探し物


 砂漠のど真ん中に光の球体が現れる。

 球は弾けるように四散し、残されたのは一人の男と金色の美女だった。


「つきましたわ。シランですわ」

「……砂漠?」

「場所を指定されませんでしたので、適当に移動しましたの」

「適当って……」


 金の精霊チェリルはその姿、口調に似合わない性格のようで、センミンは頭を抱えたくなった。


 命を救われ、契約をしてから、一週間。

 精霊の石と魔王について説明された。


 魔王は普通の人間だったらしい。

 妻を亡くした男の嘆きを哀れに思い、神が男に妻を生き返らせる方法を教えた。


 それは水金土火木の五つ精霊が宿る石を集め、失ったものの泉を出現させ、

 妻の魂と肉体をこの世界に戻すというものだった。


 男は妻を生き返らせるために 五つの街に散った石を探す旅に出かけた。

 しかし、火と水の精霊の力を得た男は自分を神同等の者だと勘違いをし、妻のことなど忘れ世界を脅かす魔王と化した。


 神はそのバルーの変わりように、おろかな生き物だと人間の世界を見放した。

 しかし残された精霊の一人、金の精霊は、人間を救うために人と契約を結び、魔王を倒すことを決めたらしい。


 それで、センミンを選んだ。

 だがなぜ己が選ばれたか、センミンは理解できなかった。

 だが、一週間も付き合い、彼女の性格を知るにつれて、適当だったのではないかと、思うようになっていた。


「……えーっと。それで、土の精霊の石はどこにあるんだ?」

「さあ、わかりませんわ」

「え? だって、シランにあるって言ったじゃないか」

「ええ。シランにあるのは確かですわ。でも気配を感じないのでわからないのです」

「気配を感じない?」

「ええ。契約をまだ交わしていないらしく、土はまだ人化していないようですわ」


 ほほほと、口元を押え上品に笑うチェリル。

 砂漠のど真ん中でどうすればいいのかと、センミンは途方にくれた。


 ★


 砂漠に徒歩で入るほど、「ナル」は馬鹿ではなかった。

 馬を調達し、前に進む。

 時折懐から羊皮紙を取り出し、目的の土の精霊の石の場所を確認する。


「なに?!」


 土の精霊の石の位置が動いていた。

 この地図は魔法で作られているらしく、石の近くの街に入ると、その街の地図になり、正確に石の位置を示した。

 だからシランの街にはいり、砂漠の中に眠っているとわかったのだ。

 しかし、砂漠に入って昼食をとった後に確認をすると、位置が変わっていた。

 変わっているならまだしも、動いているのだ。


「ど、どこだ?」


 石の位置はどんどん遠くなっていく。

 砂漠を出ようとしているようだった。


「誰かが持ち歩いているのか? まさか」


 嫌な予感でして、「ナル」は忌まわしい精霊の名をつぶやく。


「火の精霊はどこだ?」


 「ナル」の声に反応し、羊皮紙に世界全体の地図が広がる。

 位置はここから遠く、北のロウラン近くであった。

 そのことに安堵して、「ナル」は再度土の精霊の石の位置を確認する。

 砂漠を出たところで石の位置がぴたりと止まった。

 しばらく待ってみたが、動く様子はなかった。

 「ナル」は羊皮紙を懐に入れると、馬を走らせた。



 ★


「やっと、気がついたか」


 声と同時に「ナル」の視界に男の顔が入った。銀色の髪、海色の瞳、見たことがない顔だった。

 ナルは、状況が掴めず周りを見渡す。

 何処か森の中のようだった。木陰に敷物が轢かれ、そこに寝かされていた。

 砂漠の中にいたはずだと、記憶を探る。

 馬で急ぎ駆けていたら、前方に人が見えた。

 止まれなければと思ったが、その隣にいた存在に目を奪われた。

 金色の美しい女性、精霊だ。

 そう思い至って、馬への停止の合図が遅れ、慌てた「ナル」が手綱を引き、混乱した馬がバランスを崩した。


「……すみませんでした」


 なぜ森にいるのかはわからなかったが、自分の過ちだったと「ナル」は体を起こして、頭を下げる。


「いやいや。俺もぼおっとしていて。でも怪我もなくてよかったよ。それにしてもなんであんなところに一人で?女の子の一人旅はやめたほうがいいぜ」

「?!」


 「ナル」は反射的に自分の胸元を掴む。着衣に乱れはない。同じ服。

 しかし自分が女であることを知っているというならば、服を脱がせたということに違いがなかった。

 「ナル」は動いた。

 跳ね上がるように立ちあがり、青年に飛びかかる。青年は「ナル」の機敏な動きに驚きを見せたが、軽く微笑みを浮かべる。


「介抱してやったのに、それの態度はいただけないな!」


 青年は「ナル」が突き付けた小剣を素手で払うと、彼女の首を掴んで木の幹に叩きつけた。


「くっつ!」


 力の差が明らかだったが、「ナル」は手足を動かし抵抗する。


「センミン!」


 しかし、そう声が聞こえ青年の力が弱まる。その隙をついて「ナル」が逃げ出そうとするが、ふいに美女が現れ、動きを止めた。

 それは砂漠で見た金色の美女だった。


「チェリル。邪魔をするな。こういう礼儀作法を知らないお子様はしっかり教育しないといけないんだ」

「センミン。あなたが悪いのですわ。女の子ですわよ。体を見られたと思ったら、それは驚くと思いませんこと?」

「体なんか見てない! チェリル、誤解を招くことは言うな」

「ええ。見てはいませんでしたわね。触っていましたが」

「触って! 触ってなんかいない。移動するときに抱いただけだろうが!」


 痴話げんかのような様相に、「ナル」は自分の体が見られていたか、どうなのか、どうでもよくなってくる。

 二人の様子を見ていると、どうやらセンミンは悪い人間ではない。だから、彼が本当に自分には何もしていないこともわかった。

 永遠に続きそうなやり取りに、「ナル」は完全に置いてけぼりだ。 

 この間に逃げることもできたはずなのだが、「ナル」はチェリルに興味があり、二人のどうしようもない会話を聞き続ける。


「ああ、わかったよ。俺はどうせこんな人間だよ」

「そんなことございませんわ」


 チェリルが上から目線でそう言い放ち、痴話げんかはやっと終わったようだった。

 風景に溶け込み、同化しかかっていた「ナル」は、金色の美女が微笑みを向けたのに気がつき、姿勢を正す。

 二人の精霊を知っている「ナル」はその違いに驚きながら、彼女に向き合った。


「ご紹介が遅れましたね。ワタクシは金の精霊のチェリル。この青年はセンミン、ワタクシの契約主です。あなたから水と火の気配がします。お話を聞かせていただけませんか」


 知らない振りはできない。

 だが、すべてを話すつもりはなかった。

 アイルという名と共に、すべてを捨て去った。

 自分は魔王を倒すための旅をしている「ナル」だ。


「わかりました」


 自分のために死んでしまった、自分が殺してしまったような、優しい戦士ナル。

 彼のことを思い、「ナル」は拳を握り締めると頷いた。

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