機を。土を奪われるわけにはいけませんから


  金の精霊は意図的に「ナル」達より離れた場所に飛び、ウェルファにそう伝えた。

  反論する余地もなく、センミンと彼の精霊は先を急いだ。彼にしては珍しく何も口を挟まず、「ナル」の元へ向かった。

 「ナル」……少年のふりをした不思議な女性。男だと思っていた時は合点がいかなかったが女性と思えばセンミンの行動の意味も理解できた。

 好きなのだろう。

 ウェルファもマイリに対して同じ想いを抱えているのでわかる。ロウランが襲われた話を聞き、かの友人であり大切な存在である彼女のことが心配になった。手紙を受け取り無事である事知り安堵した。彼女からの要請は迷いなく受けた。

  今、彼女はどこにいるのだろう。

 何をしているのか。

  そしてウェルファは、戦闘から離れ、安全な場所にいる自分に思いを馳せる。


 ――ただここでじっとしている気か?


 前方から建物の隙間を縫って光が走り、轟音が響いてくる。

 先ほどまで逃げ惑う人ばかりであったのに、その流れが止まっていた。


「戦いはどうなってるんだ。互角なのか?」


 ウェルファは傍を通り去ろうとした男を捕まえ、話しかける。


「どうかな。俺は逃げる! 今は互角だが、攻撃があんなんじゃ、そのうちやられるにきまってる。そうなると次は俺らの番だ!」


 男はウェルファを振り切って、小走りで暗闇に消えた。

 光と音は止む様子はない。

 気がつくと、ウェルファは懐に手を忍ばせ、土の精霊の石を握っていた。


「……土の精霊の石か。どんな力があるんだ。力を貸してもらえれば、魔王に勝てるのか?」


 それは独り言に過ぎなかった。

 しかし、石が微かに光ったような気がして、ウェルファは石を摘み、凝視する。

 光は、前方からの戦いの光のみ。しかし、石自体が光を帯び、その存在をウェルファに主張していた。


「私に、呼び出せと?」


 精霊の呼び出し方などわからなかった。

 

「土の精霊よ」


 一か八かで軽くそう呼びかける。

 すると、石が突然光を発し、それは人の形を取った。現れた精霊は、褐色の肌に長い黒髪の逞しい体躯を持つ男のなりをしており、ウェルファは簡単に現れた精霊に驚く。


「誰でも呼び出せるのか。いや、精霊の石と分かっていないと、呼びかけることもないか」


 なんとなくそう自分を納得させて、彼は土の精霊を仰ぐ。


「契約すべきなんだろうな」


 力を借りるために、「呼び出した」。実際、呼び出せるとは思っていなかったが、こうして土の精霊は人化した。


 契約の方法は精霊に名前をつける、というものだ。

 教えてくれたのは、金の精霊のチェリルで、彼女はこうなることを予想していたはずだ。


「どんな力なのかわからない。だが、これ以上犠牲も出したくない。だから、私はあなたの力を借りたい」


 土の精霊の黒い瞳はただウェルファに向けられている。感情はまったく読めなかった。そもそも精霊に感情があるものだとは、チェリルに会うまでは知らなかったことだ。


「名前、そうだ。名前をつけなければ」


 最初に浮かんだ名はタナン。元々は彼が拾った石だ。だが、同じ名前だと混乱を招く。

 

「タナリ。あなたの名はタナリだ」


 タナンとマイリの名前を合わせた単純な名だったが、土の精霊は頷くと、その体が砂と化して宙に散った。そして砂煙となり渦を巻き、中心から光が放たれる。光は人の形となり、砂煙が全て吸い込まれていく。


「……なんというか」


 名前はかなり影響するようだった。

 現れたのは、中性的な美少年。

 タナンの少年の肢体に、大きな瞳が印象的なマイリの顔。

 元々の筋肉隆々の青年の姿を、すっかり変えてしまい、ウェルファは少しだけ罪悪感を持ったが、土の精霊――タナリは何も感じていないらしく、ただ命令を待つように彼をじっと見上げていた。


「とりあえず、行くか。土の精霊、いやタナリ! 魔王を倒しに行くぞ。力を貸してくれ」


 タナリは頷くと、どろどろとした粘土状へ変化し、ウェルファの体を包んだ。



 ☆


 シアが火の魔法と使えることに最初は驚いたセンミンも戦いの中で、徐々に慣れてきていた。

 センミンが先陣を切って仕掛け、防御もかねる金の剣で、火の精霊の攻撃を止める。駄目押しとばかり「ナル」は水の剣で切りかかったのだが、邪魔をしたのがバルーだった。

 バルーは迷うことなく、剣を振るい、炎が彼女を焼き尽くそうと襲ってきた。「ナル」は火の精霊に構っている余裕がなくなり、すぐに水の剣で炎を相殺した。


「ほお。すごいなあ。あの戦士よりうまく使えているんじゃないか。お前に剣の素質があったとは知らなかったよ」


 妹を褒める兄。

 まさにそれであったが、バルーの攻撃は妹に対するものでなかった。殺意を持って、剣を振るう。

 ナルが気を緩めれば、すぐに炎に焼かれてしまいそうな苛烈な攻撃を続いた。

 兄の、魔王の明確な殺意は「ナル」にとっては苦痛しかない。だが、死ぬわけにはいかないと、必死に戦っていた。

 センミンは「ナル」の加勢に入りたかったが、火の精霊の攻撃を受け止めるだけで精一杯。こちらも油断すれば死に値する。そんな攻撃で、「ナル」の加勢など考えられない状況だった。

 二人の戦いに加わろうとしたシアには水の精霊が相手になり、容赦ない氷の礫を受ける。それを守るのは、金の精霊の防御壁で、シアは隙をみて炎の魔法を使う。しかし、それは水の精霊の氷の壁で簡単に防がれる。

 戦いは五分に見えていたが、「ナル」の攻撃はバルーに敵わず、シアの火の魔法はまったく水の精霊に届くことはなかった。センミンは火の精霊の炎を防ぐだけで手がいっぱいで、隙を見て三人は金の精霊が作り出した防御壁に逃げ込む。


「もう終わり?」

「アイルいや、「ナル」か。無駄な抵抗はおやめ。今度は命くらいは助けてあげようじゃないか」


 金色の防御壁の中の三人に火の精霊とバルーが声をかける。


「アイル……?」


 アイルという名は確か水の精霊の名ではなかったかと、センミンは「ナル」に視線を向ける。彼女はただ唇を噛み締め、前を向いていた。


「今は聞くのはやめときな。戦うことに集中しようじゃないか」


 センミンの肩に手を置き、シアが杖を握る手に力をこめる。


「わかってる。だが、どう攻撃に出る? 今のままじゃ、勝つことはできない」

「ああ。そうだね」

「はい」


 センミンの言葉に二人は頷く。

 次なる攻撃を考えあぐねていると、嬉しそうなチェリルの声が振ってきた。


「土が契約されましたわ」


 説明を求める前に、答えは光と共に三人の前に現れた。


「ウェルファ?!」

「ウェルファさん?」

「マイリ様?どうしたんだい、いったい」

「説明は後だ。私は土の精霊と契約した。戦いを終わらせよう」


 ウェルファは三人にそう答え、防御壁ごしに魔王を睨みつけた。

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