第6話:拳闘士

 有り得ない。

 こんなこと、有り得るはずがない。


 目の前で1人、また1人と屠られていく仲間の断末魔がこだまする。


 ミルゲは頭を抱えて後ずさった。こんなこと、予想できるはずがない。今日一緒に連れて来た連中は、いずれ序次級に昇格することが確実視されているホープたちだ。つまり、普通のプレイヤーでは束になっても敵わない実力を有しているということ。


 その若獅子達が、まるで歯が立たない。

 こんなちんちくりんの、坊主頭1人に。その上、武器は拳に装備した拳鍔ナックルダスターだけだ。


 拳闘士風情に、騎士が敗れるなど――


「オオオオオオオ」


 残った2人が、坊主頭を両側から攻め立てる。息もつかせぬ剣戟はしかし、「ゴウ」と呼ばれるプレイヤーには掠りもしない。


「その実力で、良く俺に突っかかってきたもんだ」


 「ゴウ」は涼しい顔で溜息をつくと、鋭い目線を攻め来る2人に浴びせかけた。声を上げる間もなく、2人は突如見えない棍棒で殴られたように吹き飛ばされる。


 あれだ。

 あの力は何なのだ。このTCKに魔術はあれど、あんな念動力サイコキネシスのような能力は存在しないはず。少なくとも、今までプレイしてきて目にしたのも耳にしたのもこれが初めてだ。


「ミルゲさん!大丈夫です、何ともありません。妙な力には違いないですが、ダメージは入ってないです」


 近くに飛ばされてきた1人が、立ち上がりながら叫んだ。


「ただ吹き飛ばされるだけなら、勝機はあります。一斉に攻撃すれば、あの妙な力をかいくぐれるかもしれません」


 本当にそうか。そもそも、あの力の効果はどのようなものなのだろう。念動力サイコキネシスのように自由自在に物体を操ることができるのか、はたまたただ「吹き飛ばす」ことしかできないのか。範囲攻撃なのか、個別にターゲットを指定しないと発動できない類のものなのか。

 

 1つだけ言えることは、今こうして坊主頭を観察していても、答えは見つからないということだ。


「よし、俺も魔術を解放する。お前らは両脇から挟み込め」

「了解しました!」


 ミルゲは剣を構えると、ふてぶてしい表情の「ゴウ」を睨みつけた。


 負けるわけにはいかない。

 俺はミルゲ。TCK最大のギルド「鳳凰騎士団」の第13序次騎士。


 こいつらとは違う――選ばれたプレイヤーなのだから。


******


「……本当ですか?」

「ああ、勿論全部返してやる。ただし、信憑性のある話じゃなけりゃ駄目だ」

「でも、噂話だから証拠も何も」

「ずべこべ能書き垂れてる暇あったら、早く話した方が良い。いつ何時、気が変わらないとも限らねぇからな」


 まるで夢でも見ているようだ。

 あれほど高慢だったミルゲが敬語を使っている。それも、ちんちくりんの坊主頭相手に。


 結局、ミルゲを含む5人の鳳凰騎士団員は、豪に指一つ触れることもできないままに敗北した。観戦していた限りでは、ミルゲ以外の連中も、金に物を言わせた黄金装備に凄まじい剣技と十人前の力を発揮していたが、豪の前にはそれも無意味だった。

 結局、能力を使ったと分かったのは最初の数回だけだった。どうやらモノを「吹き飛ばす」力らしいが、それ以上のことは分からない。


 50%ルールならいざ知らず、デスマッチの場合、敗北した方にはペナルティが課せられる。ミルゲ達も例に漏れず、経験値やアイテム消失の憂き目にあったようだった。その上手持ちの金の大半をベットしていたらしく、決闘終了後の彼らの憔悴ぶりには、流石の僕も心が痛んだ。まさか5対1で負けるとは露ほども思わなかっただろう。


「わ、分かりました!話しますから」


 ミルゲの取り巻きの内1人が、慌てて口を開いた。


「最近、プレイ中に突然意識が途切れるバグの噂を時々聞きます」

「詳しく話せ」

「私も聞いた話なので、本当かどうかは分かりませんが……突然意識が途切れ、何事もなかったかのように目覚めるそうです。意識がない間の記憶はなく、中には経験したのに気づいていないやつもいるとか。その上、そのバグは1人だけじゃなく、一定数の集団にまとめて発現するらしいですよ」

「その話は知っている。実際に体験したやつは知らんのか」

「それはちょっと。私に話したやつも又聞きだったらしくて。ただ、意識が途切れる前に老人のような人影を見た、って話もあります」

「何じゃそりゃ。完全にオカルトじゃねぇか。俺はそんな話が聞きたいわけじゃねぇんだよ」


 苛立つ豪を見かねて、ミルゲが横から口を出す。


「信憑性ならあります!実は俺の知り合いにリースブレイン社の人間がいるんですが、このバグのことは運営側も認識していると聞いています。

 ……どうです。これは一部の人間しか知らない秘密ですよ。信憑性も高いし、そろそろ金を返してもらえませんか」


 卑しく眦を下げるミルゲに、豪は微笑んだ。


「駄目だ」

「な、なんで」

「俺が欲しい情報じゃないかったから。例えばそう、隣街でプレイヤーが突然行方を眩ませたって話、知ってるか」

「ああ、それなら」


 取り巻きの1人が安堵したように話し出す。


「その話なら聞いてます。ただ行方をくらましたんじゃなくて、ほんとに前触れなく消えたんですよ。前日までまるでそんなそんな素振り見せなかったのに。それにしても、消えたプレイヤーも妙なやつでしたよ。TCKにいるのにレベル上げもせず、ただ毎日過ごしてるっていうか……」

「……獅子旗」

「え?」

「いや、何でもない。おら、これ返すぞ」


 豪はウインドウを展開して操作を終えると、振り返ることなく店を後にした。僕と茜も顔を見合わせ彼の後を追う。


「あの、豪さんは何聞いてたんですかね」


 僕の疑問に、茜は少し眉をしかめた。


「“エムワン”絡みの事件がないか聞き込みしてるのよ」

「でも、獅子旗って」

「その話は、私からはできないわ。気になるなら直接豪君に聞くんですね」

「う、分かりましたよ」


 つい今しがた険悪な雰囲気になったばかりなのに、そんな琴線に触れかねない質問はしたくない。だが何故だか、胸の内から湧き起こる興味を抑えつけることができなかった。やめるべきだ、という心の声がこだまのように頭に響く。


「さて、色々あったが……とりあえず、隣街へ急ぐぞ」

「あの……」

「何だよ」

「……獅子旗って誰なんですか?僕たち、“エムワン”を探してるんじゃないんですか」


 恐る恐る聞いてみたが、豪は振り返らなかった。黙ったまま、ずんずん道を進んでいく。

 それが僕に腹を立てているからなのか、ただ答えたくない質問だったからなのかは分からなかった。

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