第七十四話:国内・学院攻防戦XIX(黒竜退治Ⅴ・竜軍襲来)


『さて、どうする? 迷宮管理者』


 光により、肩を消失した黒竜がキソラに尋ねる。

 対するキソラは、この状況にやや俯きながら歯を食いしばっていた。


(知識では知ってたのに!)


 竜の咆哮には様々な意味がある。

 威嚇や牽制、今みたいに仲間を呼び寄せることも出来る。

 何故、黒竜が咆哮した時点で予想し、察せられなかったのだろうか。


(いや、その理由は分かってる)


 気配感知は全方位に向けていたが、意識は黒竜の送還に向けられていた上、フィオラナたちが居るとはいえ、動けないのを良いことに女がいつその刃をまた向けてくるのかは分からない。

 これだけで、すでにやっていることは三つなのだ。

 そこに咆哮とそれが示す意味の予測。

 いくら何でも、五つをこなすのは無理だ。

 キソラはちらりと黒竜の送還速度を確認する。


(まだ首か)


 送還が完了するまでは、キソラは何も出来ない。


(けど、頭は使える)


 小さく息を吐く。


「どうする、か」


 黒竜の言葉に、キソラは笑みを浮かべて返す。


「もちろん、対応するに決まってんだろうが」


 こんなの、見逃すつもりはない。


「シルフィード、イフリート。二人は竜の対応に向かいなさい。ノームはそのままで無理のない範囲で防御をお願い。ウンディーネもそのままで」


 まずは四聖精霊たちに指示を出す。


「申し訳ありませんが、オーキンスさんたちも竜の対応に向かってくれますか? シルフィードたちだけだと限界もあるので」

「言うと思ったよ。まあ、行ってやるが」


 四聖精霊たちに指示を出している時点で予想できていたらしく、あっさりと了承してくれた。


「ありがとうございます」


 礼を言いつつ、次はフィオラナに目を向ける。


「フィオラナは、そのままその人の相手をお願い」

「分かりました」


 即答にも等しいぐらいの素早さで返事が返ってくる。


「さて……ライア」

「はい!」


 待ってましたとばかりに、目を輝かせながらライアと呼ばれた――ノーム曰く、奇声を上げていた――守護者は、キソラからの指示を待つ。

 ちなみに、フィオラナが来たのは、ライアが呼んだからである。


「ノームの補佐、お願いね」

「はい!」

主殿あるじどの!?』


 ぎょっとした顔でノームがキソラの方を向くが、肝心のキソラは何も返すことはせず、一通り指示をし終えたことに小さく息を吐いた。


(さて、あの竜軍、どうしようかな)


 案が無いわけではないが、黒竜の送還完了時点での魔力残量次第では、実行することすら不可能である。


「っ、」


 黒竜の送還は顎まで進み、残るは顔だけである。

 喉が消えたことから、ブレスなどの心配はないが、竜軍からのブレスとかが無くなったわけではない。


(覚悟、しておこうか)


 そして、思いっきり空気を吸い込み、吐き出すと、キソラは“セカンド・モード”の相棒に告げる。


「送還終了後、“真砲 スタンバイ”ね」


 送還中だったからなのか、了解の意は伝わってこなかったのだが、キソラには何となく分かった気がした。


「大丈夫だよ。私たちはそう簡単にいかない・・・・から」


 ――だから、武器とはいえど、やるべきことに集中しなさい。


 キソラは相棒にそう告げる。


「さて、私は経緯報告と協力要請しますかね」


 そう言いつつ、キソラは空間魔導師間の魔導連絡を起動させる。

 小型通信機を必要としない、微量な魔力を使うことで連絡できるこの方法は、情報を扱う空間魔導師のキャラベルが作り出した・・・・・魔法であり、空間魔導師間で試用期間中なのだが、面々がいろんな意味でトラブルメーカーなキソラに上手いこと言い訳をして、半強制的に覚えさせたのだ。

 だがまさか、こうして本当に使うことになるとは思わなかった。何をどうしようと、結局は今まで使い慣れた小型通信機の方に手を伸ばしてしまうのだから。


「もしもーし。通じてる?」


 とりあえず、呼び掛けてみる。

 繋げたのは、未だに国境沿いにいる空間魔導師たち全員・・である(つまり、キソラ、オーキンス、リリゼール、リックスの四人以外)。


『はいはーい。キャラベルちゃんでーす☆ ちゃんと、通じてますよー』

『こっちも通じてるよ』

『同じく』

『で、どうした?』


 いつの間にか語尾に星を付ける話し方に戻したらしいキャラベルをスルーしつつ、面々は上手く繋がっていることを告げる。


「さっそく、用件だけど」


 キソラは、爆弾を落とすかのように告げる。


「もし、そっちにたくさんの竜が向かってきているのなら――多分それ、私のせい」

『はぁぁぁぁああああ!?』


 国境沿いの戦場で、空間魔導師たちの声が一斉に上がった。


   ☆★☆   


『何かさ。街中に黒竜が出現したのを感じ取ったから、向かってみたんだよ』


 兄さんは何となく分かっていたと思うけど、とキソラは面々に説明を始めた。


『で、対処しようとしていたら、今度は黒竜の召喚者とかいう人が現れて、その人、お母さんに恨みがあるみたいで、その娘である私を黒竜召喚で殺しに来たみたい。正直、嘗められてる気がしてイラッとしたから、黒竜送還してたら、その黒竜が竜軍呼び寄せて、現在に至ります』

