第九十六話:責任の所在
靴音を響かせながら、キソラは一人、窓から射し込みだした日の光を浴びながら進んでいく。
「やぁ、キソラちゃん」
「イアンさん」
よ、と手を挙げるイアンに、キソラは顔を顰めた。
包帯が巻かれていないわけではないが、彼がどの程度の怪我を負ったのかを知らしめるには
「無事で良かったです」
「ありがとう。けど、そうだね。この程度、ノークよりはマシだ」
案内するよ、とイアンが先行する。
「……怪我に、早い遅いはあっても、優劣はありません。イアンさんが無事だったのは、持っていた実力と兄さんたちの協力もあったからで……こうして私と今、話していられるのも、無事で居たからで……」
「キソラちゃん」
珍しく歯切れの悪いキソラに、イアンは足を止め、彼女に目を向ける。
「心配してくれてありがとう」
上手く表現は出来てないが、彼女の言いたいことは何となく分かる。
「だから、そんな顔はしないでもらえるかな?」
悲しみや申し訳なさが混ざったような表情のキソラに、イアンは告げる。
そんな顔をしたキソラを、さすがにノークの元へは連れていけない。
「……分かっていたのに、何も言ってこなかったからって、手を出さなかったのは私の責任でもあります」
「それは違うだろ。それを言うなら、強く言わなかった俺たちにも責任はあるし、いくら視ることが出来ていても、君という存在は一人なんだから、差し出せる手にも限界はあるんだろ? なら、何のために君に協力してくれる人たちが居るんだ?」
四聖精霊たちや守護者たち。アークやアキトに、アリシアやギルバート、ギルド長たちだってそうだ。
「何のため……」
「まあ今は、キソラちゃんは気にしなくて良いよ。そんな顔をさせたなんて、ノークの奴にバレたら、俺の身体が保たないしね」
きっと怒ったノークを想像したのだろう、イアンが小さく体を揺らす。
「そうですね。これ以上、完治していない兄さんやイアンさんに負担を掛けるわけにはいきませんから」
先程までの不安そうな表情から一転、いつも通りの笑みを浮かべるキソラに、安堵の息を吐きながら肩を竦めるイアン。
「それじゃ、行こうか。ノークも待ってるし」
「はいっ!」
イアンに促され、キソラは再度ノークの居る部屋へと向かった。
☆★☆
ノークが使った空間魔法の影響は大きかったらしい。
治癒魔法の効果のほとんどが打ち消され、影響を受けた人には、今は薬草などに頼っている状態なんだとか。
そのことを、キソラは部屋に着くまでの間、イアンから聞いていた。
そんな彼は、キソラ(たち)に気を使ったのか、部屋には入らずに「騎士団の方に顔を出してくる」と言って、手を振って騎士団がある方に向かって歩いていったのだ。
つまり、今部屋に居るのはエターナル兄妹のみであり。
「全く。自分の空間魔法の影響を、頭の片隅にでも残しておけってんだ」
未だにノークの居る、彼から舞い上がったであろう魔力の残存粒子が舞っている部屋の中で、キソラはそう声を掛ける。
「私じゃあるまいし、すぐに回復するわけじゃないんだから」
ベッドの近くにあった椅子に座り、ノークの手を両手で握る。
「死なないで。私を一人にしないで」
ふわり、とキソラから魔力粒子が室内に浮かび始める。
「まだ、兄さんを連れて行かないで。空間魔法」
――そんなの、誰が許そうと、『
キソラの眼に藤色の光が宿る。
「『破壊と再生』。兄さんを生かしたいのなら、協力して。じゃなきゃ、助けようにも助けられない」
『破壊』の効果が少しでも薄まらない限り、いくらキソラでも空間魔法による治癒系魔法も使えない。
ノークの手を両手で包んでいたキソラは、彼の手を
部屋中に舞う二人分の魔力粒子の影響か、キソラの髪も風に靡いているかのように、ふわりと舞う。
「――うん、ありがとう。他の人たちの所も見てこないといけないから、兄さんのことはお願いね」
目を開け、そう告げると、キソラはノークの居た部屋を出て、巻き込まれた怪我人が居るという大部屋にやってきた。
「皆さんの状態は?」
「あ、キソラさん」
近くにいた医療担当者に声を掛ければ、担当者が彼女の名前を呼んだことで、その場にいた医療担当者たちが一斉にキソラの方を見る。
「よし! これで少しは休める」
「今回はもう、ずっと働きっぱなしかと思ったよ」
……などなど。
そのような現場の声に、キソラは溜め息を吐きたくなった。
いくらノークによる『破壊と再生』の影響が出ているとはいえ、医療担当者たちをここまで言わせるほどの現状なのだろうか、とキソラは思う。
部屋中にある『破壊と再生』の魔力粒子量は術者であるノークの所にあった分よりは少ないし、減ってきてもいるのだろうが――……
「あの、試しに治癒魔法を使ってみてもらえますか?」
「治癒魔法をですか?」
「兄の影響による魔力粒子が減ってきているみたいなので、そろそろ使えるのではないのかと」
