シアの秘密
夕方になり、仮の診療所を訪れる患者の数は減っていたが、家を破壊され寝る所すら確保できない状態にあり、家は診療所から宿泊所へと様変わりしていた。
威勢のいいシアを筆頭に、完全回復した者達が役に立ちたいと、「ナル」達に休むように言って、椅子や机を片付け、人々の寝床を作っていく。
チェリルはセンミンから精気を常にもらっていたが、流石に限界らしく、石の姿に戻り彼の懐の中で休んでいるようだった。
「もう少し持ってきたほうがいいか……。センミン。頼めるか?」
持ってきた薬や包帯などを確認していたウェルファがセンミンに声をかけた。
「何をだ?」
「食料とか薬などを家に取りに行きたい。まだ十分だが、物資はたくさんあったほうがいい。だめか?」
「だめじゃないけど。今日かなり力を使ってるから」
「センミンらしくないですわね」
躊躇しているセンミンの懐が光り金の精霊が人化した。
「移動くらいなんでもないことですわ」
「そうか。助かる」
「じゃあ今からいくか?」
「ナル」はそんな三人のやり取りをぼんやりと聞いていた。疲れていないつもりだったが、そんな事はなく、油断すれば欠伸が漏れていた。
「ナル。お前、湯浴みとかしなくていいか?」
「は?えっと」
そんな彼女にセンミンが不意に話しかけてきて、「ナル」は戸惑う。
湯浴みなど一週間ほどご無沙汰で、確かにできるような環境であれば、湯で体の汚れを落としたかった。
「シアに聞かれたんだ。ちょっと行って来いよ。俺達はちょっくらウェルファの家に行ってくる。いいだろ。ウェルファ」
「いや、私がどうこう言う話ではないだろう。ナル。人手は十分だ。行ってこい」
「あ、ありがとうございます」
ウェルファにもそう言われ、「ナル」はシアの提案にのることにした。
☆
寝床を作り終わったシアに案内され、「ナル」は彼女の家に案内された。診療所から五軒ほど先のある石造りの家で、他の家に比べ被害が少なく、家の原型がほぼそのまま残されていた。
「ちょっと汚れているけどね」
シアは玄関付近に転がっている少し煤けた樽などを避け、「ナル」を家に招きいれる。
「お邪魔します」
「ははは。礼儀正しいね。あんた」
豪快に笑いながら、彼女は家の中を歩く。
「着替えにあたしの服を貸してもいいんだけど、男のなりをしてるんだから、弟の服を貸そうか?」
「いえ。着替えまで。大丈夫です」
「折角湯浴みをするんだ。遠慮なく借りていきな。いやもらっていきな。弟はいつ戻ってくるかわからないからね」
「弟さんは、どこかに行かれたんですか」
差し出された男の物の衣服を受け取りながら、「ナル」は反射的にそう聞いてしまう。シアの表情が曇り、少し後悔していると、彼女は口の端を上げて笑みを浮かべた。
「ああ。こんな時に。あの子がいりゃあ、少しはマシだったかもしれないのに」
「どういう意味ですか?」
答えにならない答えで、「ナル」は不躾だと思いつつ聞き返す。
それをシアは彼女を値踏みするようにじっくり眺めた後、頷いた。
「……あんたになら、話してもいいか。まあ、これから見せることにもなるだろうし」
シアは「ナル」の肩を軽く叩いた後、浴室に案内した。
そこで「ナル」は彼女の秘密を知ることになる。
バルーが本来の目的を忘れ、魔王と化したことによって、神は人間の世界を見放した。
人間、魔族、神と精霊の世界はそれぞれ繋がっていたのだが、神は人間の世界を完全に切り離した。
しかし突然のことで、魔族の一部は人間の世界に取り残されることになった。
魔族は魔法と呼ばれる精霊の力に類似した力を使う。人間より大きく、不思議な力を使う彼らは人間から迫害をうけるようになり、それをよしとしない魔族は人間と戦うようになった。
魔法は、魔力を使う。魔力がある者なら呪文さえ正確に唱えれば、使えるものだった。
