第七十五話:国内・学院攻防戦XX(黄金の輝き(ホーリーロード)と絶対聖光(アブソリュート・スフィア))


「あの子、何するつもりなんだろうな」


 それは誰が言ったのかは分からない。

 けれど、一つだけ分かるのは。


 彼女が魔欠になるのを覚悟で、敵味方関係なく、竜軍から守るために、これから『何か』を行おうとしていることだけだ。


   ☆★☆   


 相棒が“真砲”になるまでの間、所持者であるキソラとノークには攻撃や防御など、何もすることは出来ない(とはいえ、周囲を見たり、腕の上げ下ろしは可能)。

 しかも、“セカンド・モード”以上に“真砲”になるまで、時間が掛かる。


(……暇だ)


 キソラはぼんやりとしながら、竜軍と戦う四聖精霊たちを見る。


「……」

「お前、何で“真砲”を使おうと思ったんだよ。つか、散々使えるまでが暇って言ってたよな?」

「来たんだね」


 隣からの声に、キソラは視線だけ向け、そう告げる。


「どうやって、ここまで来たのかは聞くなよ」

「はいはい」


 いくら暇とはいえ、聞いてほしくなさそうにしているのだから、キソラは話してくれるその時までは聞いたりしない。


「後ろ、任せて良いんだよね? アキト」

「ああ。つか、手が空いてるのは俺ぐらいだろ」

「はは、そうかもね」


 笑って誤魔化すが、キソラは言わない。

 手が空いてる知り合い・・・・が、もう一人居ることを。

 キソラは相棒を確認し、そっと目を閉じる。


(気配感知は全方位)


 改めて、気配感知を全方位に向ける。


(指定範囲は国全体)


