第13話:歓迎の宴

「良かった~心配したんだよぉ」


「始まりの魔窟」を出ると、宇羅が眦を下げて駆け寄ってきた。

もしや、抱きついてくるのか――口元を緩ませたのも束の間、爽やかなハイタッチに、僕のさもしい欲望は粉微塵に打ち砕かれる。


「何とかなったよ」

「あんだけやれるなら、最初からビービー言うなっての」


木立に背を持たせかけた阿羅はそう毒づいたが、その表情はどこか穏やかだ。普段は見せない柔らかな顔に、思わず視線を逸らせてしまう。


「あ、そうだ!あれは手に入れた?」

「これ、だよね」


青白く輝く「老退竜の尾鱗」を差し出すと、2人は安堵の溜息をついた。


「良かった!これ持ち帰らないと、流王さんには認めてもらえないから」

「忘れるわけないじゃないか。ここまで来てそんなへまやらかさないよ」

「でも、実際に過去にはいたんだよ。間違えてただの石ころを拾ってきた人」

「あはは!そんなの、メニュー画面見ればすぐ分かるのに。馬鹿だなぁ」


宇羅は若干苦笑いしながら、ちらりと傍らに立つ阿羅に視線をやった。


「どうしたの、宇羅ちゃん」

「……最後の一言が余計だったな、丈嗣」

「あれ、まさか」


阿羅なの、それ?


最後の一言を口にする間を与えず、彼女は突然、顔目掛けて拳を突き出してきた。すんでのところで躱し切ったが、たたらを踏んでその場に転がってしまう。顔を上げると、阿羅の怒号が耳に飛び込んできた。


「泣き言垂れてたやつが良い度胸じゃねぇか!あんたがその気なら、私だって覚悟がある。決闘だよ、決闘!」

「ちょっと、落ち着いて!そんなこともう良いじゃない」

「良いよ。正直、阿羅には色々と言いたいことがあるんだ。僕だって弱っちいままじゃないことを証明してやる」

「丈嗣君まで!何乗っかっちゃってるのよ」

「ハッ、本気で勝てると思ってる?悪いけど、あんたがゴメンナサイするのに1分とかからないよ、このヘボ“サンプル”。

……それに、しれっとタメ口聞いてんじゃねぇ!」


火花を散らしあう2人に挟まれ、宇羅は力なく息を吐いた。

「喧嘩するほど」仲が良いのは結構だが、こう何度も巻き添えを食っては堪らない。


「もお!駄目ったら駄目ぇ!」


途方に暮れた宇羅の叫び声が、熟れた果実のような夕焼け空に響いた。


******


拠点に帰ると、僕たち3人は真っ先に流王の部屋へと向かった。

「老退竜の尾鱗」を見せると、彼は少しだけ目を見開いた。


「思ってたよりずっと早いな。流石だね」

「当たり前ですよ。途中で助太刀されてましたからね、こいつ」

「ちょっと、阿羅」

「それに、私たちが喝入れなきゃ、『始まりの魔窟』にすら辿り着けませんでしたよ」

「やめなって、もう」


阿羅が憎まれ口を叩いてくるが、無視を決め込む。

今日は宇羅に諫められてしまったが、いずれ彼女とは白黒はっきりさせてやるのだ。


「にしても、あのプレイヤーなかなかの腕だったねぇ」

「あの3本角の兜ヘルム、どこかで見た覚えがあるんだよなぁ。多分、有名なギルドだった気がするんだけど」


ライプラスを倒してから、あの大男とは少し会話をした。白銀の重装騎士は、ラバーチップと名乗った。見た目とのギャップに、思わず吹き出しかけたのは内緒だ。

訊けば、彼も「老退竜の尾鱗」を探していたのだという。何でも、手に入れる手間に比して割高に売れるのだそうだ。

あの洞窟の中心でうすぼんやり輝いていたのが、まさに「老退竜の尾鱗」であった。


プレイヤーとはなるべく関わらないよう、流王からは度々念押しされていた。

僕は話したい気持ちもそこそこに、その場を足早に立ち去るしかなかった。ラバーチップからは、愛想のないやつだと思われたかもしれない。しかしまぁ、2度と会うこともないだろう。


