第七十三話:国内・学院攻防戦XVIII(黒竜退治Ⅳ・送還)


 軽く息を吐いたキソラの足元に魔法陣が現れ、ふわりと髪が靡く。

 四聖精霊たちの準備は終わっているのか、キソラの方を見ながら、タイミングを見計らっている。


「……よし」


 相棒はまだ“セカンド・モード”になっていないが、そんなに慌てる必要はない。

 もしこれが夕方だったり、夜であれば慌てたかもしれないが、今は昼であり、太陽が照らしている。

 だから、あの図体に対し、暗くて同化しているせいで攻撃などを外すなんてことは有り得ない。

 だが、そんなキソラたちから何かを感じ取ったのか、黒竜が口を開け、そこに光が集まっていく。


「っ、このタイミングでブレスとか!」

『キソラちゃん!』


 舌打ちしたキソラに、シルフィードの慌てた声が届く。


(しかも、このブレス――)


「リリさん! 最大出力で防壁を展開してください!」

「え? けど……」

「普通のブレスならともかく、今からのは段違いなんです! とにかく急いでください!」


 リリゼールにそう声を掛けた後、キソラは次にノームへ声を掛ける。


「ノーム。許可するから、最大出力か制限解除して防壁展開!」

『しかし、主殿あるじどの……』

「早く!」


 疑問を口にしようとしたノームすら遮り、キソラは急かし、黒竜に目を向ける。


(ああもう、嫌な予感しかしないし……)


 すでに相棒は“セカンド・モード”の姿にはなっているから、防ぐことは出来るが、防ぎきるには迷宮管理者としての能力ちからより空間魔導師としての能力ちからの方が良いだろう。


(けど、仕方ないか)


 “セカンド・モード”の魔力で作り出した刃の部分に指を当て、血を出せば、その指で空中に字を書いていく。


『生から死へ 死から生へ 森羅万象 魂は巡り 転生を繰り返す』


 時も空間も越えて、出会いと別れを繰り返す。


『彼らを守護し 幸福を与えよ』


 願うは生きるということ。


『運命外で死するなら そのあるべき運命をなぞりながらも 書き換えよう』


 もし、このブレスで死ぬのだとすれば、その運命だけは書き換えて見せよう。


『今ここに綴る』


 ここに記すは願いや祈りであり、命令。


『空間魔導師 キソラ・エターナルが命じる』


「『望むものには祝福を 敵対せしものには破壊を』――“ブレイジング・プロテクション”、“ドラゴン・ブレイカー”!!」


 前者の魔法陣は何重にも重ねられ、後者は黒竜から吐き出されたブレスへと向かって放たれる。

 ちなみに、後者――“ドラゴン・ブレイカー”は、ドラゴンたちの攻撃を相殺するための魔法であり、ドラゴンから放たれるブレスも例外ではない。


(威力の問題上、両方とも、かなり重ねたんだけどなぁ)


 そんな“ドラゴン・ブレイカー”から逸れた一部のブレスが、キソラにより重ねられた防壁魔法陣やリリゼールとノームが展開した防壁すら突き破っていく。


「っ、」


 それでも、ブレスの勢いが収まる様子はない。


「あいつらの防壁もかなりのものなのに、あれでもされるのかよ」


 見ていたオーキンスの言葉に、リリゼールの顔が歪む。


「……ねぇ、オーキンス。あの子の後ろ、誰もいないわよね?」

「ああ、いないはずだ」


 リリゼールが言いたいことを理解したオーキンスが頷く。

 運が良いのか悪いのか、黒竜が向いているのは学院とは逆方向で、背を向けている。


「キソラ、避けなさい! あんたの後ろに人はいないから!」

「駄目ですよ」


 リリゼールが叫ぶが、キソラは拒否した。

 ただ、全方位に向けられていた彼女の気配感知は、ちゃんと捉えていた。

 こちらに向かってくるいくつかの気配と、ブレスの放たれた先にあるものを、彼女はきちんと把握していた。


「それに、私はこの程度で死にはしませんよ」


 それは、キソラが何度でも言い、自分自身にも言い聞かせるようにしてきた言葉。


(それに――)