 おそらく、ノークは戦場となっている部分をメインに範囲を決めているはずだ。

 目をひらけば、相棒の“真砲”まではあとわずかといったところだろう。


「……」


 この時、キソラは竜軍を見つめていたのだが、奇しくも合わせたわけでもないのに、ノークも竜軍を見つめていた。

 そして――


『“真砲モード”、完了いたしました』


 全ての準備が完了した。


   ☆★☆   


 二人の所持者は同時に息を吐き、画面越しとはいえ、視線を合わせる。


『少しならいいが、あんまりズレるなよ』

「そっちこそ」


 そう言い合い、兄妹はにやりと笑みを浮かべると、相棒を構える。

 その際、キソラが額を相棒に当て、「頼むよ」と小さく告げる。失敗は許されない。


「『範囲指定:国全体』」

「『範囲指定:所持者が位置する国境付近全体』」


 キソラとノークの指定を、“真砲”が読み込んでいく。

 次に二人が――自身の緊張を和らげる意味もあったのだろうが――深呼吸すれば、二人の魔力は風となり、指定範囲内に吹いていく。


『っ、』


 もちろん、それは風の精霊であるシルフィードにはすぐに分かり、


『みんな、“真砲”が来るみたいだよ』


 竜軍の相手をしていた面々に告げる。


『了解。じゃあ、あんまり動かない方がいいな』


 キソラたちの母親で、先代迷宮管理者だったノゾミも使っていたのを見ていたから、四聖精霊たちも“真砲”の発動時についてはよく分かっている。


「けど、竜たちはそうは行かねーだろ」


 そんなオーキンスの言葉に、顔を顰めたのはウンディーネだった。


『そこなのよねぇ』


 どうしましょう、と息を吐くウンディーネに、イフリートが言う。


『被害はなるべく最小限に、だろ?』


 それは、この戦いが始まるときに、キソラから告げられた言葉もの


『……ぷっ。まさかイフリートに言われるとは思わなかったよ』


 シルフィードが笑い出す。


『じゃが、その通りじゃな。主殿あるじどのたちが届かなかった場所に、我らが代わりに手を伸ばさなくては』


 ノームの言葉に、シルフィードたちは頷く。

 だが、風を感じたのは、彼らだけではなかった。


「風……?」

「暖かいです」

「これは……魔力ですかね?」

「どうやら必要なかったみたいだな」

「一気にやっちゃえー!」


 それは王都や妖精たち、遠いはずの大森林や竜対策をしていた者たち、状況を見守っていた者たちに届いていた。


「これは……」


 帝国側ではレイが気づいた。


「どうした?」


 アルヴィスが目を向けるが、レイは目を細めただけで何も返さない。


「これは……あの二人は容認しているのか」

「え、まさかヤバい奴?」

「いや、だったらあの空間魔導師たちが止めているだろう」


 顎を撫でるエドワードに、アレクロードが問い返すが、そう返されたことでそれもそうかと納得する。


「じゃあ、あの子。何しようとしているんだろうな」


 アレクロードの戸惑いは尤もだった。

 そんなことなどつゆ知らず、キソラとノークが視線を合わし頷けば、二人の上下左右前方に魔法陣が展開される。


「『いにしえより続きし 優しくも残酷な世界よ』」

「『種族や存在だけではなく 思い 祈り 願い 夢や現実という 様々なものが交錯せし世界よ』」


 二人は紡ぎ始める。


「『名も無き者や場所に 名を与えるも』」

「『盛者必衰は繰り返され 破壊と再生もまた繰り返す』」


 向かってくる竜軍に慌てず騒がず、二人は詠唱を続ける。


「『今生きるものたちには祝福を 死したものたちには安らかな永久とわの眠りを』」

「『争いには鎮静を 荒れた地には再生を』」


 詠唱は続くが、キソラの表情は辛そうであり、ノークもノークで魔力の消費が激しく、それを振り払うかのように頭を振っている。

 が――


「キソラ、ちゃん……?」

「ノーク、さん……?」


 国境沿いの戦場にいたイアンやエルシェフォードたちはキソラの姿を、国内にいたアキトやギルド長たちはノークの姿を、背中合わせになりながら、光を纏いながら詠唱し続ける兄妹の姿を見ていた。

 もちろん、背中合わせになっているように見える――それが幻であることは理解してはいるが、本人たちは気づいているのかいないのかは不明なままだった。


(ああもう、いろいろと思い出しちまうじゃねーか)


 今のアキトの目には、他の者たちと同じように光に包まれる兄妹の姿は見えていたが、それ以外にもいろいろと重なって見えていたし、思い出しもしていた。

 その中の記憶に泣きそうになるも、何とか耐える。泣くのは全てが終わってからだ。


「『恩がありし者には施しを』」

「『仇為あだなす者には裁きを下せ――』」


 コアへと光を集める相棒を確認しつつ、二人はその名を告げる。


「『“真砲”から作りし 我らの友 黄金の道ホーリーロードに命ずる』」

「『今こそ開き 邪を払いし光よ 降り注げ――』」


 ずれることなく兄妹の声は重なる。


「「“絶対聖光アブソリュート・スフィア”!!」」


 二人の相棒――ホーリーロードから光の筋が天へと向かったかと思えば、花火のように弾け、流星群のように各地へと多くの黄金の光が降り注ぐ。


「全方位攻撃!? いや、これは……」


 上空から散らばり、自らの方へと向かってきた光に、思わず避けるレイだが、避けれずに光が当たった者たちを見て、首を傾げる。


「どういうことだ? 怪我が治っているという事は、治癒魔法の類なのか?」


 実際のところは治癒魔法ではないのだが、それを今のレイが分かるはずもない。

 しかも、現在は夕方なので、夕日と降り注ぐ光が合わさり、一種の幻想的な風景を描いている。


「おい、あれを見ろよ!」

「ん?」


 そんな中、一人の騎士があることに気づき、隣にいた同僚に指をしながら示す。


「建物が、直っていく……?」


 だが、あの魔法がもたらしたものは、それだけでは無かった。


「うわぁぁぁぁ! よ、鎧が! 剣が!!」

「溶けてる!?」


 片や建物が直っていくのを惚けながら見ており、片や悲鳴を上げて溶けていく(ように見えているだけの)武器や防具を手放したり、捨てたりしている。

 一国の軍人として、それはどうなのかとも思わないのだが、こればかりは仕方ない。

 そして、この騒動は、戦争をしていた国境付近でも同じことが起きており、光が降り注ぎ始めたときは、その場にいた面々が思わず空を見上げていたのだが、今はそれどころではなかった。


「少し……いや、やりすぎじゃね? 植物まで生えてるし」

「キソラよりはマシだ」


 これが逆なら、多分あいつはもっとえげつないぞ? とノークは言うが、キソラの場合、本当にこれ以上の惨事を引き起こしてくれそうだと、有り得たかもしれない未来に、思わず黙り込む。

