フリーターでも現実世界に戻りたい～チートを使うにゃ努力も必要～

第2章：城塞都市「ナラキア」編

第1話：坊主頭と麻袋

何故、こんなことになったのだろう。

嗚呼、嫌だ。ここから暫くこの男と寝食を共にし、万が一には命を預けねばならないなんて。

脇を歩く豪を盗み見ると、彼も全く同じことを考えていたらしい。眉間に彫刻刀を突き立てたような深い皺を刻み、豪はすごんだ。

「何見てんだよ、新入り」

「僕は丈嗣です。『新入り』はやめて下さい」

というか、そもそもどうしてこの男に敬語を使っているのか。外見だけ見れば、僕の方が間違いなく年嵩のはずなのだが。

「……ふ、ふたりとも、あんまり、けけ、けんかはしないように、なかよく、いきましょう」

後を付いてくる茜がそろりと口を出したが、豪はけんもほろろだ。僕にしても、思わずつっけんどんな態度を取ってしまう。

布施さん、ごめん。君が悪いわけじゃないんだ。全て、この横にいる、卵のような頭をしたチンピラ男が悪いんだ。

そう胸の中で詫びたが、茜に届いているはずもなく、彼女はがっくりと肩を落とす。

こんな調子で、果たして城塞都市とやらに辿り着けるのか――。

居心地の悪さと不安に顔をしかめながら、僕たち一行は、遥か彼方に見える城に向かって、一歩ずつ地を踏みしめて行くのだった。

******

“エムワン”は城塞都市「ナラキア」にいる。

各地での情報収集の結果、そう結論付けた流王の行動は迅速だった。すぐさまメンバーを招集すると、彼はまず、全員を大きく2つのグループに分けた。

1つ目のグループは、直ちに「ナラキア」入りしてより詳細な情報を収集する部隊。

2つ目のグループは、そもそも「ナラキア」に辿り着いたことがない新米部隊――つまり、僕と茜のことだ。

「それじゃ、俺たちは一足先に『ナラキア』入りしてるから、君らも可及的速やかに追いつくように」

「じゃあな、丈嗣。あんたはまず、ゲーム攻略から頑張りたまえ」

「阿羅……お前ぇ」

一条や柊姉妹、路唯が続々とファストトラベルしていく中、流王はやおら豪の肩をぽんと叩いた。

「……何です」

不満げに口を尖らせる豪に、流王は無邪気に微笑みかける。

「豪君は、こっちじゃないよ」

「え？」

「茜ちゃんと丈嗣君だけじゃ、道中が心配だろう？」

「冗談、ですよね」

綺麗に刈り込まれた額に、葉脈のような青筋が浮かぶ。豪の発する禍々しいオーラに、茜と僕は悲鳴を上げそうになる。

僕にしても、豪と旅程を共にするなど絶対に御免だ。宇羅……いや、阿羅でも、一条さんでも良い。彼らの姿を探したが、既にファストトラベルを終え、影も形も残っていない。

流王は眉一つ動かさず、もう一度豪の肩に手を置いた。

「頼むよ」

「嫌です」

「お願いだ」

「駄目です」

途端に、流王の端正な眉根が吊り上がった。相変わらず口元には笑みが浮かんでいるが、顔の上半分だけ見れば般若のそれだ。

茜と僕は、再び悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えた。

「やってくれるな、豪君」

「……チッ、分かりましたよ」

流王の剣幕に、流石の豪もたじたじ、といったところか。

しかし流王がファストトラベルするや否や、豪の口からは、彼に対する罵詈雑言が飛び出した。机を蹴り上げ、椅子を引き倒し、壁を殴りつけ、地団駄を踏んで、彼は内に溜まった鬱憤をすっかり吐き出しきってから、気怠げな視線をこちらに寄越した。

「んじゃ、とっとと行くぞ」

部屋の隅で震えていた僕たち2人は、ただ黙って頷くより他になかった。

******

道中は思っていたより平穏だった。

てっきり「始まりの魔窟」の時のように、魔物がわんさか待ち構えているのかと気を引き締めていた僕は、少々面食らっていた。

「意外に、魔物出てこないですね」

「ここは市街地を結ぶ道だから。行商人のNPCも通るし、運営側もそう沢山魔物を出すわけにもいかないんでしょう。そんなに闘いたいなら、脇道へでも入ってみたら？」

「僕がそんな戦闘狂に見えますか。ところで、その大きな袋は何なんです？さっきからずっと気になってたんですけど」

僕は茜が担いでいる巨大な麻袋を指さした。小学生ならすっぽりと中に入ってしまうのではないかというくらい大きく、口の部分は紐できつく縛ってある。

「ああ！これは――内緒です！」

茜は悪戯っぽく笑うと、鼻歌まじりにスキップをしている。

初めて会った時には取っつきにくい人だと思ったが、打ち解ければ何のことはない。冗談も言えば、気分が良ければスキップもする、どこにでもいる女の子だ。

それに比べて、後ろから歩いてくるあの男はどうだ。

そっと背後を盗み見ると、豪は退屈そうに欠伸をしながら、だらだらと足を引きずっている。ふと前を向いた彼と目が合いそうになり、僕は急いで目を逸らした。

歳の頃は、高校生くらいだろうか。少なくとも、成人はしていない。突っ張ってはいても、顔つきにはどこか幼さが残っている。身体も一般男性と比して大きい方ではない。170センチもないのではなかろうか。