 ――やることやってないのに死ねるか。


 言外にそう告げながら、相棒を横向きに持ったまま、黒竜へと向ける。


『死を司りし 存在せし竜よ』

『っ、』


 送還のための詠唱に入ったキソラに、シルフィードが悔しそうな悲しそうな顔をしながら緑色の鎖を黒竜の首に巻き付ける。


『キソラちゃんは、あんたなんかに連れて行かせないだからぁっ!』


 懸命に鎖を引っ張るシルフィードに感化されたのか、イフリートが赤色の、ウンディーネが青色の、ノームが黄色の鎖で黒竜を拘束する。


『時と空間を越え 人々の前に降り立ち竜よ』


 未だに、キソラの防壁はブレスに突き破られているが、すでに口を閉じている黒竜の足下には大きな魔法陣があり、光を放っている。


【指定迷宮及びダンジョン:管理下外・“魔天まてんの塔”七十五階層 迷宮及びダンジョンへの接続:完了】


 相棒のコアから表示され、キソラが確認する。


『流されたもの 破壊されたもの』


 流されたのは、血や涙。

 破壊されたのは、命や建物。


永久とわの眠りにつきし“もの”たちのためにも 願い 祈ろう』


 “もの”は人だけではない。

 人々から愛情を受けていた植物や身近に存在していた妖精や精霊。


『迷宮管理者 キソラ・エターナルが命じる』


 管理下外とはいえ、今回は迷宮や守護者関係なので、『迷宮管理者』として命じる。


『主従の契りを解き 本来在るべき場所へ帰れ――“デス・イーヴィル・ドラゴン”!!』


 黒竜を光が包み込み、その光が天へと昇っていく。


(帰れ……)

(帰れ……)

(帰って……)