人間の中にも魔法を使えるものがいる。それは先祖が魔族と交わったものだとか、そういう話もあるが、真実はわからない。ただ、魔法を使える者――魔法使いは、代々受け継がれることが多い。
世界がひとつで、人間と魔族が争うことがなかった時は、魔法使いは人々に重宝がられた。しかし敵視されるようになってからは、魔法使いも魔族の一部だと思われ、人間から迫害される対象に成りつつあった。
「ホンエン」
シアは杖を石釜に向けて、小声で呟く。
すると炎が放たれ、石釜に溜まった水をお湯に変える。
「あちゃ、ちょっと熱すぎたかな」
水面に気泡が浮くのを見て、シアは失敗したとばかり口を歪めた。
「シアさん。これって」
「魔法だよ。魔法。あたしは火の魔法しか使えないんだけどね。臆病者のあたしは結局、戦いもしなかったけどさ」
いつもの威勢はどうしたのか、彼女は寂しそうにそう話し、壁に杖を立てかけると水を加えなきゃと浴室を出て行こうとした。
「シアさん!」
「あたしと弟は魔法が使えるんだよ。あたしは火で、弟は水。あたしはこんな風に小さな火しかおこさせないけどね。あの子は、結構大きなこともできたんだ。それこそ氷の壁とかありゃ、街を守れたかもしれないね。ま、街を守っても、その後、あたし達がこの街を追い出されただろうけど。それでも、あたしは、この街を守るべきだった。あたしが戦えば、誰かが救われたかもしれないのに」
背中を向けたままそう語る彼女に、「ナル」はなんと声をかけていいかわからず、ただ黙る。
「ごめんよ。変な話、聞かせちゃってさ。まあ。あたしも寂しかったんだね。あんたもなにか秘密を抱えてそうだったから。あたしの話を聞いてくれそうな気がしてさ」
シアは手を振ると、水を取ってくると風呂場からいなくなった。
取り残された「ナル」はぐつぐつと煮たぎるお湯をみながら、慰める言葉もかけれない自分を責める。
――シアさんは、魔法を使ってこの街を守れたかもしれないことを悔やんでいる。だから、積極的にみんなを助けようとしているんだ。
シアの判断は間違っていない。
「ナル」はそう考える。
この街に到着したとたんに向けられた視線はとても嫌なもので、シアがもし魔法を使っていたら、あのような目で見られるのは避けられなかっただろう。
自分を守るために、彼女は魔法を使わなかった。
それは間違っていない、「ナル」は彼女にそう言いたかった。
「おっし。これでいいかな」
何度か往復して、水をいれ、やっと浴びられるくらいの温度になり、彼女は一息をついた。
「ごめんね。随分時間がかかっちゃって。帰りは送っていくから」
「いや、大丈夫です。湯浴みさせていただけるだけで助かりますから。着替えもありがとうございます」
「律儀だねぇ。あんた。疲れないかい?うちの弟にもそういう健気なところあれば可愛いんだけど」
「弟さんは、どういう方なんですか?」
シアが目を細くしてうれしそうに語る様子に釣られ、「ナル」は彼女らしくもなく聞いてしまう。
「うーん。顔は可愛いよ。もう三年会っていないから、ちょっと変わってるかもしれないけどね」
シアは遠い目をしながら語り、石釜のお湯を掬う。
「弟はちゃんとした魔法使いになりたかったんだ。力を隠すのをいやがってさ。両親が生きていたころには、我慢してたけど。亡くなってからはね。だから、ガルタンは魔法使いになるために街を出て行ったんだよ。時折手紙が届くから、元気にやってるらしいけどね」
「ナル」は聞かされる話にただ耳を傾け、寂しげな彼女を見上げた。
「ははは。柄にもないねぇ。弟に頼ろうなんて心が弱ってる証拠だね。あっ、お湯も冷めちゃうね。折角沸かしたのに。ナル。邪魔したね。ゆっくり入んな」
シアは慌ててそう言い、浴室から出て行く。
「ナル」は慰めの言葉すらかけられない自分に落胆しながらも、お湯が冷めては元も子もないと服を脱いだ。
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