第九十五話:未明の凶刃


 ~♪


「貴方って、怖いわね」


 レオナが呟く。

 天井の穴から月を見ていたノークの次の行動は、ほんの一瞬だった。

 レオナの背後に回り、腕を取り、彼女の動きを封じたのだ。


「そうか?」

「そんな動きが出来たのなら、最初からこうしておけば良かったのに」


 そう話す二人だが、二人には気付いていないことがあった。

 レオナに捉えられずに、ノークが行動できた理由は主に二つである。

 一つは、シルフィードから与えられた力の影響。もう一つは、キソラの『歌』による『見えない援護射撃』である。

 誰も意図してないがために、気付いていないのだ。


「グルルル……レオナ様から、その汚い手を離せ。人間!」

『君こそ、その口を閉じるんだね。エテ公』


 起き上がろうとしたライフに、シルフィードが足を乗っけて、起きるのを阻止する。

 背中にも傷口があるというのに、容赦がない。


「っ、その足を退かせ!」

『ふーん。キソラちゃんから、あれだけのダメージを与えられておきながら、話す体力と起き上がろうとする体力はあるんだ』


 くすくすと笑みを浮かべるシルフィードに、ライフは顔を歪め、ノークは何とも言えない表情を向ける。


『命があるだけでも、まだマシだと思いなよ。君程度、あの子はろうと思えば、いくらでも殺れたんだから』

「じゃあ、何故らなかった!?」

『さぁね。でも、あの子は優しいからね。無意識に手を抜いたんでしょ』

「ハッ。そんなことじゃ、いつか身を滅ぼすぞ」


 ライフの言う通りである。

 勝てる相手だからと余裕でいれば、いつかその刃は彼女へと向かってくることだろう。


『そもそも君が、キソラちゃんに手出ししなければ、問題無いだけだよ。この国全土はあの子のフィールドだからね。君たちがこの国のどこに居ようと、あの子の目からは逃れられないよ』

「ふぅん? なら、あの結界はその子が張ったものなんだ」

「本来の目的とは違う使い方になっているがな」


 レオナの言葉に、彼女を拘束したままノークが告げる。


「結局、貴方たちから逃れたとしても、わたくしたちが国内に居る限り、わたくしたちを見張る監視者が居るわけね」


 そう告げた後、レオナが少しだけ首を動かして、ノークの方に目を向ける。


「良いわ。捕まってあげる。ずっと見張られているなんて、気が休まらないもの」

「さっきもそう言って、逃げようとしたよな」


 だが、レオナは口角を浮かべ、告げる。


「否定はしないけど、貧血気味である今の貴方からなら、わたくしは余裕で逃げられるのよ? それなのに何故、それでも逃げようとするような行動を取る、と思わなかったのかしら?」


