第八話〜これから
吸血鬼の習性であり最大欲求たる吸血欲。吸血鬼としての封印が解けてしまいそうな明園さんは、その欲求に抗えずに、しかし人の血は吸わまいと、辛うじて動物のそれだけで堪えた。だが、欲求は日々強まり、いつ人の血を──香海未の血を吸ってしまうか解らない。
美少女が美少女に危害を加える、なんて、美少女ファンの俺からすればなんとしてでも防がなければならない事態だ。だから手を貸す事にした。時間を稼ぎ、解決策を探るのだ。
とは言ったものの。
──これがまっっっったく何も思いつかないのだから情けない限りである。いや、そんなの当たり前だろ、俺オークだよ? 格上も格上、馬のウンコに下敷きにされたコンクリートと月ばりに格が違う魔物の事なんて、理解出来るはずが無い。
俺の両親は、父がオークで母は普通の人間だと知らされている。それはもう凄い性欲だったと聞かされている。お互いやばかったから口外しないようにと言い含められている。子供になんて話をしているんだ俺の親は。てか母さん……。
そういうわけでうちの両親はどちらかと言わずとも馬鹿だ。魔物の専門的な話は期待出来ない。
昨晩、つまり明園と遭遇した後の夜、二人に封印についての話を聞いた。すると二人は不自然に動きを止め、青ざめた。
その変化に俺は戸惑ったものの、両親は声を揃えてこう言ったのだ。
『…………封印というのはな…………痛いんだ』
……知ってるよ……。
まぁ所詮はたかだかオークの家系。魔物の中でも下級も下級。その封印の際に協力してくれた退魔師はどうしたかと尋ねたところ、たまたま運良くさすらいの退魔師と出会い、俺と父さんの封印を施してくれたとか。つまり、今は連絡が取れないということだ。
では、退魔師に頼らない方針は無いのかと明園さんにも確認してある。
流れはおよそこうだ。
「ところで、明園さんは父親も魔物のはずだろう? 何か良い案は持っていないのか?」
その問いに、明園さんはタオルで口元の返り血を拭いながら首を横に振った。
「持っていたら、交通事故を起こして車を駄目にしてしまうほど血眼になって、退魔師を探したりはしませんわ」
「……交通事故?」
「ええ。実は、最近この街で、魔物が次々と襲われ、致命傷を受けていると噂を聞いたお父様が、その犯人は退魔師で間違いないと決め付けて、探しておりましたの。そしたら探す事ばかりに気を取られ……お恥ずかしい話ですが、人を轢いてしまったらしく。幸い軽傷者が出た程度だったようですが、お父様の日々の焦りようから察するに、他に解決策は無いようです」
どこかで聞いた事ある話だなー、似たような話ってどこにでもあるもんだなー、と思っていたが、いや、これ普通に俺が遭遇した話だった。
しかし、成程、そういう経緯だったのか。明園……えっと、明園ヴォルフマンさんは、自身と娘の封印を施してくれると信じ、魔物が襲われていることを承知で、むしろ望んで退魔師を探し、昨晩、俺と遭遇した。その帰りに、俺は神辺に襲われた。出来すぎな偶然と言えばそうだが、噛み合うべくして噛み合ったとも思える。
「吸血鬼の力を使えば、なんでも出来そうな気はするんだがな」
吸血鬼のなんたるかは知らないが、なんとなく、吸血鬼=最強みたいな印象がある。光源の無い山中で、ナイトウォーカーたる吸血鬼故か輝いて見える明園さんは、薄く苦笑した。
「私も、幼い内に封印されたので、吸血鬼が何をどこまで出来るのか、本当のところは知りませんわ。お父様が言うには、『大丈夫だ。苦労するかもしれないが、乗り越えられないものでは、きっと無い』と。……あまり良い力では無いようです」
「そうか……」
説明を求めたらはぐらかされて励まされた、というのなら、間違いなく、良い事では無い。その大丈夫という言葉は、女の子へ夜の八時くらいに送ったLINEが翌朝『ごめん寝てた』と帰ってくるのと同じくらいの確率で嘘だろう。漁師でも無い最近の若人がそんな時間に寝るわけがない。
ちなみにあれは、嘘が嘘として通じると思って吐かれる嘘では無い。大半が『察してね』というやつだ。俺がそうだった。間違いない。もしかしたら間違えてるのは俺かもしれない。
山の木々が怪しげに揺れて、既に辺りが暗い事に気付く。特に寒くはないものの、夜の山中というのはそこはかとなく怖く、そしてエロい。もし俺が不埒者ならここで明園さんに襲い掛かるだろう。そして返り討ちにされ殺される。やっぱり夜の山中って怖い。
「そろそろ下山しよう」
「……ええ」
明園さんのデザートの後片付けを済ませて、続きは歩きながら話した。
