決戦
「センミン。魔王です」
「は?」
「ロウランに現れたのか?」
チェリルの言葉の意味を理解したのはウェルファの方が先で、彼はすぐに準備をやめ、持てるだけの袋を抱え込んだ。
「魔王がロウランに? ナルは大丈夫なのかよ!」
「だから、すぐに飛びましょう。ウェルファ、センミンの近くに。飛びますわ!」
「お、おう!」
「ああ」
ちょっと頼りない返事のセンミンに対し、ウェルファはしっかり頷き彼の隣に移動した。
それを確認し、チェリルはすぐに光に姿を変え、二人を包んだ。
☆
「アイル。馬鹿な子だと思っていたけど、どうしてナルの願いを聞かないのよ」
少女の姿をした水の精霊は、ゆっくりと地面に降り立ち、水の剣を構える「ナル」を睨む。
「俺には、ただ生きることなんてできない。ナルを殺したのは、結局俺だ。そしてセフィーラ、あなたが奪われたことも」
「真面目ね。アナタは。だから、嫌だったよ。こうなることは予想できた。今のワタシにできることは、ただひとつ、痛みがないようにすぐに殺してあげる」
水の精霊は両手に力を集める。
「水。ズルはだめよ。殺したフリをするなんて、絶対にダメだから。一度は騙せても二度目はないわ」
火の精霊は、水の精霊に傍に立ち、そうささやく。水は唇を噛み締めると、集めた力を氷の槍に変えた。
「いいわね。それで一突きするの? うまくいくといいわね」
「邪魔よ!」
水は完成した槍を横に振り、火の精霊を追い払う。
「水!」
「戦いの最中に、ごちゃごちゃ言わないでちょうだい!」
「ナル」は水の剣を構えたまま、二人のやり取りを見ていた。
水の精霊の狙いはわかっていた。
彼女は一撃で、「ナル」を殺す気だった。
――でも俺はそう簡単に死ねない!
「アイル!覚悟しなさい」
「俺は「ナル」だ!」
「馬鹿ね」
哀れむ様な声で一言。
水の精霊は槍を持ち、跳んだ。
「火!?」
突然、炎が水に襲いかかる。
「アタシじゃないわよ!」
足を止め水の精霊が後方を睨むが、火の精霊は憮然と言い返した。
「間に合ってよかった! 今度こそ見殺しなんかしたくないのさ!」
息を切らして「ナル」の隣に立ったのはシアで、右手には杖が握られている。
「シアさん!」
「あーあ。湯浴みが台無しじゃないの。こんなに汗かいちゃって」
こんな時にかかわらずシアは軽口を叩く。それで「ナル」の張り詰めていたものは溶け、身が軽くなった気がした。
「魔法使い! 人間のくせに火を使うなんて、ナマイキよ!」
火の精霊は火の粉を飛ばしながら、水の精霊の隣に立つ。
「アタシがあのナマイキな魔法使いを殺すから、アンタはそれをよろしくね!」
水が同意しないのに、火はそういうと勝手に飛ぶ。
「シアさん!」
「ナル」は反射的に彼女の前に立った。
――これ以上、私の、俺の前で誰も殺させてはしない。
「邪魔よ!水の役に立たたず!」
火の精霊は火の鞭を一瞬で作り上げ、「ナル」に振り下ろした。
しかし、彼女は水の剣でそれを弾く。
――いける!