 この時ばかりは、その場の面々――敵味方関係なく、全員が黒竜にそう念じた。


「っ、」


 一方で、キソラは急速に魔力が減っていくのを感じていた。

 けど、送還は始めたばかりだ。開始早々、中断するわけにはいかない。


「帰れぇぇぇぇええええ!!!!」


 キソラが叫ぶ。

 いくら想いのブーストがあるとはいえ、これはキツい。


「嘘でしょ!?」


 黒竜の足部分が光の粒子となり、消え始めたことで、女の表情が驚愕に染まる。


「っ、冗談じゃないわよ!」


 焦ったのか、女が剣の切っ先をキソラに向け始める。


「キソラさん!」

「っ、」


 ギルド長の声でそちらを一瞥したが、今の彼女には、どうにも出来なかった。

 今この場から動くということは、黒竜の送還を中断するということだ。

 それだけは、どうしても避けなければいけない。

 それに、気配感知を全方位に向けているとはいえ、全てに対し、すぐに対応できるわけがない。


「リリ」

「無茶言わないで。あの子に最大出力で、って言われたから、今あっちに割く魔力があんまり残ってないの」

「何あっさり言う通りにしてるんだよ。普段のお前なら、そんな事しないだろ」

「まあ、普段なら、ね。けど、仕方ないでしょ。あのブレスがヤバそうだってことは分かっていたし」


 本当はリリゼールだって、キソラの方に防壁を展開したかったのだ。


「とにもかくにも、今のボクには無理だ」


 悔しそうなリリゼールに、オーキンスもそうか、と返すしかなかった。


「ふふっ」

「くそっ!」


 一方、女はキソラが動けないことを良いことに、彼女の元へと向かっており、その後ろをギルド長が追っていた。

 黒竜は自身を包む光の影響か、腹部まで粒子により消しており、キソラが完全に送還し終えるまで、まだ時間が掛かりそうだった。


「っ、」


 本当に、いろんな意味でいろんな物が足りない。

 少しばかりなら、足を数センチでも動かせるかと思ったが、そうすると腕も数センチ動いてしまい、送還する陣がぶれたのをキソラは見逃さなかった。

 つまり、何があっても動くことは出来ないのだ。


「死になさい! そして、親を恨むことね!」


 そう言いながら、女は剣を振り上げ、キソラへと振り下ろす。

 けれど、それはキソラに当たることはなかった。


「――させない。何があったのかは知らないけど、我が主に危害を加えようとするのだけは認められません」


 そう告げる声の主に、キソラは目を見開いた。


「……フィオ、ラナ」


 声の主ことフィオラナの名前を呼ぶキソラに、彼女は振り返って、笑みを浮かべた。


「お久しぶりです、キソラ様」

「様はいらないよ」


 軽く頭を下げるフィオラナに、いくら迷宮管理者と守護者でも、と首を横に振るキソラ。

 久しぶりというほどそんなに経ってはいないと思うが、あの時のことを思い出すと、こうして駆けつけてくれたことに涙が出そうになる。


「それで、私は彼女の相手をしていればよろしいんでしょうか?」

「そうだね。出来るだけ長く……無理に長引かせてくれても良いから。――貴女に任せたよ、フィオラナ」


 確認をしてきたフィオラナにそう返せば、嬉しそうに頭を下げてきた。

 よく考えれば、というより思い出せば、これが迷宮管理者となったキソラからフィオラナへの初めての『命令』のようなものなのだ。

 だがこれで、キソラは黒竜に再度集中できる。

 フィオラナとて弱くはない。あの時は何者かに操られていたとはいえ、彼女と戦ったキソラは、その実力を十分理解している。

 黒竜送還は相も変わらずゆっくり進んでおり、現在は胸の部分まで進んでいる。

 四聖精霊たちの放った鎖も、送還が進むに連れて外しているらしく、胸部分にあった鎖も、いつの間にか外されていた。

 そんなときだった。


『ククク、この程度か? 迷宮管理者よ』


 まるで問いかけるような声に、キソラは顔を顰め、四聖精霊たちはすぐさま対応できるようにと、鎖を手にしたまま臨戦態勢、女と対峙していたフィオラナは不機嫌そうに黒竜に目を向け、指示が来次第、すぐに攻撃できるよう四聖精霊たちと同じ臨戦態勢になり、地上の面々はざわついた。


「……どういう意味だろうか」


 とりあえず、少しでも嘗められないよう、そう返しながらも、キソラは黒竜の真意を問う。


『そのままの意味だ。この程度の拘束を解くことなど容易いし、今この場から離脱することも出来る』

「それなら、何故すぐに実行しなかった? 可能だったんだろう?」


 キソラの問いは尤もであり、ストレートだった。


『貴様があれからどの程度の実力を手に入れたのか、見てみたかったのだが……期待外れだったか』


 あれから、というのは、迷宮攻略の時からのことを言っているのだろう。

 だが、期待外れとは聞き捨てならない。


「勝手に期待したのは、そっちだろうが。期待するしないは勝手だが、相手に期待通りの結果を求めるな」


 確かに、あの時と比べれば、強くなった方ではあるが、どれだけ求めても、キソラには、やっぱりいろいろ足りないと思えてしまう。


『口だけは達者になったか。小娘』

「勝手に言ってろ。デカブツが」


 鼻で笑う黒竜に、キソラは返す。


(そういえば、あの時と比べると、口の悪さも悪化した気がする)


 口の悪さの主な原因は、周囲にいた者たちと育った環境だと思うし、普段は(表向き)あまり口にしないから大丈夫だが、本音や挑発などをするときはどうしても口が悪くなる。

 友人たちやギルドの面々は慣れた様子でスルーしているが、その内心まではキソラにも分からない。

 黒竜を包む光は、すでに両腕を消しており、あと少しで肩や首へ到達しようとしていた。

 だが、黒竜はキソラの口の悪さを気にした様子もなく、告げる。


『だが、我を退けたからといって、調子に乗るなよ。人間ども』


 黒竜の目が地上にいるオーキンスたちに向けられる。

 その目から放たれる威圧感にたじろぎ、逃げ出す者たちまでおり、黒竜はふん、と鼻息を吐いた。

 だが――


「おい」


 誰かが黒竜に話しかけた。


「その言葉。そっくりそのまま、お前に返すぞ」


 その誰かはキソラだったのだが、彼女の纏う雰囲気だけは、先程と変わっていた。

 本人は気付いているのかいないのかは不明だが、キソラの目の奥には白銀の光が見え隠れしている。


(この気……氷竜か)


 黒竜は目を細め、キソラを見る。


『ふん、出来るものならやってみろ』


 そして、黒竜は空に向かって咆哮し、響かせる。


「何……?」


 黒竜の行動に面々が怪訝な表情をするが、何かに気付いたらしいシルフィードが叫ぶ。


『キソラちゃん、あれ!』

「なっ……」


 シルフィードが示す方に目を向けた面々が見たのは、こちらへと向かってくる竜の集団だった。

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