第九話〜尾行!

 話はトントン拍子で進んでしまった。……どうでもいい事だが、トントン拍子ってなんでトントン拍子って言うのだろうか。一部の業界でトントンはプラスマイナス0みたいな意味もあるらしいが……。などと益体も無い事を考えなければやっていられない。


 土曜日、午後一時。最寄り駅から電車に乗って十五分ほどで行ける場所に大きなショッピングモールがあり、ゲームセンターやカラオケ、ダーツ、ビリヤード、映画館等を併設した娯楽フロアもある。誰かと遊ぶには持ってこいで、俺も中学時代にバンドメンバーとよく来た。とはいえ、小遣いも少なく常識も無く、体力と時間しか持ち合わせていなかった俺達の移動手段は自転車だったが。


 そんな場所に来ているのは勿論、神辺が持ち出した香海未と明園さんのデートが実現されたためで、参加出来ない俺は健気にストーカーをしているわけだ。


 何故だ。何故俺が美少女二人組を目前にして声を掛ける事すら出来ないでいる? しかも、さっきから何度もそれなりの美人を見つけているのに、ナンパも出来ないでいる。何故だ。


 答えは簡単。俺の他にもう一人、ストーカーが居るからだ。


 フードコートでお食事されている美女二人を監視するため、俺も軽食を買ってテーブルを探していたら、そいつと正面から目が合ってしまった。


「…………おい、なんで居るんだ……」


 スーツにシルクハットを被っていかにも紳士風な格好をしており、その堂々とした立ち姿からは本当に男なのではと思えるし、なんならそこらの男よりイケメンだし、長い黒髪も全て無くなっている。おそらくハットの中に隠しているのだろうが、そこまでしてなお、印象的なその鋭い瞳は隠せない。


「驚いた。私の変装がバレるとは」


 言いながら手に持っているトレンチを隣のテーブルに乗せたストーカーは神辺だった。


「目を隠すべきだったな。目が合っただけで死にたくなるほど怖いやつなんて、俺はお前以外に知らない」


 その言葉に、神辺は俺を鼻で笑う。


「だから貴様はサングラスなのか。それで変装のつもりか」


 言われて自分を省みると、反論の余地は無い。なにせ、香海未をストーカーするならと香海未に見せた事の無い服にしなければと思ったら俺の普段着ローテーションにそんなものは存在しておらず、夏にはまだ遠い今の季節には大分そぐわないが夏用に買ったアロハシャツを着ているのだ。これめっちゃ寒い。


 そしてこの服装。結構目立つ。ジーンズパンツになんかよく解らないアロハシャツ。そしてサングラス。髪は隠すものが無かったためいつもと違うオールバック。


「……ストーカー慣れしてない一般人はな、これくらいが限界なんだ」


 これが普通、ということにしなければ、神辺の性別すら越えた変装には敵わない。いや、俺これ最初から勝負になってないです……。


「それもそうか。貴様なら、美女の一人や二人、後をつけていそうだが」


「おいおい、俺を知ったかぶるな。俺はな、尾行なんてせずに声を掛ける」


「そうか。どのように?」


「どのように、だって? おいおい、全ての美女に有効な共通挨拶なんてあるわけないだろう。その時思った事を言うまでさ」


「なるほど。……明園の時のようにすぐさま求婚するわけではないのだな」


「あれは特例だ」


 いやほんと、実際は嘘だ。あれは空気上ジョークと解るからああしたのであって本心では無い。本心では結婚なんてしたくない。色んな女性と遊んでから結婚したい。


 神辺は話が一段落と踏んだからか、シルクハットを深く被り、目を隠した。


「眼に関しては善処しよう。いつまでも立っていては目立つぞ。貴様もそろそろ座れ」


 そう言って自分が使っているテーブルをトントンと叩く。この席に座れ、ということだろう。こいつは俺を監視したいし、俺もこいつのアクションは気にしなければならない。呉越同舟ごえつどうしゅうということか。


「俺達が揃ってるほうが目立つと思うがな」


 スーツにハットの紳士とアロハシャツのグラサン男という組み合わせは、どう見ても異質に過ぎる。


「…………確かにな。ならば仕方あるまい」


 そう言って、神辺は変装中にも関わらず、ハットを外した。中から隠れていた黒髪が出てくるが、それを一房に束ね、すぐさまスーツの中に仕舞う。そしてハットを俺に被せ、サングラスを俺から奪い取った。