 だが、それは問うまでもないし、答えるまでもない。


「そんなの――」

『――必要ないから、だよな。周囲を取り囲んでいる騎士や空間魔導師を含む魔導師たちから逃げられるとは、最初から思っていないし』


 ノークの言葉を遮るように現れた赤髪の青年に、レオナとライフの警戒レベルが上がる。


「次はお前か。イフリート」


 ノーム、シルフィード、イフリートの順で来ているのを見ると、ウンディーネも来るんじゃないかと考えるノークを余所に、イフリートが口を開く。


『あ、誤解しないでもらえるか? 別に援護しに来たわけじゃないし、俺は伝言を伝えに来ただけだし』

「伝言?」


 イフリートを来させた時点で、誰からの伝言なのかは予想出来ている。


『“早くけりを付けろ愚兄”だとよ』


 それを聞いて、顔を引きつらせるノーク。

 今までキソラから『愚兄』なんて言われたことはないが、まさか伝言で聞くのが最初になるとは――


「いっ……」


 レオナを拘束していた手に、無意識に力が入っていたらしい。


『ま、様子を見る限りじゃ、そろそろ終わりそうだな』


 ノークに拘束されているレオナとシルフィードに踏みつけられているライフを見て、そう判断するイフリート。


『え、何? イフリート。もしかして、様子次第じゃ、キソラちゃん。こっちに来ないつもり?』

『そこまでは知らんが、そうなんじゃね?』


 イフリートは伝言を伝えろと言われた以外は、何も言われていないので、戦闘に参加しようと思えば、参加できなくはないのだ。


「キキッ。大精霊が揃いも揃って、人間の小娘の言いなりか」

『……君。自分の立場が、まだ分かってないみたいだね』

『……その毛、全て燃やされたいか? エテ公』

「止めろ! この建物、全焼するじゃねーか!」


 ライフの言葉にイラッと来たのか、シルフィードが傷口を踏みつけ、イフリートが手で火を出しながら問い掛けるが、それを聞いて焦ったノークが、主に後者に対して、制止する。

 だから――


「そういう問題ではありませんわよね!?」


 会話を聞いていて、思わずそう突っ込んだレオナは悪くない。


「お前ら。ここから出るぞ。イフリートはシルフィードを手伝ってやれ」

『ああ』


 溜め息混じりに告げたノークに、拒否することもなくイフリートは首肯する。

 ライフが最初に会ったときと同じように小さいサイズなら、シルフィードだけで良かったかもしれないが、今は大きくなっているため、イフリートの手も借りなくてはいけなくなったのだ。


「ほら、お前も行くぞ」

「分かってるわよ」


 そのまま二人を連れて、シルフィードたちとともに建物の外へと出て行く。


「やっと、出てきたわね」


 ノークたちに気付いたリリゼールが声を掛ける。


「リリさん」

「ノーク!」


 リリゼールと話そうとしたノークだが、呼び掛けられたのでそちらに振り向けば。


「ああもう……すっげぇボロボロじゃん」

「早く引き渡して、医療班の方へ行け」

「ああ」


 心配そうなイアンに対し、レオンがレオナたちの引き渡しを促したときだった。

 ドスっ、という音とともに、ノークだけではなく周囲にいた面々も目を見開く。


「え……」


 そして、次に刺されたのだと分かった瞬間――


「奴を捕まえろぉぉぉぉ!!!!」

「そいつを逃がすなぁっ!!」


 ノークを刺したであろう男が逃走を始めたことにより、イアンとレオンの声が響き渡る。


「ノーク! おい、しっかりしろ!」

「誰か学院に連絡を! 妹さんに連絡を!」


 イアンとレオンがその場の指揮を執る中、オーキンスとリリゼール、シルフィードとイフリートの四人をメインに、男を追っていた。


「シルフィード。お前は先に行け」

『けど……』

「逃がしたら意味ないでしょ」

『……うん、そうだね。先に行ってる』


 そう答えたシルフィードの姿は、もう見えなくなっており、オーキンスたちも速度を上げる。


「リリ」

「うん、範囲を限定させる」

『何をするつもりだ?』


 足を止めたオーキンスとリリゼールに、イフリートが怪訝な顔をする。


「誰があの子に結界について、教えたと思ってるの?」


 リリゼールにより、街全体に結界が張られる。


「よし、行くぞ。リリの張った結界だ。そう簡単には破られん」


 オーキンスの言葉に、それなら、とイフリートが上昇する。


(シルフィードはどこだ?)