それでも、こと戦闘にかけては、流王や他の皆からは一目置かれているようだった。一体、どんな力を使うのだろう。

これといって武器を仕込んでいるようには見えないが……。

暫く歩き続けると、やがて巨大な関所のような建物が見えてきた。石造りの壁が横へ横へとどこまでも続き、道の中央には巨大なアーチ状の門が見える。どうやら、この門をくぐってしかこの先には進めないようになっているらしい。

通行税でも取られるのだろうかと首を傾げる僕の脇を、坊主頭が悠々と通り過ぎていく。

「んじゃ、俺は先に行ってるから」

そう残して歩き去ろうとする豪を、僕は引き留めた。

「待って下さい。いきなり何ですか。僕たちも行きますよ」

「ああ？お前らは来れねぇよ」

「どういうことです」

豪はあからさまに首を振ると、声音に呆れを滲ませた。

「新入り、一応俺たちはゲームやってるんだぜ？ちょっとは考えろよ」

カチンとくる物言いだったが、茜が間に割って入ったので、何とか自分を押し殺す。

「エリアボス、だよね。この先にいる魔物を倒さないと、ここから先へは行けないってことでしょ」

「そう。俺はもうとっくにクリアしてっから、ここはスルーパスだ。悪いがちんたらしてたら置いてくから、そのつもりでな」

「手伝ってくれないんですか。共闘であれば、一緒にボスのフィールドに入れるでしょう」

僕の提案に、豪は宇宙人でも見るような目つきになった。

「何言ってんだよ。俺が入ったらますます勝てなくなるじゃねぇか」

「共闘する場合、エリアボスには『補正』がかかるんです。共闘するメンバーが強いと、その分エリアボスも強化されるの。豪君は私たちに比べるとかなり高レベルだから、ボスも物凄く強くなるわ」

「でも、僕らにはレベルもステータスも関係ないじゃないですか」

「実態として反映されなくても、数値だけ見ればレベルが上がってることになってんだよ。俺たちだって例外じゃねぇんだ。そんなことも知らんのか、お前」

本当に実力者なのかは知らないが、少なくとも口の悪さにかけては折り紙つきだということは分かった。

ここで反論しても詮無きこと。子供相手はしていられないんだ。そう自分を騙し騙ししていないと、僕の薄っぺらな堪忍袋の緒は、近い内に必ず弾け飛んでしまう。

「分かりましたよ。それなら、ここは僕たちだけで充分です。行こう、布施さん」

「吉田さんも、もっと大人な対応をして下さい」

「……僕は子どもだ」

25歳が未成年の国が、一体どこにある。TCKでも、お酒と煙草は20歳からだろう。

茜は目をぱちくりさせたが、すぐにクスリと小さく笑った。彼女の笑みに、何故だかホッとしている自分がいる。

茜と2人、アーチ状の門の前に立つ。扉などないはずなのに、なるほど、向こう側の景色はすりガラスを通すようにぼやけて見通せない。

自信がないわけではなかったが、ローブの裾を掴む手に力が入る。

キュクロプスの血走った目が脳裏に浮かぶ。

大砲のように打ち出された鉄槌の唸り声が。

軽々と身体を吹き飛ばされた絶望が。

生々しいべとついた汗となって、ナメクジのように皮膚の上を這いまわる。

エリアボスというからには、ライプラスのようにはいかないのだろう。

じわりと湧き出した恐怖心が、徐々に身体を鉛のように固く、重たく飲み込んでいく。

自分の道は、自分で拓かなくてはな。

心の中で、独り唱える。彼の言葉に縋るのではない。彼の言葉を支えに、僕は前へと進むのだ。

大丈夫だ。この剣と盾、それに僕の力があれば。

それに今回は、茜だって共に闘ってくれる。

そう、あの茜だって――。

……そういえば、大切なことを聞きそびれていた。

「布施さん、君の力って一体」

「それは、入ってからのお楽しみです！」

僕の反論を待たずして、彼女は水溜まりを跳び越すように気軽に、門の向こう側へと足を踏み入れた。

右手に麻袋、左手には勿論、僕のローブの裾をきっちりと掴まえたまま。