 肝心のキソラは、といえば、何度掛け直しても魔導連絡が応答しないので、おそらく魔力切れになったかその寸前ではないのか、とノークは判断した。


「それで? これはいつまで続くの?」


 竜軍を“風の壁ウィンド・ウォール”で止めていたエルシェフォードが尋ねる。

 けれど、ノークの返事は予想外だった。


「……さあ?」

「え? 「さあ?」って……はぁっ!?」


 いきなり大声出したエルシェフォードに、空を見ていた者たちまでぎょっとして彼女に目を向ける。


「ずっとこのままじゃないでしょうね!?」

「いや、それはありませんよ。発動時間は使用した魔力量に比例しますから」

「つまり、お前とキソラちゃんの合計使用魔力分、この状態って事か?」

「そうなるな」


 イアンの言葉に、ノークは肯定するが、もしかしたら一晩中この状態の可能性もある。


「けど、竜軍は去ってないわよ? どうするつもり?」

「それなら、キソラがどうにかするんじゃないですか? これは空間魔導師じゃなくて、迷宮管理者としての領分でしょうし」

「なら別に、あんたでも良いでしょう。権限はあるんでしょ?」


 ノークの言葉にそう返すエルシェフォードだが、それを聞いた彼から表情が消える。


「それは否定しませんが、迷宮管理者として優れているのは、あいつなんですよ。エルさん」


 現に母親であるノゾミが管理していた迷宮のほとんどはキソラが管理している。一部はノークが管理し、一部は以前のフィオラナの迷宮のように非管理状況にある迷宮もあるが、圧倒的にキソラが管理している迷宮が多いのだ。


「優れているとかいないとか、関係ないでしょ。『キソラは妹だから、無理をさせないように、ちゃんとサポートする』って言ったのは、どこの誰だっけ?」

「アクアさん!」


 ニヤリと笑みを浮かべながら、以前の出来事を言われ、ノークが慌てるが、運が良いのか悪いのか、彼は反動でその場から動けなかった。


「けど、実際に現在進行形でサポートしているんだから、言ったことを恥ずかしがる必要はどこにもないんじゃないのか?」

「それは……」


 否定はしないが、恥ずかしいのとは、また別である。


「まあ、お前が言ったあれこれをあっさり受け入れてたのを見ると、将来的に少し心配になってくるが」

「あ、その点は俺もうっすらと思ったので、同意しておきます」


 あのときはああだったが、似たような状況でもし、ノークが一度でも嘘を言えば、鵜呑みにしそうである。


「けど、あいつも馬鹿じゃないですからね」


 それこそ、何年兄妹で居るんだ、と言いたくなるぐらいに、キソラはノークの嘘を見破るだろうし、逆にノークはキソラの嘘を見破るのだろう。

 彼女が現在進行形で隠し続けている――『ゲーム』のことも含めて。


「言うじゃん」

「俺の妹ですから」

「この、シスコンが」

「何とでも言うが良い。否定はしないからな」


 特に気にした様子もなく、ノークはそう返す。

 そうは話しつつも、竜軍が去る気配はない。


(お前に任せて大丈夫だよな。キソラ)


 そう思いながら空を見上げるノークだが、当の本人であるキソラはホーリーロードを手にしたまま、構えを解かない。


「キソラ?」


 目は竜軍に向けられたまま、微動だにしないキソラに、彼女の背後を守っていたアキトが呼び掛ける。


(……“絶対聖光アブソリュート・スフィア”だけじゃ、足りなかったか)


 “絶対聖光アブソリュート・スフィア”の効果だけで全てを削れるとは思っていなかったが、まさかほとんど削れていないとは予想外である。


「チッ……こっちは、ほとんど魔力が残ってないっていうのに」


 隠しもせずに舌打ちするキソラだが、軽く息を吐く。


「――『願い、祈り、思え 在るべき場所へ帰れ』」


 ふわりと風が彼女の髪を靡かせる。


「『ものたちを 帰途へと導け 黄金の道よ』」


 キソラの足下には魔法陣は無かったが、そう告げた彼女の姿を見たアキトは目を見開いた。


(フリーゼ・フィール……?)


