第三章、夏休み

前章~校内大会・帝国編~

第七十六話:『魔欠』と夏休みの予定


 ごぽっ、と巨大な縦長の水槽から泡が出る。

 水槽の中には、今は何も無いが、暗いこの部屋の光源でもあった。


「クソッ、せっかくの被験体だったのに……!」


 暗い室内で、悔しそうな、怒っているような表情を浮かべながら、眼鏡を掛けた不健康そうにも見える男は水槽に目を向ける。


「しかも、奴らに回収されたとは……ぐぬぬ」


 やはり時期尚早だったか、と言う男だが、その目には次への目標が窺えた。


「さて、そのためには次の被験体を――」

「させないよ」


 用意しなくては、と言おうとした男の言葉を遮り、かつん、という音をその場に響かせながら、遮った人物は姿を現すのだが、何分なにぶん暗い室内である。男が分かったのは、現れた人物の声と服装のみで、肝心の顔は陰になって見えない。


死霊使いネクロマンサーなどの本職で無いのに、禁忌を犯した。それが、どういう意味か。分かっています?」

「だ、誰だ!?」


 男は問うが、人物は答えない。


「想像したことがありますか? 見知らぬ誰かに、自分の魂や肉体が利用されているという事を」

「っ、」


 人物は『自分』の場合は無理でしょうが、と内心自嘲したのだが、それはそれ、これはこれである。

 男は人間であるのだから、想像することぐらいは出来るのであろう。


「嫌ですよねぇ。魂も肉体も、自分が自分でない風に改造されるのですから」


 ――それを、貴方は行い、繰り返そうとしている。


 人物はそう付け加えた。


「それにしても、今回は良かった。気づいたのも、対処したのも、主様ぬしさまでしたから」

「主、様……?」


 ようやく声を発した男に、人物は笑みを浮かべる(暗くて分かりにくいが)。


「ええ。貴方が禁忌により復活させた戦乙女彼女を止めたのは、我らが主なんですよ」


 笑みを浮かべながら、人物は言う。


「ですが、気づいたのが主様で良かった。対処や処置が早かったんですから。ですが――りにもって、主様ぬしさまの手を煩わせた。これだけは許せません」


 人物は、冷たい視線を男に向け、見下すようにも見えるような風に告げる。

 そして、男は気づいてしまった。人物の側にある、きらりと光る刃に。


「ま、まさか殺す気ではないだろうな? それがもし、お前の独断なら、主様とやらは切り捨てるかもしれんぞ!?」


 男は慌てて、言葉を紡ぐ。


「それもそうですが、問題ないでしょう。確かに我は独断で行動してはいるが、それで我を切るような方ではない故」


 周知しなければ、あまり干渉はしない。

 そういう部分が、彼女にはある。


「ああ、聞くのを忘れていました。貴方のような人に、誰が『死者蘇生』なんて禁忌を教えたんでしょうかね?」

「何のことだ?」

「嫌ですね。しらばっくれるつもりですか?」


 刃――鎌の刃を男の首に当てながら、人物――青年のような漆黒の人物が尋ねる。


「もしかしたら、死なずに済むかもしれませんよ?」

「あ、あ……」


 漆黒の青年が目を細め、男は震えながら告げる。


「い、言ったら、俺が奴らに殺される!」

「なるほど。すでに、脅しで口止めしていたわけですか」


 では、どうしましょうか、と青年は思案する。


「ああ、そうだ。話しても問題ない方法を思い付きました」


 だが、その方法を口にする前に、男にだから話してください、と促す。


「信じて、良いんだな?」

「信じる信じないは勝手にしてください。ただ、方法が我にあるだけであって」


 男は逡巡する。

 初対面の青年を信じるかどうか。

 禁忌を自分に教えてきた奴らの目的は不明だが、それなりの地位を得られるなら、と手を出した。