「ともかく、これにて丈嗣君も晴れて、我が『流王ファミリー』の一員というわけだ」

「そんな変な名前勝手につけないでください。豪あたりにキレられますよ」


宇羅の忠言にも、流王はどこ吹く風だ。


「まあまあ。名前は後で考えるとして、今夜は丈嗣君の歓迎祝いだ!」

「……まだ歓迎されてなかったんですね」

「何であんたってそう卑屈なの」

「さ、何はともかく、ご馳走の準備をしちゃおう!」

「ガッテン!」


流王と宇羅は立ち上がると、子どものように目を輝かせながら部屋を出ていった。遠くから、僕の聞いたことのない料理について、熱く語る2人の声が漏れ聞こえてくる。宇羅が料理上手であろうことは想像がつくが、まさか流王も――。確かに、見ようによっては今流行りの「イクメン」に見えないこともない。


「阿羅は行かないのか」

「生憎器用な方じゃなくてね。量採録用ということで」


阿羅はやれやれと首を振って立ち上がったが、ふと部屋を出がけに立ち止まる。視線はこちらに向けぬまま、半ば呟くように言葉を紡いだ。


「良かったな」

「え?」

「死なずにすんで」

「……皮肉のつもりか」

「そんなんじゃない。正直、意外だったのよ。

最初見た時には、どうしようもないとヘボと思ってたあんたが、あそこまで堂々と魔物と渡り合うとはね」


褒められているのか、貶されているのか判然としないが、自然と顔が熱くなる。

あれ、もしかして、照れてるのか、僕――。


「最初だって、キュクロプスを倒したじゃないか。そんなにヘボに見えたか、僕」


赤らんだ顔を見られまいと俯きながら、わざとぶっきらぼうに返事をした。

阿羅は声音の変化には気づいていないようだった。薄い笑い声が、優しく鼓膜を揺らす。


「違うよ」

「どっちなんだよ、ヘボって言ったり、そうじゃないって言ったり」

「そっちじゃない」

「え?」

「あんたを最初に見た時さ。キュクロプスの時じゃない。もっと前だ」

「……どういうことだ」

「正確には、私たちが見られていた、というべきかな。

ほら、いつかの夕暮れ、あんたヤスハラとかいうプレイヤーと道を歩いてて、私が魔物を消し炭にしてるとこに通りかかったろ」


阿羅はそこで振り返ると、にやりと口角を吊り上げた。


1ヵ月ほど前の記憶を掘り起こすと、確かにそんな覚えがある。

――そうだ。驚くほど正確に、稲妻がごとく疾く、魔物が炎に包まれていった光景。夕闇の中で無秩序に咲き乱れる炎の花は、惚れ惚れするほどに美しくて。

フードを被った2人組の魔術師。

その正体が、まさか。


「あれ、阿羅だったのか」

「な~に無邪気に驚いた顔してんの。人のこと『狩場荒らし』呼ばわりしといて。力を使う練習してただけだっつの。あ、因みに宇羅も気にしてたから、ちゃんと謝っといた方が良いよ」


げ、確かにそんな話もした記憶がある。どんだけ地獄耳なんだ、この女。

それに、隣にいたのが宇羅だったとは……!必死に弁明の言葉を口にしようとしたが、焦って舌が上手く回らない。


「あれは安原さんが」

「言い訳すんなッ」


思わず首をすくめると、頭に拳がこつんと当たった。

阿羅の拳は小さくて、ほのかに温かかった。今にも雛鳥が孵らんばかりの、卵のような脆さの中に、力強く脈打つ意思の鉱脈があった。


「あの時は、こんなヘタレがうち来たら迷惑だな~とか思ってた」

「……」

「強くなったね、丈嗣」

「皆のおかげだ。僕だけの力じゃない」

「当然。その謙虚な姿勢を忘れんなよ」


阿羅は朗らかに破顔すると、いきなり僕の手を引いて立ち上がらせた。

ほんの数十センチ先に、阿羅の切れ長の眼がある。見つめている内に、どこか深いところへ吸い込まれてしまいそうになる。心なしか、鼓動の音がいつもより甲高い。

その瞳が、柔らかに細められた。


「さ、主賓だからってぼさぼさすんな。皆を手伝いにいくよ」

「主賓なのに?」

「関係ないッ」


阿羅に追い立てられ、僕は流王の部屋を飛び出した。

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