 この場に居るはずがないのだが、アキトには今のキソラが“飛行技術”フリーゼ・フィールにしか見えなかった。

 銀髪にアイスブルーの目を持ち、氷竜と契約した、世界に騎竜技術を広めた少女。

 そんな今のキソラは、アキトがフリーゼだと思ってしまうほど、銀髪にアイスブルーの目という容姿をしていた。


(それでも……)


 フリーゼの時の記憶は戻ってないのだろう。

 一方で、キソラの声に応えるかのように、“絶対聖光アブソリュート・スフィア”の光が、未だに残っていた竜軍に向かっていく。

 そして、竜たちに当たったかと思えば、まるで正気にでも戻ったかのように、こちらに向かってきていた竜たちの動きが止まる。


「……ったく、ここまでが限界か」


 そう呟いたかと思えば、いつの間にかいつもの姿に戻っていたキソラの身体が傾き掛けるものの、ホーリーロードを杖代わりに何とか耐える。


「大丈夫か? ……まあ、大丈夫じゃないと思うが」

「まあ、そうだね。意識持っていかされそうだけど、竜軍が去るのを見届けるまでは倒れるつもりはないし」

「お前なぁ」


 笑みを浮かべて返すキソラに、アキトは呆れた目を向ける。


「さて、帰り道は示したわけだけど、従ってくれるかどうか」

「もし、仮に駄目だとしても、大丈夫だろ」


 魔導連絡で空間魔導師の大人組――エルシェフォードたちと話したのだから。

 いざというときは、何とかする、と。


「それに、四聖精霊たちもいる」


 二人して、そちらに目を向ける。


「信じろよ。自分の仲間と家族を」

「そう、だね」


 アキトの言葉に、キソラも同意する。

 とりあえず、竜軍に関しては、近くにいる四聖精霊たちに任せてみるとして、キソラは未だに戦い続ける女とフィオラナに目を向ける。


「有り得ない有り得ない有り得ない! 黒竜の送還だけじゃなく、竜たちの精神操作までとか、有り得ない! 一体、何なのよ!」


 女が何か、喚いていた。


「何なの、と来ましたか」


 フィオラナは、ちらりと横目でキソラを見る。

 正確ではっきりとした説明を求められれば、少し困ってしまうが、分かる範囲での説明なら出来ないこともない。

 自分たちの主である迷宮管理者で、世界最強とされている空間魔導師の一人で、先代迷宮管理者であるノゾミたちの忘れ形見の一人。

 そして――


「我ら守護者が、仕えたいと思えるあるじですよ」


 最終的に、この結論に至るのだ。

 兄妹関係なく、覚える必要のあることは出来る限り教えるし、駄目なことをしたら注意し、良く出来たらちゃんと褒める。

 全ては、二人の両親が出来なかったことの代行なのだ。


「贔屓や色眼鏡だと言われても、文句は言うつもりはありませんよ。事実ですし」


 フィオラナは言う。


「けど、マスターたちに手を出すというなれば、話は別です」


 四聖精霊やフィオラナにしてみれば、これ以上、契約者やあるじを失うわけにはいかないのだ。


「っ、マスターマスターって……うっさいのよ! あんな奴のどこがいいのよ!?」


 女が叫ぶ。


「あの女さえいなければ――ッツ!!」


 再度叫ばれるかと思えば、女は吹っ飛ばされていた。


「うわぁ……平手じゃなくて、グーパンチとか」


 状況を見ていたアキトがそう言いながら、顔を引きつらせる。


「それ以上、口を開かないでもらえます? さすがに、公衆の面前で本気を出すのは避けたいので」


 フィオラナが目にも口にも笑みすら浮かべずに告げるのだが、そんな彼女を気にする素振りもなく、キソラは話しかける。


「フィオラナ、フィオラナ。ちょっと交代してくれる? あと、ホーリーロードこの子を少し持っててくれないかな?」

「え? あ、はい――」


 何も無いかのように返すフィオラナの言葉を全て聞き終わらないうちに、キソラは女が飛ばされた方に向かっていく。

 そして、女が立ち上がろうとしていたその前に降り立つ。


「すみませんね、うちの守護者が」

「……丸腰みたいだけど、随分余裕ね」


 自分を馬鹿にしているのかと鼻で笑う女に、キソラは首を横に振る。


「これでも見えないだけで、丸腰ではないんですがね。まあ、そんなことはどうでもいいんです。少し、言い忘れたことがあったので、言いに来ました」

