第九十七話:目覚め
「……」
目が覚めて、白い天井をぼんやりと見つめる。
天井から軽く目を動かせば、椅子に座り、ベッドに
キソラに掛けられた毛布は、イアンかレオンのどちらかが掛けてやったのだろう。
「……」
それにしても、静かな室内である。
「……俺相手に、寝てる振りはしなくていいぞ」
ノークが主に友人たちに向かって声を掛ければ、棚に凭れていた方――イアンがそっと目を開く。
「おはよう、騎士様。やっと、お目覚めか」
にやりとしながら、イアンが言う。
「茶化すな。それより――」
目線で、キソラが居る理由を問うノークに、イアンは答えるために口を開く。
「学院の方に連絡が行ったんだよ。お前の能力の影響で、他の怪我人たちに治癒魔法が使えなかったから、対処できるキソラちゃんが来たんだよ。それに、他の奴らの様子も見ながら、お前の怪我を治したり、様子を見に来たりしていたんだから、責めてはやるなよ。――かなり、心配していたんだから」
誰が、という主語を抜いたり、多少、嘘も交えながら答えるイアンだが、ほとんど言っていることは間違ってはないし、キソラが自分のせいだと気にしていたことは話してないので、後でそのことについて責められても許されるはずだ。
そんなイアンのキソラに向けられている視線から何かを察しつつ、「そうか」と返して、ノークが彼女の頭を撫でれば、ぴくりと反応する。
「ん……あれ? 兄さん、起きたんだ……」
射し込んだ日差しのせいか、二人の話し声が聞こえたのか。キソラが目を
「おかげさまでな」
寝ているときの体勢が体勢だったためか、
「それにしても、お前ら。何日か経つまでに目覚めたら伝えるな、って言っただろうが……」
「けどなぁ……」
確かに、イアンたちはノークが何日か経っても目覚めなかったら、キソラを呼ぶという約束はしたし、実際、約一日しか経過していない。
ノークの言いたいことは分からないわけでもないが、何て返したものか。
「あのさ、イアンさんたちは悪くないでしょ。悪いのは、無茶して怪我した兄さんなんだし」
「いちいち
「ちょっと。心配して来たのに、何でそう言われなくちゃいけないの? 空間魔法の影響で治療できなかった兄さんの治療をしたのは、どこの誰だと思ってるのさ」
『破壊と再生』を言いくるめて影響を無くし、基礎治癒力の底上げとかをしながら、治っていなかった場所を治したというのに――
「……」
そっと目を逸らすノークを、じーっとキソラは見つめる。
「つ、つーか、学院の方はどうした。そろそろ向かわないと間に合わないだろ」
「……話を逸らさない。けどまあ、ご心配なく。余裕で間に合いますから」
今から学院に向かったとしても、時間にはまだ余裕がある。
「なら、良いが……迷惑も心配も掛けて悪かった。奴らが
「まあ、そうなんだけどさ。兄さんたちも、何か考えがあったから話さなかったんでしょ?」
それが分からないほど、短い付き合いではない。
「それに、私が
人差し指で上を示しながら、キソラは言う。
「……お前には、全て筒抜けだったってわけか」
「事件の原因や全貌は知らないよ? 知ってるのは、あの
歌は聞こえていたはずだから、キソラが関わっていたことは知っているはずだ。
中級精霊である
「大猿公をクソザルと言うのは、お前ぐらいだぞ」
「でしょうね」
呆れたように言うノークに、キソラは否定するつもりはない。
「さて、と。時間は早いけど朝食に行ってくるよ。そのまま、学院に向かうから」
「分かった」
「イアンさん、レオンさん。大変かと思いますが、後のこと、よろしくお願いします」
「うん、任せて」
「……やっぱり、バレてたか。ああ、任せろ」
キソラの言葉に、イアンが了承し、レオンが体を起こしながら返す。
「それじゃあ、兄さん。仮にも怪我人なんだから、無茶しないこと。いいね?」
部屋を出て行こうと立ち上がりながら、最後に釘を刺すことも忘れない。
「それでは」
キソラは短くそう告げ、ぱたん、と音を立てて、ドアが閉まる。
「良いよなぁ……あんな
「やらんぞ」
キソラが出ていった扉を見ながら呟いたイアンに、ノークが即答する。
その時のノークの目が地味に怖かったのだが、彼の方を見ていないイアンは気づかないし、そのことを知らない。
「けど、そうなると敵やライバルは多そうだな」
「レオン!?」
笑いながら言うレオンに、二人がぎょっとする。
「つか、ノークよ。俺さ、聞いてみたかったんだけど」
「ん?」
「もし、キソラちゃんがさ。彼氏連れてきたりしたら、どうするわけ?」
そんなイアンの問いに、レオンが軽く肩を叩き、首を横に振る。
「相手次第だな」
それでも、にこにこと答えるノークを見て、質問を間違えた、と目を逸らしたくなるイアン。
「だが、無視できることでもないだろ。お前はどうするつもりなんだ?」
「ん?」
「あの
「ああ。けど俺は、普通の騎士じゃない。空間魔導師でもある以上、下手に相手は選べない」
もし、ノークが特定の誰かを相手に選べば、その相手は一時的に注目されるだろうし、無数の目にも晒されることだろう。
それがたとえ、キソラが兄の相手として認めた
「その点は否定しないが、一人ぐらい気になる奴はいないのか? 相手に余っ程のことが無ければ、キソラちゃんは反対しないだろ」
「いない。つーか、今の職場で出会いがあると思うか? まだ学院の時の方があったわ」
「まぁなぁ。
「自分で言っておいて、悲しそうな顔をするな。こっちまで
出会い云々について話し始めてみれば、イアンが自分の言葉でどんどん落ち込んでいく。
そんな彼に、レオンがそう返し、ノークが溜め息を吐く。
「もうすぐ、夏本番か」
☆★☆
さて一方で、ノークが休んでいた部屋を、一足先に出たキソラは、といえば――
「御馳走様でした」
食堂での朝食を終えていた。
「あれ? まだ居たんだ」
「あ、アクアさん。……と、キャラベルさん?」
珍しい組み合わせに、キソラが不思議そうにする。
「はーい☆ キャラベルちゃんでーす☆」
「まだ早朝に入る時間なのに元気ですね……」
「早朝って……今は六時だけど、普通に朝に入るでしょ」
時間を見てみれば、確かに六時である。
「あと、兄さんなら目が覚めましたから、時間が空いている時で良いので、話し相手になりに行ってあげてください」
「りょーかい☆ キソラちゃんは? どうするの?」
「距離とか準備とかがあるので、そろそろ学院に向かわないと、遅刻しちゃいますから」
「そっか。気をつけてね」
「はい」
二人と話し終えれば、キソラは食堂を出て、廊下を歩いていく。
捕まったまま、暇を持て余している空間魔導師たちを相手に、どうにか出来るとも思えないし、自分が行ったところで得られる情報など限られているからだ。
ふわり、と黒混じりの紺色の髪が舞う。
目的地である学院までは、まだ距離があるが、今から出れば余裕で間に合う距離でもある。
そして、「行ってきます」という挨拶は無いが、キソラは先程まで居た建物に目を向けることだけで
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