治癒魔法が使えるようになれば、薬を使うペースを減らすことが出来る。
全員が全員、すぐには無理だろうが、魔力粒子の減るペースから考えるに、夜には治癒魔法が完全に使えるようになるはずだし、治療スピードも上げられるようになるはずだ。
そんな彼らの様子を見ながら、キソラもキソラで、治癒魔法で順番に怪我人たちを治していく。
今回、ライフ戦と移動以外で魔力を使っていなかったキソラには魔力が有り余っているから、どれだけ使おうと彼女の大きな負担にはならない。
「うわぁ、もうこんな時間かぁ」
窓の外を見れば、太陽が西方に傾いていた。
朝方――それも早朝から来て、治療に追われていたとはいえ、一度も時間を確認しなかったのはマズかっただろうか。
(アークに連絡しておいた方が良いよねぇ)
経過観察もした方が良いはずだから、帰るのが深夜になることは簡単に予想できる。
「……それよりも、問題は学院の方だよなぁ」
試験も近いというのに、試験範囲の勉強も配布された宿題も手を付けられていない。
そして、帝国行きを考えると、赤点だけは取れないし、阻止しないといけない。
(あと、ウンディーネの所の件、か)
未だに彼女から何の連絡も無いが、大丈夫だろうか。
「やることが山積みだなぁ」
今はノークが動けない以上、彼の
ノークと戦ったレオナ(とライフ)や彼を刺した犯人は、暇だからと空間魔導師たちが目を光らせながら見張っており(と言っても、がっちり固めているわけでもなく、基本的にはエルシェフォードとアクアライトが常駐している)、時折ノークたちの方にも顔出ししていた。
まあ、要するに同じ建物内に居るわけで――
「あんまり、根を詰めるとぶっ倒れるわよ」
「そうそう。若いからって無茶するのは良くないよ」
「エルさん? アクアさんも……」
食堂で少し遅い昼食を食べていたキソラは、いきなり声を掛けられたので振り返れば、エルシェフォードとアクアライトが「相変わらずだなぁ」と言いたそうに、「よ」と手を上げていた。
「もしかして、寝てません?」
「まぁね。でも、今日だけよ?」
「そういうキソラも寝てないでしょ。駄目だよ。仮にもまだ成長期なんだからさ」
「アクア、それ微妙にセクハラ。あと、リリとキャラベルの前では禁句よ」
アクアライトの言葉に、エルシェフォードが
そして、前者よりも後者を強調している辺り、エルシェフォードクオリティとも言えるだろう。
「それで、お二人も昼食ですか?」
「遅くなっちゃったけどねー」
そう返して、昼食を取りに行くエルシェフォードと、苦笑しながら彼女に付いていくアクアライト。
「……マスター」
「――ッツ! オプティ!? びっくりしたぁっ……!」
気配も無く、いきなり現れたオプティフラージュに、キソラはぎょっとする。
「え、何。どうしたの」
「魔力配分が変わったから、様子を見に来たんだけど……みんな、心配してるよ?」
「だろうね。けど、二~三日すれば兄さんも目覚めるだろうから、そんなに心配しなくても問題ないよ」
そもそも、キソラと違って、ノークは『破壊と再生』の名を持つ空間魔法を使っていない。
もし使ったり、キソラの知らない間に使っていたとしても、『破壊と再生』が使用回数制限を越えない限りは、ノークを生かそうとする。だから、『
「それはそれで安心だけど、今度はマスターが倒れたら元も子も無いよ」
オプティフラージュの意見も正論だった。
「そうだね。けど、そのためにも、兄さんやみんなに早く元気になってもらわないと」
遅めの昼食を食べ始めたエルシェフォードたちに挨拶をして、怪我人が集まっている部屋へとキソラは戻る。
「治癒魔法の発動状況や効果はどうですか?」
「あ、空間魔導師様」
声を掛けてみれば、立ち上がって頭を下げようとする、眼鏡を掛けた医療担当者を宥め、治癒魔法の発動具合などを再度確認する。
「あ、はい。朝よりは使えるようになってきましたよ。
「そうなんですね」
けれど、全員が全員、一斉に目を覚ますかどうかと聞かれれば、それは不可能ではあるのだが、キソラとしてはノークを含め、目覚めてほしいところである。
「皆さん全員、目覚めてくれると良いですね」
亡くなるほどの致命傷を受けたわけではないが、人というのはどんな拍子で亡くなるか分からないもので。
キソラは両親が亡くなった時のノークとギルド長たちの反応を知っているから、近しい人の死を感じ取ったり、未然に防ごうとしてしまうのだろう。
「ノークなら、大丈夫だと思うぞ」
眼鏡の医療担当者と話し終え、部屋の隅から部屋全体を見渡していたキソラに、隣から声が掛かる。
「あ、こんにちは。レオンさん」
「ああ、こんにちは。それにしても、あまり落ち込んでないみたいだな」
「そうですか? それにしても珍しいですよね。誰かのお見舞いですか?」