「言い忘れたこと……?」


 怪訝な顔をする女に、キソラは頷く。


「両親同様に猶予を与えます。もう二度と――私たちに近づかないでください」

「何を言い出すかと思えば……私が従うとでも?」


 女は馬鹿みたい、と笑う。

 キソラがああ言ったのは、おそらく両親もそうしていただろうという予想からなのだが、女の様子からすると、どうやらそれは当たりらしい。


「まさか。うちの両親に言われても、聞かずにまた来たような人ですからね。来ないと言われても信じるつもりはありませんでしたが」


 キソラもキソラで、もし頷かれてあっさり信じるような頭はしていない。

 どちらかといえば、自分の周囲には子供だからと騙してくる者たちの方が多かったのだから。


「ですから、少し考えました。貴女が、私たちに近づかないでくれる方法を」

「方法……?」


 警戒する女に、キソラは笑みを浮かべる。


「はい」


 キソラは女に指を向けながら、肯定する。

 次の瞬間、女はぞくり、と何かが身体を這うような奇妙な何か・・を感じた。


「何を、したの」

「さあ、何でしょう? でも、一つ言えるのだとすれば――」


 キソラは漆黒の双眸そうぼうを向け、告げる。


「貴女が、再び私の前に現れた時――その時が貴女の死期です」

「死期、ですって?」

「信じる信じないはお好きにどうぞ。けれど、それ・・は間違いなく発動しますからね?」


 それでは、お仲間の皆さんにもよろしくお伝えくださいね、とキソラは満面の笑みを女へと向けた。


「……」


 言いたいことを言って去っていくキソラを見ながら、女はその場で呆然としていた。

 背中を向けられているという好機なのに、だ。


「……『アレ・・』が、あの二人の娘? とんだ化け物じゃない」


 逆にあの二人の子供でないと言われた方が信じられるほどに、女は感じた恐怖を振り払うかのように握り拳に力を込める。

 一方で、キソラはフィオラナにもう大丈夫、と告げ、ホーリーロードを受け取る。


「あんまり脅すなよ」

「ん? 何のこと?」


 アキトの心配も籠もった言い方に、キソラは不思議そうな顔をする。


「アキト君は心配なんだよ。君が不用意に挑発とかして仕返しとかされないか」

「ちょっ……」


 ギルド長の言葉に、アキトがぎょっとする。


「うん、そうだね」


 キソラ自身も理解しているので、分からない振りをするのではなく、素直に頷く。


「……まあ、いつものことだからってのもあるだろうけど、今回の相手が相手だけに、気をつけないと駄目だよ。キソラさん」


 ぽんぽん、と頭を撫でてからギルド長は屋根から降りていく。

 それを見たあと、キソラはアキトたちに尋ねる。


「ところで、竜軍はどうなったの?」

「ん? ああ、それなら……」


 ほら、とアキトがそちらを示す。

 キソラが見てみれば、竜軍となっていた竜たちがそれぞれの地へと帰ろうとしていた。


「帰り道、示しといて正解だったみたいだな」

「だねぇ」


 吹いてきた風に、髪が靡く。

 次の瞬間――


『キッソラちゃーん!』


 猛スピードでやってきたらしいシルフィードが抱きつくのだが。


「っ、ちょっ、シルフィ。ここ、屋根の上――」


 抱きつかれた拍子の、いろいろなダメージを耐えつつ、キソラはシルフィードに声を掛けるが、すでに遅く、ぐらり、と後ろへ傾いた身体は、重力に従い、倒れていく。


「……」

「……あー……」

『……』


 けれど、屋根から落ちることも、倒れきることもなかった。

 理由は、キソラが受け止められたからで、問題は誰が彼女たちを受け止めたのかということなのだが。


「……大丈夫か?」

「うん、大丈夫。ありがとう。――で、シルフィード?」


 とりあえず、バランスを取り直し、キソラは礼を言うと、シルフィードに目を向ける。


『ご、ごめんなさぁぁぁぁい!!』


 ばっと頭を下げるシルフィードに、やれやれとキソラは彼女を見る。


「まあ、無事そうならいいよ。ご苦労様」

『キソラちゃん……』

『私たちには、何も無いんですかねぇ? マスターァ?』


 涙を浮かべ始めたシルフィードへ乗っかるかのように、ウンディーネがキソラに尋ねる。


「みんなもご苦労様。かなり無茶言ったけど」