「これで辺りに溶け込むだろう」


 確かに、さっきまでほアンバランスな二人組だったが、今は関係性を外から見ても解るようになった気がする。アロハシャツでハットを被るとなんか金持ち風になるだろ? んでグラサンのスーツと歩いててみ? SPに守られてるVIPという構図の完成だ。


「すごい目立つな」


 めっちゃ目立つ。かなりやばい。


 しかし、思えば別に、俺達の尾行は明園にはバレても良い。むしろ明園は俺が居る事を知っている。香海未にさえバレなければ良い。そして香海未は馬鹿の子だ。気付きはすまい。


「時に、貴様と明園の今の関係を聞いても構わないか?」


 軽食を進めながら、神辺はそんな事を聞いてきた。


「こないだ言っただろう。俺は、香海未の事が苦手な明園さんの緩衝材になってんだよ」


「そうだったな。では、貴様と戸乃上の関係は?」


「ただの幼馴染だ。……一応言っておくが、香海未は魔物じゃないぞ」


「知っているさ。私も戸乃上とは友じ……知人だからな」


 ……おい、今の訂正は辛い。辛いというか切なくなるからやめろ。こないだ明園さんが唱えた「香海未と神辺は友人じゃない説」が大分信憑性マシマシですよ?


「ただ、貴様も魔物だ。しかし神辺家の恩恵は受けていない。ならば誰から、どこから封印の支援を受けているのかと疑問を抱いてな」


「なんだよそれ。魔物は誰かの支援を受けなきゃ、生きていけないとでも言いたいのか」


「魔物の多くは人間と姿形が違い、自力で完璧に化けられる者は少ない。人の形にまでは成れても、外から魔力を吸収する部位はどうしても残る。その場合、封印しなければ色々とまずい」


「何がまずいんだよ」


「馬鹿か貴様は。獣の尻尾や耳の生えた人間が、それでも人と呼べるか」


「確かに人とは思えない可愛さかもしれないな」


眉目秀麗びもくしゅうれいを前提とするな。見た目が良くても、人ではなかろう」


 確かにそうだ。


「そして、そういった魔物特有の部位を残していれば、人間が呼吸をするのと同様に魔力も自動で補給されていく。身体に蓄積された魔力は魔物の性質を呼び覚ます。そうなれば、魔物はもう人のフリは出来ない」


 その言葉には覚えがあった。抑えきれない、吸血鬼の本能。明園さんの吸血だ。


「その魔物の性質ってのは、抑える事が出来ないのか? 封印以外に、なにか上手いやり方というか、そういうの」


「無い。魔力というのは、使い時を選べる腕力や知力と同じ部類には無い。視力や聴力のように、ただ生きているだけで発生するものに分類されている。つまり、視力を無くすには目を潰すように、聴力を奪うには耳を塞ぐように、魔力による効果を抑えたいのなら、魔力を吸収している部位を封印しなければならない」


 話を聞いて、内心では焦りが爆発しかけていた。明園さんには気安く協力すると言ったというのに、本当に、想像を絶する難題だ。


「……その封印ってのについて、お前はどう思ってるんだ」


「お前と呼ぶな」


「今そこかよ……。じゃあおま……神辺も、貴様とか呼ぶなよ」


「そうか、失念していた。名前は小文字こもじだったか?」


「そんな英語の授業でしか聞く機会の無い不思議な日本語みたいな名前じゃねぇよ。大文字だいもんじだ」


「すまんな、器が小さそうだから、名前も小さいのだと思っていた」


「器が小さくても女性のストライクゾーンは大きいから問題無い。……それで、神辺は封印について、どう思ってるんだ」


「答える義理は……まぁ、あるということにしよう。神辺家は現在祖父が当主となっているご、私の父と母が封印の最中に命を落とした事が引き金となり、特例以外に魔物の封印はしない方針を取っている」


「な……っ」


「神辺家に同情ならば不要だぞ。この方針に従い、既にいくつかの魔物の家系を殺害している。恨まれはすれど、憐れまれて良い存在ではない」


「…………」


 言葉を失ってしまった。この一文で、色んな嫌なことを聞いてしまった。


 神辺家の方針については、俺が殺されかけた時点で察しはついていたし、だからこそ明園の正体は伏せた。しかし、神辺の親のことと、既に殺された魔物が居るという事実を突きつけられた事が、心臓に木の棒を括り付けたかのような違和感を押し込んできた。