「封印は、魔物の種によって期間が変わるそうです。吸血鬼の場合、牙を媒介にして外の魔力を掻き集める機能もありますので、まず牙を折り、それから魔力回路と呼ばれるものを閉ざすのですわ。吸血鬼の場合──平均約二十年に一度が目安のようです」
魔力回路を閉ざす、という言葉に、耳にぞわりとした感覚が走った。それから、ならオークはどれくらいの期間が目安なのだろうという疑問と、そういえば、俺には封印された記憶が無い事を思い出す。
「それって、やっぱり全身の神経回路を閉ざすのか?」
「ええ、勿論ですわ」
当たり前のように明園さんは言うが、冗談じゃない。耳だけであんなに痛かったのに、あれを全身にだなんて、正気でいれるはずが無い。
「それって、その……大丈夫なのか……?」
「と言いますと?」
ぼかし過ぎて通じなかったらしいが、俺の経験談を混じえると恥を晒す事に直結するため、あたかも未経験かのように尋ねる事にした。
「ほら、そういうのって、痛いんじゃないのか。それで、平気なのかって」
「……仕方ありませんわ」
明園さんは言いにくそうに俯いて、ゆっくりと続きを紡ぐ。
「とても痛かった記憶があります。でも、あまり覚えていませんの。痛みによって途中で理性を失い、魔力回路を閉ざされまいとする吸血鬼の本能が暴れ出し、結界や鎖を引きちぎり、抑え付けようとする協力者達と戦闘し、その間、封印を掛けている退魔師の方は、封印に集中するため殆ど無防備となります。全員が命懸けなのです。それを……自分が辛いからなどという理由で、逃げ出すんけにはいきませんわ」
聞いただけでおぞましい話だ。吸血鬼だからそこまで大袈裟なのだと信じたいが、ともかく、容易く口にした割には難しい約束をしてしまったものだと、やり場に困った視線を逃がすため暗い空を見た。とはいえ、暗すぎてどこが木の影でどこが夜空なのかも解らないが。
ともかく、これをなんとかしなければならない。封印というものを施してくれそうな人間を探して頭を下げるにしたって心当たりが無い。いや、心当たりはあるのだが、外れ臭もプンプンしてるからとにかくヤバい。
そもそも、やつは俺を殺そうとしたのだ。命を賭して明園さんを助けてくれるとは思えない。
「その……なんだ、すごいな、明園は」
言動というか、心得ている事というか、吸血鬼という種に恥じない振る舞いを心掛けている事に敬意をおぼえて素直に言った。しかし明園さんは立ち止まり、俯いた。
「褒められる事など何もありません。……事実、私は自分を抑える事が出来ていないので」
「……そうか」
この言葉には、具体的な返答はすべきでは無いと思って、曖昧で便利な言葉を使った。
「どうしたら良いのでしょう……」
そのせいか、明園さんの弱音は続く。それでも俺は、これに返答をすべきでは無い。これから探すべきもので、行動で示さなければならないものだ。ここに言葉は要らない。ただ真っ直ぐ明園さんを見つめて、彼女が顔を上げて目が合ったから、柔らかく微笑む。
俺の言葉は軽い。言動の動機が浅はかなんだから、重みなんて伴うわけが無いんだ。だから言葉に価値は無い。俺の言葉に価値が宿るのは、女の子を笑顔に出来た時だけだ。
「冷えてきたから、帰ろう。今日は休んだほうが良い」
喋れば喋るほど、言葉は安くもなる。大安売りしてるから、一行一円もしない。
「……そうですわね」
歩き出す明園さん。俺は彼女の斜め前を歩く。獣道に入らなければどこにも出られない場所だったから、俺が草を踏み締めて道を作る。
こうやって紳士的に振舞って、ああ、美少女の役に立っている、と思うと、それだけで幸せな気分になれるんだから、本当に、美少女ってのは凄いもんだ。
──つまり解ったのは俺が美少女大好きってことだけなんだから進展なんてあるはずが無い。
「翔ちゃん、昨日けっきょくどうしたの?」
通学路の道すがら、後ろ手を組んだまま俺の顔を覗き込んでくる香海未。その姿勢とても可愛いですと思ったら、そういえばこのポージングはよくグラビアでも見掛ける。道理で、健全なのにエロい。
「どうもしてないぞ。実は女の子と会う約束をしてたんだが、待っても待っても全然来なくてな……」
「ほぇー。すっぽかされた系?」
「いや、サクラだった」
「出会い系だ!?」
なんかボケよりもツッコミのほうが上手い事言った風でちょっと悔しい。
「それより、そっちはどうだったんだ。バンドの話し合いは」
聞くと、香海未は指を唇に当て、思い出すように視線を上に向ける。
「なんか、方針? みたいなの話してたよ。ビートルは何匹、みたいな話」