 フィオラナを含め、キソラは礼をする。


「アークも、さっきはありがとう」

「礼はさっき聞いたがな」


 キソラたちを受け止めた人物ことアークは、特に気にした様子もなく返す。


『ですが、主殿。まだ全て終わったわけではありませんぞ? そもそもの原因である帝国軍は去っていないわけですし』


 ノームの言葉に、ハッとする守護者たち。


「けどなぁ。私、もうどうにも出来ないし」


 どうにかするための魔力が無いんだよねぇ、とキソラは言う。


「ああ、そのことなんだが」


 リックスが屋根の上に登ってくる。


「何ですか?」

「あの二人は引き返すんだと」

「そうですか」


 キソラは内心安堵した。

 やはり、戦わないのでいいのなら、その方がいいのだから。


「で、お前に伝言。『次に会ったときは負けないからな』だそうだ」

「……はぁ。まあ、来たら返り討ちにしてやりますけど」


 その頃には、魔力や体力など、回復もしているのだろう。


(まあ、言い忘れたこともあるけど、帰ったならしょうがないか)


 キソラ自身も少し忘れかけていたが、ジャスパーの件だって片付いていないのだ。


「さて、俺はあの二人にも伝えないといけないからな。信じるかどうかは別として」

「そうですか。じゃあ、私は一回部屋に戻ります」

「ん? いいのか? 普通なら授業中だろ?」


 その問いに、「まあ、そうなんですけど」と言いつつ、キソラは続ける。


「ほとんど魔力無いのに、授業も試験も受けられるわけないじゃん。少しは回復させてよ」

「お前、何言って……って、ああ、そうだったな」


 リックスが尋ねようとするのだが、途中で思い出したらしい。

 この魔法――“絶対聖光アブソリュート・スフィア”には、メリットもあれば、デメリットもある。

 そんなデメリットの一つが、術者への影響である。

 術者が指定した『もの』に体力とうの回復など、様々な効果を与えることが出来るのだが、術者本人にはその効果が与えられないのだ。

 おまけに、必要な魔力が多く、消費も激しいため、空間魔導師であるはずのキソラやノークですら地味にその影響を受け、身動きが取れずにいたというわけだ。


「まあ、何だ。こういう時こそ、周囲まわりを頼るんだな。お前の性格上、誰かに頼ろうとはしないんだろうが、こんな状況だと、いやでも誰かの手を借りた方が良いと思うぞ? お前には、ノークや俺たち、ギルドの奴らや守護者たちも居るんだから」


 そう言うと、リックスは屋根から飛び降りていく。


「えっと……」


 戸惑いながら、周囲を見るキソラに、四聖精霊を筆頭とする守護者たちは頷き、「だとよ」と言いたげなアークとアキトも彼女を見ている。


『キソラちゃんはさ。今回は頼ってくれたけど、基本的に何かあっても、一人で何とかしようとするじゃん。だから、心配してるんじゃないかな』

『まあ、彼なりの心配の仕方なんでしょう。主殿は誰かに頼るのが下手ですから』

「うっさい」


 力を持つが為に、信じられる者は信じ、周囲とは壁を作ってしまう。

 キソラの場合、表に出にくいだけに、彼女を幼いときから知る守護者や空間魔導師たちは、そのことを気にしていたのだろう。


「……このお人好し集団が」

「お前ほどじゃねぇよ」


 キソラの言葉に、アキトがそう返す。

 そのことにむっとしたキソラだが、今言い返しても意味が無さそうなので、言い返すようなことはしない。


「それでは、私も行きますね」


 四聖精霊たちも居ることから大丈夫だと判断したらしいフィオラナがそう告げる。


『あ、ついでに帰りまーす』


 手を挙げてそう告げるライアに苦笑いしつつ、キソラは頷く。


『二人とも、ご苦労だった』

『いえいえ~』


 ノームの労いに対し、ライアはそう返し、フィオラナは笑みを浮かべ会釈すると、それぞれの迷宮へと戻っていった。


「じゃあ、私たちも行きますか」


 くるりとその身を反転させ、学院方面へと足を向けようとしたキソラだが――


「あー、帰ろうとしてるところ悪いけどさ」


 振り返れば、ラグナがひらひらと手を振っており、その隣にはフィアーレが軽く頭を下げている。

 そして、そんな彼らの近くに居る・・のは、身形みなりからして帝国軍。


(あ、嫌な予感……)