「いや、こっちには様子を見に来ただけだ。後でノークの所にも顔を出すつもりだがな」
声を掛けてきたのはレオンだったのだが、友人であるノークの見舞いが、ついでみたいに聞こえたキソラは苦笑いするしかない。
こんな状況にも関わらず、兄に対しては相変わらずの扱いである。
「あ、私も一緒に行きますよ。そろそろ様子も見に行かないといけなかったですし」
「じゃあ、一緒に行くか」
そのまま二人して、ノークの部屋へと向かう。
「……」
「……」
「……何をしてるんだろうな」
「……何をしてるんでしょうね」
部屋が見えてくる少し前まで来たら、扉の前で落ち着き無くうろうろしているイアンを見ながら、キソラはレオンとともに彼に気付かれないように話す。
「……騎士様、不審者は捕まえましょう」
「不審者って……まあ、今のあいつの行動は不審者そのものなわけだが」
相手が顔見知りであるために、茶化して言うキソラに、レオンが否定せずに返す。
「……」
「……」
そして、無言で視線を交わし――
「お前は一体、何をしてるんだ」
「うおっ! ……って、レオンか。あ、キソラちゃんも……」
レオンが声を掛けたことで、イアンが驚きながらも、二人が来たことに気付く。
「来たのが私たちだから良かったものを、本当に何してるんですか」
「俺はただ、ノークの様子を見に来ただけで……」
目線を逸らすイアンに、二人が冷たいような何か言いたそうな目を向けるが、溜め息混じりにレオンがイアンの腕を引く。
「で、本当の理由は?」
「いや、だから俺は……」
「イアン」
「……」
答えてもらわないと、何のために気を使ったのか分からない。
そっとキソラの方に目を向ければ、それに気付いた彼女が不思議そうに首を傾げる。
「……キソラちゃんに言わないと約束してくれるか?」
「言わないでおいてやるから、早く言え」
時間も考えれば、大体イアンがしようとしていたことは察せられる。
「ノークの部屋に様子を見に来たのは事実だけど、もしキソラちゃんと居合わせたら、夕飯一緒に食べようって誘うつもりだったんだよ」
「で、そうこうしているうちに、それが『二人っきりで』かどうかを考え始めたと同時に、珍しく妙に恥ずかしくなってきて、あんな奇行していたわけか」
「奇行言うな。……まあ、間違ってはないが」
そんなイアンに、レオンは溜め息を吐く。
「キソラ」
「はい」
「ちょっ、レオン!」
キソラに呼び掛けたレオンに、イアンがぎょっとする。
「イアンが『夕飯を一緒に食べに行こう』だとよ」
「あ、はい。分かりました」
あっさり頷くキソラに、レオンも「まあ、そうなるわな」と思いながら、隣に居るイアンに「で、どうするんだ?」と分かっていながら尋ねる。
余程、彼女に嫌われるようなことをしない限りは、キソラは相手を敵視しないし、二人に関してはキソラに何かすれば、彼女の兄であるノークから接触禁止扱いを出されかねない。
「何で、俺が誘ったことになっているのに、『行かない』っていう選択肢があるんだよ」
「行くなら行くで良いだろうが。あと、俺も一緒に行くからな。夕飯抜きはキツい」
「……もう、勝手にしろ」
もう二人っきりになれるとは思ってないが、レオンの参加報告に、イアンは投げ
「それじゃ、行くか」
珍しいレオンの仕切りに、イアンがキソラの方を向きながらも肩を竦め、キソラはキソラで苦笑するも、二人はレオンの後を追うようにして歩き出すのだった。
☆★☆
夕飯を終え、キソラはノークの部屋に居た。
イアンとレオンはやることがあるらしく、今は不在であり、キソラは夕飯時に「そろそろ目覚めるはずだ」と告げておいたので、時間が出来れば、また様子を見に来ることだろう。
「もう、夜か」
現時刻は十時。
アークには、この部屋に戻ってきた時に、
いくら今居る場所が学院のある地区内とはいえ、遅くても明日の朝には準備をして、学院に戻らなければ最初の授業には間に合わない。
そして、未だに目を覚まさない兄に対し、小さく息を吐き、キソラは窓から見える空に浮かぶ月を見上げる。
「……」
どのくらい、見上げていたのだろうか。
ノークの方に目を向けたキソラは、彼の
「……熱も下がってきたか」
魔力の減りは少ないが、出血量が出血量なので、すぐに動くことは出来ないだろうけど、それでもやっぱり、ノークが無事であることには変わりはなく。
「みんな心配してるんだから、あんまり長く寝たままは止めてよ?」
額から手を離し、そっと微笑みながら、キソラは未だに目覚めないノークにそう告げる。
そのまま少し、彼の様子を見ていたキソラだが、疲れもあったのか、一時間後にはノークの居るベッドの側にあった椅子に座ったまま、彼の居るベッドに
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