「水!」
「分かってるわ!」
ナルの喜びは一瞬で、すぐに水の精霊による怒涛の攻撃を受ける。十数個の氷の礫が彼女を襲い、防御だけに手一杯になった。
「さあ。本物を見せてあげるわ」
火の精霊は微笑を浮かべると、両手に炎の塊を作る。
「シアさん!」
「アイル! 死にたいの?」
氷の礫を打ち返すのに必死の「ナル」が、シアを気にかける。
「こんちくしょう!ロンエン!」
シアは今まで使ったこともなかったが、杖を掲げ火の精霊に向け、己が知っている最大の火の魔法の呪文を唱えた。
螺鈿状の炎が現れ、火の精霊へ伸びていく。
「できた!」
「ふうん」
驚くどころか目を輝かせ、火の精霊は両手の炎の塊でそれを迎え撃つ。
その二つの炎の塊は一つになり、あっと言う間にシアの炎を飲みこんだ。
「所詮、ニセモノよね。じっくりアタシの炎を味わって」
「くっそぉ!」
「シアさん!」
「させませんわ!」
時が止まったようだった。
「ナル」の目の前で氷の礫がはじかれる。目を凝らすとそこに防御壁が見えた。
「シアさんは?!」
驚きから我に返り、シアのほうを見ると、同様に金色の防御壁が大きな炎の塊から彼女を守っていた。炎は壁にぶつかり、四散している。
「金!」
「金……」
水の精霊は素直に驚いた様子、火の精霊は恨みたらしく、その名を呼んだ。
「間に合ってよかった!ナル!」
急に姿を見せたセンミンは、戸惑っているナルに構うことなく、抱きしめた。
「は、離してください!」
「あ、悪い。つい」
「ナル」が全身で拒否、しかもその剣を振り回そうとしたので、センミンは慌てて彼女から離れる。
「シアさん!」
「ナル」はセンミンを一瞥することもなく、すぐにシアの元へ走り、その無事を確認した。
「これは、なんだい?」
「恐らく、金の精霊の力です。こんな力があったなんて知りませんでした。これなら大丈夫かもしれない」
「ああ、そうだね」
「ナル」に頷き、シアは魔王達を睨む。
センミンは「ナル」に拒否されたことに少し傷つきながらも、腰に下げている剣を鞘から引き抜いた。
「……金。久しぶりね。小ざかしい真似。本当、あったまにくるわ」
「火。あなたは、相変わらずのようですわね」
苛立ちを隠さない火の精霊に対して、チェリルは冷静に答える。
そして、二人の精霊から「ナル」達を守るようにその前に立った。防御壁は維持されたまま、美しい金色の光を放っている。
「水。久しいですわね。あなたは……変わったようですわ」
目を細めて金に言われ、水は何も答えずただ顔を逸らした。
「ティマ。私にも金の精霊を紹介してくれないか。失礼に値するだろ」
精霊達の会話に割り込んできたのは、それまで何も口を挟まなかった魔王バルーだ。
ゆっくりと足を進め、火と水の精霊の間に立つ。
「そうだったわね。バルー」
火の精霊はしなだれるようにバルーに寄り添い、彼は当然のごとくその腰に手を回した。
「金。彼がバルーよ。人間達は馬鹿みたいに魔王って呼んでるみたいだけど。魔族でもないのに、馬鹿よねぇ。本当」
「金の精霊。初めまして。バルーと申します。あなたは神に近い精霊だとか。そんなあなたと契約をできたらどんなに嬉しいことか」
「お断りいたしますわ。今のあなたとは契約などしたくはありませんから」
バルーの言葉を遮り、チェリルははっきりと拒絶する。
「それは、残念。まあ、あなたが望まなくても、「アイル」のように、無理やり契約することもできるので、そうさせてもらおうかな」
バルーは歪んだ笑みを浮かべ、後方に退く。
「さあ。「ティマ」。「アイル」。雑魚に構うことはない。金の精霊をこちらにつければ、それで終わることだ。契約主を殺すことを最優先にしてくれ」
「そうなの? つまんないわ」
「最優先だよ。金の精霊を奪った後は、君の好きなようにすればいいさ」
不服そうに口を尖らした「ティマ」の頬に口付け、バルーは囁く。
「ナル」は、その行為に義姉と兄の日常を思い出し、その違いに吐き気を覚え、顔を背けた。
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