 そう思ったのと同時に、ひく、と口の端が引きつるのを理解した。


「帝国軍の送還、任せて良いかな?」

「冗談じゃありませんよ! つか、無理です! 魔力的にも物理的にも! それに、同じ帝国軍なら、あそこに居るんですから、そっちに任せてくださいよ!!」


 キソラが指をした先に居たのは、エドワードたち帝国師団長が率いる集団である。


「うわぁ、人類最強と空間魔導師に指示されているとか、ストレス凄そうだなぁ。帝国軍」


 面白そうに笑うラグナに、キソラは声を掛ける。


「とりあえず、可哀想になってきたので、その人たちを早くろしてあげてください。フィアーレさんも、律儀にラグナさんに付き合わなくて良いんですよ?」

「ふふ、もちろん分かってますよ?」


 それなりに長い付き合いですから、と笑みを浮かべて言われてしまえば、キソラも何も言えなくなる。

 そんなキソラを余所に、二人は自分たちが相手にした師団長たちをエドワードたちに差し出す。


「移動中、少しうるさくてさ。黙らせただけだから」


 分血などの理由があるとはいえ、魔族の血を引くラグナだけだと信じてもらえない可能性があるため、その保険なのか、フィアーレが彼の横で首を縦に振る。

 そんな光景を、やや遠い目をして見ながら、キソラは呟く。


「……リックスさんの嘘つき。すぐに頼られてきたんですけど」


 言った側からこれでは、意味がないではないか。


「ま、結局はあっちに行ったんだし、今のはノーカンにしといてやれよ」

「……そうだね」


 誰だって、未来予知など出来ないのだから、こういうこともあるのだろう。






 日が落ちても流星のような光が降りしきる中、帝国師団長たちが率いる帝国軍は、来たときにも使っていた飛竜たちで引き返すことになった。

 表向きの理由は、偶然居合わせた空間魔導師たちからの反撃。普通の人間である帝国師団長が叶うはずもなく、撤退を余儀なくされた(という風になっている)。

 やや遅れて、最前線とされていた国境付近でも同様のことが起き、こちらも空間魔導師たちの参戦で撤退せざるをなかったとのこと。途中、蘇る戦乙女と空間魔導師の対決があったようだが、勝敗に関しては空間魔導師に軍配が上がったらしい。

 ただ、全ての真実を知るのは、その場に居合わせた者たちのみであり、その者たちの口からは「火の精霊」に「黒竜」、「竜の集団」や「終戦の光」といった言葉が多く告げられていた。


「とりあえず、こんな感じかな」


 焼き菓子を口にしながら、キャラベルは呟く。


「後世の歴史研究者たちには悪いけど、誤魔化させてもらうよ」


 キャラベルの空間魔法の能力は、人の記憶に対し、作用も干渉もできない。

 だが、記すことは出来る。


『真実を知るのは、我らと“母なる大地の記憶マザー・コンピューター”のみ、ですか』

「そうなるねぇ」


 ノームの言葉に、キャラベルは頷く。


 世界が出来上がったその瞬間から現在に至るまで、全ての情報を保有する巨大ネットワーク――“母なる大地の記憶マザー・コンピューター”。

 怖いことに、改変しようとすれば、その経緯でさえ刻まれてしまうため、不用意に手を出すことは禁じられている。


 では何故、それを管理するのが精霊であるノームなのか。

 その点については不明だが、ずっと続いてきたことなので、ノーム自身、否定はしないし、するつもりもない。


「けど、キソラがあっさり許可したのにはびっくりしたなぁ。信じてる云々じゃ、説明付かないよ?」

『まあ、貴女様の能力などからも考えて、“母なる大地の記憶マザー・コンピューター”関係というのが予想できたのでは?』


 そうでなければ、キャラベルを向かわせたりはしないはずだ、とノームは言う。


「私がいじるという可能性は?」

『可能性としてはありましょうが……それでも、主殿は貴女様を信じて開放したと思いますよ。だって――主殿は貴女が好きなんですから』


 ――友人として、仲間として、先輩として、尊敬し、信じるに値する。そういう人ですよ。


 それを聞いたキャラベルは、目を見開いた後、恥ずかしそうに顔を背ける。


「……もう帰る」

『おや、もう良いんですか?』

「こんな状態で、まともに作業なんか出来るかぁっ!」


 キャラベルはそう叫ぶと、荷物を持ってこの場から去っていく。

 そんな彼女をやれやれといった風に見送ると、ノームは“母なる大地の記憶マザー・コンピューター”を見つめる。


『我らの歩み、きちんと刻んでくだされよ。母なる大地よ』


 そう告げると、不用意に触られないよう管理システムを戻し、ノームもその場を後にするのだった。

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