『……』


 キソラの説明に、それを聞いていた面々は思わず無言になる。


「とりあえず、一言良いか?」


 ノークの言葉に、キソラは首を傾げる。


「お前、馬鹿か。何で挑発に挑発で返してるんだよ」

『あれ、何で分かったの? 私、その辺の説明、省いたよね?』


 エルシェフォードたちはしたのかという目を向けていたが、ノークは分かっていた。


「何でって、何年兄妹やってると思ってんだよ。それに、お前の性格を考えると、いやでも分かるわ」


 それに、少しばかり素で話したのだろう。


『それでどうした。わざわざ魔導連絡これ使ってきたんだ。ノークに何か言いたかったんじゃないのか』


 アクアライトがキソラに尋ねる。


『両手が放せないから使ったっていうのもあるけど、本当のこといえば、“真砲”ぶっ放して、あの竜軍を撃退しようか、っていう相談』

「……現時点での魔力残量は?」

『制御リミッター一桁ひとけた内です』


 ノークは頭を抱えた。

 そもそも、キソラが魔力制御をしているのは、完全に制御し切れていないからであり、最低でも十数個をキソラは所持していたはずだ。

 それなのに、それが一桁になるとは、どんな戦い方をすれば、そこまで魔力を使うことになるんだ、と。


(いや、四聖たちが居る時点で予想はしてたが)


 彼らの魔力の一部は、迷宮管理者であるキソラの魔力も含まれており、それは今でも少しずつだが、四聖精霊たちへと送られている。


「……分かった。なら、ラスいちで何とか踏ん張れよ。足りない魔力はこっちで補ってやるから」

『ノーク!?』

『本気か!?』

『分かった』


 ノークの言葉に、エルシェフォードたちはぎょっとし、キソラは素直に頷いた。

 自分のことをあっさりと・・・・・信じてくれるのは嬉しいが、時折心配になるのは、兄であるせいなのか、キソラが妹であるせいなのか。


『……ノーク。あんたあっさりと許可したけど、下手したらあんたの方が魔力切れになる可能性があること、忘れてない?』


 話を聞いてて、何を思ったのか。キャラベルがノークに尋ねる。

 いくら現時点でキソラの魔力が少ないとはいえ、それをノークや他の誰かが補うとなれば話は変わってくる。


「分かってますよ。それに、相性のことや支障が出るなら、俺が適任だと思いません?」


 それに、ノークは魔法が無くても戦えるタイプだから、魔力切れに関しては、あまり気にしてはいない。

 彼にしてみれば、死なずにキソラと会うことが、どんな優先順位よりも一番なのだから。


『全く、あんたたち兄妹はぁ……』


 溜め息混じりに頭を抱える年長組に、エターナル兄妹は笑みを浮かべる。

 他の人に無茶するなと言いながらも、すでに無茶していることは理解している。


『けど、そう言いながらも、私たちが動けなくなったときは、どうにかしてくれるんですよね?』


 それに目を見開くエルシェフォードたち。


『キソラ。あんた、そう言えば誤魔化せるとか思ってない?』

『あはは、実は思ってましたけど――』


 疑いの眼差しを向けるエルシェフォードに、キソラはそこで一度区切り、告げる。


「何とかしてくれるって、信じてますから」

『……もう』


 キソラの言葉に、エルシェフォードが照れくさそうにすれば、アクアライトやキャラベルが噴き出す。


『それで、“通常ノーマル”、“上位ホーリー”、“絶対アブソリュート”。どれにする?』

「“絶対アブソ”。私に何発も打てる余裕は無いから、攻撃力と保険狙いで」

『了解』


 ノークの確認に返せば、頷かれる。

 それを見た後、キソラは黒竜の送還状況を確認する。


「現在、残る送還箇所は頭部の角のみ。終わり次第、“真砲”へ移行します」

『あいよ』


 とりあえず、ノークとの会話はそこまでにしつつ、キソラは黒竜から竜たちの相手をする四聖精霊たちに目を向ける。

 黒竜の拘束が必要ないと分かってから、ノームとウンディーネは先行していたシルフィードたちの元へと向かい、合流していた。


『黒竜は?』

『残ったのはほとんど角だけだから、私たちの拘束は解いてこっちに来たの』


 状況把握のために尋ねたイフリートに、ウンディーネが答える。


『ただ、主殿が“真砲”を打つ気でいるみたいだから、各々頭に入れておけ』

『はぁっ!?』


 ノームの言葉に、イフリートが声を上げる。


『魔力少なくなってるのに正気!?』

『我に言うでない』

『それに、魔欠は覚悟済みみたいでノークの方に連絡してたから、もう無理よ』


 シルフィードの言葉に、ノームとウンディーネがそれぞれ返す。


『これ終わったら、少しの間は自分たちの魔力頼みか』

『仕方ないよ』

『ウンディーネが一番忙しくなると思うがな』

『そんなこと、今言わないでよー』


 そんなことを言いつつ、四人は竜たちを捌いていくのだが、そんな彼らを見ていたキソラは、相棒を持つ手に力を込める。


「……大丈夫。何とかなる」


 周囲に迷惑は掛けても、死ぬわけじゃない。


「絶対に死なせない」


 黒竜の送還が終わったからなのか、相棒は“真砲”になるために、スタンバイ状態から変化を始めている。

 そして、時を同じく、ノークの持つ相棒も“真砲”へとスタンバイ状態から姿を変え始めていた。


 ――頼むよ、相棒。


 両親の時から様々な無茶に耐えてきたのであろう相棒に、二人は思い、祈り、願うのだった。

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