石を譲り受けるための条件
「この石は、ウェルファにあげたようなものだから、ウェルファがいいって言えばあんた達に渡してもいい」
タナンの言い分はそれだけ、判断はウェルファに任せたようだった。隣から母親が呼びに来たこともあり、彼はウェルファの好きにしていいからと家に戻っていった。
「それでは、ウェルファさん。俺達があなたから石を貰い受けるためには何をすればいいですか?信用が足らないと言ってましたが」
「そうだな。私に、君達、特にその男を信用させてほしい」
「信用ですか?」
「ああ。それから条件がある。その金の精霊、チェリルとか言ったかな。チェリルの力を貸してほしい」
「力を貸す?どういう意味だ?」
つかみ掛かることはしなかったが、センミンは不機嫌そうに聞き返した。
それに対してウェルファは視線を鋭くさせたが、それだけで、センミンに答える。
「私は明日、北のロウランに行く。魔王によって壊滅した街だ。そこで怪我人の手当てをしたい。金の精霊には治癒能力があるというではないか。それを生かして私の仕事を手伝ってほしいのだ」
「なーんだ。そんなことか。いいんじゃないか」
「ええ。そんなことでよければ」
センミンもチェリルも問題がない様であったが、「ナル」だけは嫌な予感がしており、素直に頷けなかった。
「でも、それが俺に対する信用回復に繋がるのか?」
「ああ。お前には私の仕事を直接手伝ってもらうからな。しっかり働いてもらう。すごい惨状らしいからな。人出多いほうがいい。そこの、少年。ナルだったかな。君にも働いてもらうからな」
「はい」
「へいへい」
「ナル」がしっかり返事をするのを横目で見ながら、センミンは嫌そうに返事をする。その隣のチェリルは面白いそうに微笑を浮かべたままだ。
「それじゃあ。明日の朝出発でいいな。朝は早いぞ。馬車を予約しているからな。薬などの物資も運ぶため、馬車を予約していてよかった。君達も荷台に乗せていく。多少、速度は落ちるが、仕方ない」
「馬車?そんなもの必要ないさ。そうだろ。チェリル」
「ええ。荷物をまとめていただければ一緒に運びますわ」
「……どういう意味だ?」
「精霊は瞬間移動ができるんだ。だから、移動は一瞬ですむ。なんなら今から行くか?早いほうがいいだろ?」
「瞬間移動か。聞いたことはあるな。魔法使いが使う術のひとつだな。安全性は高いのか?」
「もちろんですわ。ワタクシは金の精霊です」
「ナル」は三人のやり取りを聞きながら、不思議な気持ちに陥っていた。なんだか、心が満たされるような、やさしい気持ちが入り込む。
しかし、彼女は首を横に振る。
兄の残虐さに耐えられず、地図を奪って逃げてから、行く当てもなくさまよっていたら、ナルに助けてもらった。それから一緒に水の精霊の石を探して、契約をした。兄――魔王の元へ辿り着くまで三人の旅は楽しかった。
それを思い出し、「ナル」は気持ちに流されないように唇を噛む。
今度こそは、失敗はできない。
甘い気持ちを捨て、魔王を討つ。
「仲間」は殺させない。
「ナル?どうかしたのか?」
話は付いたらしい。センミンが心配そうに覗き込んでいた。
「なんでもない。それで出発は今日なのですか?」
「いや、明日の早朝だ。ウェルファの奴が、準備がまだ終わっていないからだと。そんで明日現場に行ってからは休みなく働かせるから、今のうちに休めだってさ。まったく、嫌な奴だぜ」
「そう、そうなんですね」
――早く終わらせたい。この旅を。
そう思っていた「ナル」は少しがっかりしたような気持ちになった。
「大丈夫か?もし何か悩みがあったら、俺に話してみろ。気持ちがすっきりするぞ」
気が短くて、子供のようなセンミン。そんな彼に話しても、いや、話す必要はない。
「ナル」はそう決めると首を横に振った。
「なんでも。今から宿を取りますか? それとも外で」
「ウェルファの野郎が、部屋を貸してくれるってさ。しかも夕食と朝食付きだ」
「それは、ありがたいですね」
「ああ。どんな食事が出てくるか、少し怖いがな」
「……やはりお前は嫌な男だな」
「ウェルファさん!」
突然背後から声がして、「ナル」は兎のように飛び上がってしまった。
ナルからの指導、そして自力で習得した武術。強くなったと自負していたが、背後を取られるとはまだ隙があるようだ。彼女は反省しながら後ろを見る。
「これは、君の部屋の鍵だ。部屋は一番奥だ。襲われないように鍵をかけたほうがいい」
「襲われる? 夜盗でもいるのですか?」
「いや、いないが、こいつは信用おけないだろう。私と同じ部屋にしてもよかったんだが、こいつがそれはだめだと言ってな」
「お、同じ部屋?」
ウェルファと同じ部屋にならなくてよかったと「ナル」は安堵していたが、センミンはうなり声を上げていた。
「反応するのはそこか。俺が、襲うわけがないと、そういう否定はないのか?」
「ああ。そういえば、そのための鍵でしたね」
ウェルファは何かを勘違いしているようだったが、「ナル」は別に大きな問題はないと聞き流していた。
「ああ、なんかむしゃくしゃする。俺って可哀想だ」
「可哀想? おかしいの間違いだろ? 男に発情する自体普通じゃない。まったく、性格も趣向もおかしい奴だな。まったく」
「男に発情?! 俺が? するわけないだろ!」
「だったら、お前はなんでそう、私につっかかるんだ。理由はそれだろうが」
「いや、だから。それはなあ」
「ナル」はセンミンが物凄く困った顔をしているのをわかっていたが、なんとなく助け舟を出すもの気が引けて、そのまま背を向けてしまった。
ウェルファに男だと思われているほうが、都合がよかったこともあるのだが、それよりもセンミンが困る姿を見ているとなんだか楽しい気分になるのでそのまま放置してしまった。
「おい。なにか言ってくれることはないのかよ」
「往生際が悪いな。さっさと荷物を置いてこい。お前の部屋はあっちだ」
部屋に入っていく「ナル」を名残惜しそうに見送るセンミンに対して、ウェルファは彼女から一番遠い部屋を指差す。彼は頭をたれると肩を落とし、とぼとぼと歩き出すしかなかった。
「まったく。まあ、人手と治癒の能力はありがたいから、代償と思えばいいか。それにしてもこの石が」
「ウェルファ。呼び出していけませんわよ。今のワタクシ達ではバルーには勝てませんわ。最悪、ワタクシも土もバルーの手に落ちてしまう可能性もありますから」
不意に気配なくチェリルは彼の側に現れる。それから石を握ったウェルファの手に軽く触れた。
「できればあなたが土の精霊の契約主になってくれたらよろしいのに。無理は言えませんわね。それでは、夕食を楽しみにしてますわ」
精霊が食事を取ることはない。先ほどのセンミンの言葉の詫びのつもりか、チェリルは軽やかに微笑むと、契約主を追って部屋に飛んで行った。
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