 そう思いながら、周囲を見渡す。シルフィードのことだから、時間的にそろそろ追い付いていそうだし、自分たちが追い付いても良さそうなのだが。


(あいつが追い越すことはあっても、追い付けないことは無いはずだし……)


 国内を見渡せるキソラなら、とも思うが、先程の光景を見ていたのだとすれば、すでに犯人を追っている可能性もある。


『……マスターの様子が気になる。こっちは任せても良いか?』

「確かに、キソラが知ったら黙ってそうに無いよな」

「こっちのことは引き受けたから、キソラの事をお願い。絶対に――あの子に奴を殺させちゃ駄目だから」

『分かってるよ』


 イフリートにだって、そんなことをさせるつもりは無いため、オーキンスたちから離れ、キソラがまだ居るかもしれない時計塔屋上へと向かう。





「大丈夫か?」

「まあ、何とか」


 キソラは、といえば、部屋に戻っていた。

 ライフとの戦闘で負ったあちこちの傷を一人で器用に手当てするキソラに救急箱を渡した後、お茶を淹れながら、彼女とそう話すアーク。


「いつものことだが、無茶するなよな。こっちの身がいくつあっても足りないぞ」

「ごめんって。それに、私も今回の戦闘については想定外だったんだよ」


 ぼろぼろで戻ってきたキソラを見たときのアークの様子は、慌ててると言えば慌ててるのだが、内心こうなるのでは、とも思っていたので、そんなにダメージは大きくなかったりする。


「ほら、手当てが終わったなら、これでも飲んで落ち着け」

「ん」


 アークの淹れたお茶に、キソラは口を付ける。


「……アーク」

「どうした?」

「少し、どこかに隠れてて。事情は後で説明するから」

「……分かった」


 とりあえず、アークが隠れてもバレそうに無い場所に移動すれば、部屋のドアがノックされる。


「エターナルさん、居ますか?」

「あ、はい。どうしました?」

「今、連絡が来たんだけどね」


 ――お兄さんが、何者かに刺されたらしいの。


 寮長から、そのことを聞いたキソラの動きが止まる。


「あの、それって――」

マスター!』


 寮長に事実確認を取ろうとしていたキソラの元に、今度はイフリートが焦った様子で飛び込んでくる。

 そんな彼の様子から、事が事実であることをキソラは察する。


「イフリート。兄さんが刺されたんでしょ?」

『あ、その……』

「気にしなくて良いよ。イフリートのせいじゃないし」

『それでも、俺が近くに居たのは事実だ』


 それを聞いて、キソラはイフリートから目を逸らしながらも、小さく息を吐く。


「刺した犯人は?」

『シルフィードと空間魔導師たちが追ってる』

「そう」


 小さくそう返すと、キソラは椅子の背もたれに掛けていた上着を取る。


「寮長。伝達、ありがとうございます。状況を把握しましたので、戻ってもらって結構です」

「けど……」

「ここから先は身内の問題なので、申し訳ありません」

「分かったわ」


 部屋から出て、遠ざかっていく気配に、キソラはちらりとアークが隠れている場所に目を向ける。


「アーク」

「……ああ」

「聞いていたから分かると思うけど、そういうことだから」


 上着を来た後、空間魔導師であることを示す藤色のローブを羽織る。


「傷が塞がってないのに、行くつもりか?」

「別に戦いに行くわけじゃないよ。けど、どんな状況であれ、『家族』である私が行かないといけないことについては、何も変わらないからね」


 次に、キソラはイフリートに目を向ける。


「イフリートは犯人を追って」

『いやいやいや! マスター、かなり怪我してるじゃねーか。ノークの方に一人で向かうとか危ないって』

「犯人を追って。イフリート。奴がどういうつもりで兄さんを刺したのか、事と次第によっては、私は許すことは出来ないから」

『……分かったよ』


 溜め息混じりに了解の意を示すイフリートに、「ありがとう」と笑みを浮かべるキソラ。


「但し、絶対に無茶はしない、な」

「分かってるよ」


 再三に渡るアークの言葉に、嫌な顔一つもせずにキソラは頷く。


「それじゃあ、行ってきます」

「ああ、行ってこい」


 窓から出て行くキソラに、特に注意することもなく、アークは彼女を見送る。


「もう朝か」


 そして、昇ってきた太陽からの光を眩しそうにしながら、少しばかり早い朝食の用意をし始めるのだった。

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