仲裁役にうまいも下手もない

「明日の朝にはこの街を発たないといけない。準備があるので手短に頼む」

 

 ウェルファは居間に「ナル」達を通し、水の入った木の器を彼らの前に置く。チェリルにも一応勧めたみたが、精霊が必要とするわけがなく、ウェルファ自らがその水を飲み干した。


「俺達は魔王を倒すために、精霊の石を探しています。世界に散らばった残り二つの精霊の石を手に入れ、魔王に決戦を挑むつもりです」

「魔王に決戦? 正気か? わずか一人で、街を滅ぼすような奴だぞ。それを君達で。悪いが、あきらめたほうがいい。君達は勝てない」

「なんだよ。勝手に決め付けるなよ。俺達には精霊がついている。その魔王だって、火と水の精霊と契約しているから、強いのであって、精霊がいなきゃ、ただの人だ」

「残りの精霊っていうのは強いのか? 勝算はあるのか?」


 ウェルファに問われ、「ナル」もセンミンも即答できなかった。

 特に「ナル」は、実際に戦っており、水の精霊を連れていたのにまったく歯が立たなかったから、余計に返答に困った。


「勝てますわ。ご心配なく」


 代わりに答えたのはチェリルで、悠然な笑みをたたえている。


「精霊。君は精霊だな。精霊がそう断言するから、そうなんだろう。だが、私は精霊の石など知らない」

「嘘をつくな。地図がこの家に石があると示しているんだ」

「地図? なんのことだ?」

「ナル。地図を出して、こいつに見せてやれ。そうしたらこいつも口を割るだろうよ」

 

 センミンはそんなに悪い男ではない。 

 「ナル」はそう思っていた。しかし、どうもウェルファが嫌いなようで、態度がいただけなかった。けれども、言っていることは正論なので、「ナル」は背負っている袋から地図を取り出した。

 

「土の精霊」

 

 地図を開き、「ナル」がそう囁くと羊皮紙が光り、矢印が現れる。それはウェルファを指していた。


「お前か!お前が持っているんだな?」

「どういう意味だ。なんだ。この印は?」

「これは精霊のいる場所を示す地図なんです。地図を開き精霊の「名」を言えば、その場所を矢印で教えてもらえます」

「魔法の地図か」


 ウェルファは眉を少し動かし、興味深そうに地図を覗き込んだ。


「だあ!そんなことより、石を寄越せ」


 センミンは銀色の髪をかきあげると、ウェルファににじり寄る。


「お前には渡せない。大体この石は私のものじゃないからな」

「なんだよ。それは。最初からやっぱりお前が持っていたんじゃねぇか」

「説明を受けて、思い至っただけだ。隠すつもりはなかった。本当の持ち主にも相談したいし、簡単に石は渡せない」

「本当の持ち主がいるのですか?」

「ああ」

「会わせてください。説得してみます!」


 「ナル」がウェルファに接近し、センミンはその間に割って入る。


「近すぎだ」

「まあ、センミンたら」


 チェリルは心底おかしそうに笑い、センミンは苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。



「この石が土の精霊の石?」


 本当の持ち主とは隣に住む少年――タナンのことで、突然呼びつけられた彼は、自分を囲むセンミン、「ナル」、チェリルに気圧されたように、少し及び腰になっていた。

 ウェルファは彼を守るようにその側におり、タナンの意思を尊重するつもりだった。


「信じられない。だけど、本当なんだよね?」


 タナンはウェルファを仰ぎ、その後に目の前の三人を見つめる。


「まあ、信じられないっていうのであれば、呼び出してみれば」

「センミン!」


 軽くそう口にした彼にチェリルが珍しく声を荒げた。


「誰が契約するのかわからないまま、安易に呼び出すのは危険ですわ。土が人化したら、火と水に気配が知られてしまう。そうなると、二人を呼び寄せる可能性がありますから」


 チェリルの説明を聞きながら、「ナル」は自分の動悸が痛いほど早まるのがわかった。火と水の精霊。二人に攻めて来られたら、今の自分達に勝ち目はない。チェリルの能力はまだはっきりと教えてもらっていなかったが、恐らく治癒能力しかないのではないかと、ナルは考えていた。


「だったらどうする?ウェルファとタナンだったか。お前達は俺達の話を信じていないだろう。だから石を渡したくない、そういうことだろ?」

「それは違うな」


 投げやりなセンミンの言葉に、ウェルファがすぐにそう返す。


「タナンの気持ちはわからないが。私はその話を信じている。金の精霊がこうして目の前にいるんだ。そして、その精霊が、この石を土の精霊の石だと主張している。信じるには値する」

「だったら、なんでお前は石を渡したくないんだ」

「それは、この石が私のものじゃないから。そして、もうひとつ。お前が信用できないからだ」

「はあ?どういう意味だ!」


 センミンは怒りのまま、ウェルファに掴み掛かる。


「センミン!」


 「ナル」はそれを止めようとして、センミンの腕を掴んだ。


「ウェルファさんの言う事はもっともだ。だから、センミン、離してください!」

「なんだと。ナル!お前は奴の味方なのか?」

「味方とか、そもそも。ウェルファさんは敵ではありません。冷静に話をしてください」


 静かにそう諭され、センミンは口を尖らせたが、ウェルファから手を離した。


「……まったく。だから、信用できないんだ」

「なんだと!」

「待って下さい! 二人とも!」


 再び交戦状態になりそうだったので、「ナル」は二人の間に割って入る。


「冷静に。冷静に。ウェルファさん。センミンの態度は俺からもお詫びいたします。ですが、彼を刺激するのもやめていただけませんか?」


 予想以上にセンミンは子供ぽかったが、これ以上揉める事も避けたいと、「ナル」はそう口にした。


「わかった。善処する」

「センミンは?」


 ウェルファから言質をとり、「ナル」は後ろの彼を振り返る。


「わかったよ」

「じゃ、これで揉めるのは終わりですね。冷静に話をしましょう」

「まあ、ナル。あなたって仲裁役にぴったりですのね。ワタクシ感心いたしましたわ」


 チェリルは両手を叩くと本当に感心したのか、大仰にそう言い、なぜか「ナル」は一気に疲れてしまった。


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