金の精霊とへたれ騎士
「嘘だろう」
「奇跡だ!」
部屋に集まった人達は、次々に歓喜の声を上げ、部屋を出て行く。
チェリルが精気を取り戻すとすぐさま人々が押しかけてきた。
ウェルファは、重症な者からチェリルの治癒を受けさせるように治療順位をつけ、それに文句があるものがいたら、センミンが力づくで黙らせた。
文句があるのは大概、状況が分からない裕福な者や、力のある者が多く、怪我も軽い者ばかりだった。だから、センミンは容赦なく恫喝したり、時には力を誇示した。
「ナル」は、その時改めて彼が強いことを知ったのだが、子どもっぽい彼の印象が強く、見直すまでには至らなかった。
一時的に診療所として指定した家には、次々と人が訪れる。それをウェルファが怪我の重度で振りわけ、センミンが重度ごとに人々を指定の部屋に連れて行く。「ナル」は、チェリルの治癒を待つまでに、ウェルファに指示された通りの世話をする。出血、骨折の場合で対処が異なるのだが、何度もやっているとウェルファに言われなくてもわかるようになっていた。
「センミン様!」
「またか!なんでぎりぎりまで力を使うんだか」
倒れた精霊に口付けをして力を与えたセンミンは、自然と金の精霊の恋人と位置づけられる。おかげで人々はチェリルが倒れる度に、呼ばれる始末だった。
精霊は力を使いすぎると契約主の精気を貰う必要がある。
そう口付けはそのための行為だ。けれどもナルは水の精霊に口付けしたことはなく、水の精霊はナルから間接的に精気を貰っていた。
――金の精霊はセンミンのことが好きなのだろう。
精霊にそんな感情があるとは知らないが、二人の様子を見ていると「ナル」はそう思うようになっていた。
センミンはチェリルの元へ向かい、唇を重ねる。
金色の美しい精霊チェリルに、センミンも黙っていたら綺麗な部類にはいる男で、そんな二人の姿は本当に絵本の中の登場人物のようだった。
「ナル?」
「はい?」
「気になるのか?」
「ええ。とても美しい光景だと思って」
「そうだな。あの男。何も話さなければ、美しい男ではあるからな」
ウェルファは苦笑しながらそう答え、次の患者の世話の仕方を「ナル」に指示する。彼女は頷き、ウェルファが指定した重度二の部屋に患者を案内して、血止めのために布を巻き始めた。
一方、渦中の二人は、「ナル」やウェルファにそんな風に思われているなど知らず、暢気な会話をしていた。
「チェリル。だから、限界まで力を使うなって言ってるだろう」
「申し訳ありません」
精気を貰った金の精霊は体を起こす。
「もう少しで完全に治せると思うと、どうも抑止が効かないのですわ」
「まあ、わかるけどな」
怪我を治してもらい、ほぼ完全回復した人々は涙を流して喜ぶ。死を間近に感じた者ばかりなので、その喜びはひとしおだ。家族がいた場合は、その喜びは家族全員のものだ。
「次は気をつけますわ。ナルにも何か説明をしておきますから」
「いや、それはいらない。俺が自分で説明する」
「できますの?」
「ああ、できる。心配するな。そんなこと」
センミンはすっかり元気になった金の精霊に手を振り、そそくさとウェルファの近くに戻る。
かれこれ、数え切れないくらいの人を癒したつもりだが、診療所を訪れる人の数は減っていないようだった。
「チェリルの調子はどうだ?」
「ああ、万全だ。しばらく大丈夫だろう」
「それは助かる」
ウェルファにもあの口付けの意味を説明したので、チェリルが倒れる度にセンミンが口付けをすることに驚くことはなくなっていた。
問題は「ナル」だ。
どうも勘違いされている気がして、気がつくとセンミンは「ナル」の姿を追っていた。けれども、彼女は献身的に人々の世話をしており、彼の視線に気がつく様子がなかった。
それを寂しく思いながらも、休んでいる暇はない。
ウェルファの指示通り、患者を指定の部屋へ案内し続けた。
四人が働き始めて、どれくらい経ったのだろうか、威勢のいい声が扉を開けて入ってきた。
「差し入れだよ!」
元気な声と共に、美味しそうな匂いが部屋の中を満たす。
「薬師さんが持ってきてくれた野菜でスープを作ったんだ。パンもあるから。食べれる者は食べな。ああ。薬師さん達も少し休んで。みんな、薬師さんや精霊の恋人さんに倒れられたら困るだろう! 休ませてやんな」
女性たちのリーダーなのか、威勢のいい女性が声をかける。
「そうだな。シアの言うとおりだ。そうしよう。すこし休んでもらわなきゃ。倒れられたら、治してもらえねぇよ!」
男の一人がそう答え、瀕死の患者が減ったこともあり、人々に余裕が生まれ、休憩が取られることになった。
「俺も手伝います!」
「ナル」は担当していた患者の患部に布を巻き終わると、食事を配っている女性達の元へ走る。
「あんた……。ナルとか言ったっけ。あんたも休んだほうがいいよ。朝からずっと働きっぱなしだろ。あんたが倒れたら、薬師さんとかが心配するだろ」
「大丈夫です。俺は丈夫ですから」
「……無理するんじゃないよ。あんた本当は女の子なんだろ」
小声で囁かれ、「ナル」はすこし警戒して、構える。それを見て、シアは豪快に笑った。
「なあに、心配しているだけだ。あたしはあんたがすこし心配なだけさ。さあ、これ食べて休んでな」
「ナル」にパンとスープの入った木の碗を渡し、シアはお盆を持って歩き出す。
その背中を見て、迷っていると、すぐ傍に気配を感じて振り向く。
「センミン!」
「驚かせたか? 悪い。ちゃんと食べろよ。次、食べられるのはいつかわかんねぇから」
彼はそう言い、「ナル」の隣に座り込む。そして食べ始めたので、彼女も迷っている時間がもったいないとパンを口に入れる。
「美味しい。あ、このパン、ウェルファさんのパンですね」
「ああ。悔しいけどうまいよな。こんなうまいパンを焼けるなんて、なんかよくわらんない男だな」
――それはあなたも同じだと思いますけど。
「ナル」は思わずそう言い返しそうになったが、ぐっと堪えてパンを齧った。
木の実の風味が口の中で広がり、パンの自然な甘みを邪魔することなく、引き立てる。
「……お前。ウェルファのこと好きなのか?」
「は?」
「なんか、ウェルファと俺への態度全然違うだろ。だから」
「えっと、センミン。そんなこと考えたこともないですが。大体。俺にはそんな余裕はない。そんなふざけた質問しないでください」
「ナル?」
怒るような質問ではなかった。
けれども「ナル」はなぜか頭にきて、そう返してしまった。
本当なら、その場を離れたかったが、手に持っているスープをこぼしそうなので、そっぽを向いてただ食べ続ける。
「ごめん。怒らせるつもりはなかった」
センミンは小声で詫びを入れると、彼も黙々と食事を続ける。
騒がしい部屋の中で、そこだけ静かで、「ナル」は何か言うべきだと思いながらも、何も言うことができなかった。
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