「昆虫の話は多分していない。8ビートか16ビートかみたいな話だろ」
曲によって変わるんだろうが、簡単に言うと遅い曲か早い曲か。楽譜の一マスにいくつ音符をぶち込むか、だ。
「そーそー。それで、アトム・スティッチで静かにするか、ドライブするゴリラか!」
「アコースティックでバラードにするかドライブをゴリゴリかけたロックか、かな……」
なんも話し通じてないぞ、大丈夫かよこいつ……。いや、むしろ初心者に通じてないのにバンバン話しを進める神辺の方に問題があるのか……。
「やっぱり最初はコピーだろうな。ボーカルが女の子のロックバンドで、適当に良さそうなのを探そう」
最近の流れだとSHISHAMOとかSilent Siren辺りが良さそうだ。香海未の声の雰囲気にも合う。少し流行りには逆らうが、俺としてはチャットモンチーも捨て難い。とはいえ、あれはドラムが結構難しい。ドラム不在の現状では、少し手が届かない。
「香海未もギターをするなら、SCANDALなんかが入門としては良いかもな……中学の時やってるバンドあったし……」
学生のバンドと言えば、披露の場は学園祭かライブハウスでの対バンだ。対バンとは複数のバンドが集まってひとつのライブを執り行うイベントだ。ファンと言える存在が居ないバンドに集客は難しいが、ライブハウスを借りるのはかなり高い。だから皆でシェアしようぜ、という感じだったりするのが多い。
「まぁでも、メンバーが集まらない限りは方針も決められないんじゃないか?」
「んー、それがね、ちーちゃん的には、方針を決めないとメンバーも集まらないのでは、だって!」
一理ある。何をやるかも解らないバンドには、入りたくても入れないもんだ。
「で、そのメンバーだが、ドラムはどうなってるんだ?」
「ナンパ中!」
「え、俺も香海未にナンパされたい」
「あいらぶゆー?」
「あぁ、もう死んでいい……」
疑問符付いてたけど。
「生きて! 大事なベーシスト、生きて!」
香海未のベーシストであればこんな心配のされ方をするなら、俺はバンドが始まらなくてもベーシストやる!
「でも、ドラムの子はちょっと時間掛かるかも?」
「確かに、ドラムらやってる人間が少ないからな」
対バンをやってて面白いと思ったのは、ドラムがいくつかのバンドを兼ねている率だ。何股もかけてるチャラ男みたいだった。
あと、ベーシストには三種類居る。純粋にベースが好きなベーシスト。楽器初心者で簡単だからとベースにしたベーシスト。あとは、本当はギターも出来るが人が居ないからベースをやってる何でも屋だ。ギターが出来ると、結構簡単にある程度のベースは出来るらしい。ベースしか出来ない俺には解らない話だ。
ギターは人気だし、一人でも遊べるから人口は多い。対してベースは一人じゃつまらない。家で音を鳴らしても、なんの曲か解らないし、地味なんだ。心臓を揺らせる音量で他の楽器──せめてドラムと合わせて、初めて音楽と言える物になる。だからベーシストは少ない。しかし少ない割に変態が多いと言われている、不遇なポジションだ。
それをさらに上回って少ないのがドラム。一人でやってる人間なんてそうは居ないし、一人でやってる人間は部屋に引きこもってネットで遊んでたりする。ベースより変態じゃねぇか、とベーシスト的には思うんだが、重宝されるからか、変な言われ方はあまり聞かない。バンド差別よくない。
「んー、ドラムやってるっていうか、やったら上達早そう! って子に声掛けてる! ……でもちょっと時間かかりそう」
「なるほど。まぁ、ドラムに関しちゃ出来るやつ探すよりかそっちのほうが簡単だわな」
そう言えるくらいに少ない。それか、俺が知り合いのバンドマンに声掛けるのも有りだが、これは香海未のバンド。香海未が助けてと言わない限り、俺は手を出さずに見守るだけだ。
「まぁ、なるようになるか……」
と、呟いたところで、
「あ、あーちゃん!!」
「え」
なるようにはならなそうな人の姿が前方に見えた。明園陽華。昨日俺がやたらかっこつけて「君は俺が守る」と言った相手だ。いや、言ってないけど。
「待て、香海未、昨日の今日でまた声を掛けるのは」
「あーーーーーーちゃーーーーーーん!!」
「こいつはイノシシかなんかなの!?」
止まれないの!? 見つけるや否や全力疾走したけど!!
ほんと、バンドも吸血鬼との約束も、幸先があまりに不透明過ぎる。
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