「神辺家はこの辺りの魔物狩りを生業とする者達を束ね、管理している。その管理下にある者達は、原則的に、人に害を成す魔物は殺害せよという方針に従っている」


「じゃ、じゃあ、封印が必要な魔物はどうしたら良い。えっと……例えば俺が、封印を必要としたら」


「神辺家の息が掛かっていない者か、封印の力はあるがそれを生業としていない者を見つける他に無い」


「…………」


 胸の違和感のせいか、血が全身に行き渡っていないような感覚のせいで力が入らなくなり、両手がテーブルから落ちて、情けなく腰元でぶら下がる。


 退魔師を見つけるだけではダメ。神辺の息が掛かっているかも確認しなければならない。そんなの不可能だ。


 どれだけ時間がある? 明園さんはいつまで我慢出来る?


「…………」


 そういえば。


 酸欠で視界が悪くなっていたところに、微かな巧妙が見えた気がした。


「さっき神辺は、特例以外に魔物の封印はしない、と言ったな。その特例ってのはなんなんだ」


「うむ。──使い魔になる事だ」


「……使い魔……?」


 聴き心地は、あまりよくない響きだ。


 神辺はあっさりと「そうだ」と頷いて、こう続けた。


「祖父は既に何人か従えているが──時に同族さえ殺す程度には絶対服従の下僕げぼくになるのであれば、封印の手伝いをし、生かしてやるということだ」


「っ……! ふざけ……っ!!」


 立ち上がり、叫ぼうとしたところで、胸倉を掴まれた。本来なら持ち上げるために掴むはずが、今回は俺が立たないよう、押さえつけられている。


「魔物の貴様には残念だが、この封印と呼ばれる物の原型が誕生した時から、魔物と退魔師の優劣は圧倒的なものとなった。魔物の話がどれも昔話なのはそういうことだ。そして退魔師も優しく穏やかで聡明な者ばかりでは無い。封印よりも殺害のほうがラクで安全で確実だと解っている以上、殺害を良しとする者が多数派をしめるのは必然と言えよう」


 冷静になどなれない。なれないが、納得してしまっている自分も居る。そりゃ俺だって、可愛くて簡単で確実で後腐れ無く遊べる女と、ブスで気難しくてメンヘラで後々絶対めんどくさい事になる女なら、間違いなく後腐れ無い美女を選ぶ。当たり前の事だ。


 でも。


「……魔物をなんだと思ってるんだよ……」


 ブスなら、ブスであろうと化粧やダイエットやトーク力や家事スキルやらを磨けば、可愛いだけの女よりも良い女になれる事だって多々ある。美女好きの俺ですら、全然可愛くなかったのに立ち振る舞いや性格に惚れた瞬間可愛く見えてくるって事もあるのに。


 なのに、魔物は魔物というだけで、何をしようと殺されるか、奴隷となるかしか無いのか。救いは無いのか。


 いや、そうか。そういえばそうだ。俺の父さんと母さんは、さすらいの退魔師に封印してもらったというような言い方をしていた。


 救いはあるのだ。


 多分、魔物は殺しとけとでも言いたげな退魔師の風潮に否を唱えた退魔師が、困ってる魔物に封印を施すため、さすらっていたのだ。その人だけかもしれない。他にも居るかもしれない。でも、なんにせよ、そういう救いはあるはずなんだ。


「戸乃上質が席を立った。私達も片付けをして、尾行するぞ」


 神辺に言われて、そうだ、大事な尾行中だったのだと思い出す。でも、果たしてこの尾行に意味なんてあるのだろうか。


「……ああ」


 なんとか返事をして、神辺の後に続く。あれもこれも、明園さんを救うためにしていること。でもその救いは、明園さんの父、明園ヴォルフマンが、それこそ交通事故を起こしてしまうほど血眼になっても見つけられないような、そういう、奇跡的な確率の救いだ。


 これをなんとかなんて、出来るのか。


「やはり馬鹿だな、貴様は」


「……? なにがだよ」


 前を行く神辺に言われて、なんだいきなり、と、怒る事もボケる事も出来なかった。顔だけ振り向いた神辺は、冷めた目で俺を見ながらこう答える。


「目は口ほどにモノを言う、とはよく聞く表現だが、貴様はあまりにも、多くを語りすぎている」


 それだけ言って、香海未達の尾行を再開する神辺。


 結局、何が言いたいのかは、俺には解らなかった。

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