 この帝国くにでも、禁忌を犯せば極刑を免れない。


「っ、」


 軽く目を閉じ、決意したかのように開くと、男は告げる。


「そうか――」


 青年がそう呟いた後は、一瞬だった。

 彼の装束には返り血が付き、足元には血溜まりが出来る。


「やれやれ。主殿に相談しなくては」


 男の瀕死となったを抱き上げ、青年はその場を後にした。


 その後、男の同僚がこの場に来るのだが、本来なら居るはずの男の不在と床に出来ていた血溜まりにより、同僚に呼ばれた騎士団や魔導師団が調査することとなる。

 その調査過程で男が禁忌を犯していたと発覚し、復活した者か否かは不明だが、何者かにより襲われ、連れ去られたのではないのかというのが双方の最終的な見解となった。


   ☆★☆   


「だぁかぁらぁ、私は『魔欠』だっつてんでしょうが」


 キソラがいつも以上に不機嫌な顔をして言う。


 戦争終了から数日後。

 “絶対アブソリュート・聖光スフィア”の効果も切れ、避難していた人たちが戻ってきたり、一部の復興作業が続く中、学院に通う生徒たちの間で、一つの噂が流れていた。

 というのも、どこから出たのか、キソラが空間魔導師であるという噂が流れたのである。

 もちろん、キソラが空間魔導師であることをノエルたちが話すとは思えず(話すなら、もっと前から話しているはず)、初等部から現在のこの時まで、話すようなタイプの者が居ないわけではないが、今みたいに噂が広まったことはない。


 まあ、今は噂の出所でどころよりも、この状況である。

 そもそも、『魔欠』というのは、『魔力欠乏症』のことで、先日の戦争でいつも以上の魔力を使ったキソラは、現在魔力がほとんど残っておらず、回復した側から授業などでも魔力を使用するため、使った日次第では基本となる魔法すら使えない状況にまで陥ることもあった。

 それなのに、『魔欠』だと何度言っても、空間魔法を使ってみせてくれなどと言われたのだ。キソラが怒るのも無理はない。


「ピリピリしてるわね」

「当たり前だろ。ようやく基本となる魔法が使えるか使えないかの量が回復してきたのに、空間魔法なんかもっと回復しないと使えないんだから、無茶ぶりもいいとこだろうよ」


 アキトの言葉に、ノエルら女性陣がふぅん、と意味ありげに返す。


「何だよ」

「いんや、よく分かってるわよねぇ、と思って」

「何年、あいつと幼馴染やってると思ってるんだ。それに、俺の目のこと、忘れてないよな?」


 キソラばかり目立っているが、アキトもアキトで、少しばかり特殊な体質がある。

 詳しいことは後回しになるが、前にも言った通り、彼の体質の一つとして、アキトは目が良い。

 というのも、今本人が言ったように、他人の魔力の流れや量を見ることが出来る。少し鍛えればその質まで分かるのでは? というのはキソラ談。

 だが、アキト本人は、あまり使う機会もないため、ほとんど使ってはおらず、今みたいに話のネタとして使うことの方が多かったりする。

 頼まれれば一応は見るが、無断で使うのはキソラ相手のみである(キソラもキソラで分かってて放置している)。


「まさか。それこそ、私たちが何年あんたたち二人と一緒にいると思ってるのよ」

「確かにな」


 キソラとアキト、ノエルとユーファ――ユーキリーファ(友人たち)の関係は、キソラが迷宮管理者や空間魔導師であることを知っている時点で、やや特殊でもある。


「もうお前ら、『魔欠』の意味を調べてこいやぁぁぁぁっ!!!!」

「そろそろこの辺で、捌いておくか」

「だねぇ」


 キソラの叫びを聞いて、アキトが溜め息混じりに言えば、ノエルたちも同意する。


「はいはい。あまりしつこくすると後が面倒だから、今は引き下がってあげて」

「空間魔法見たかったら、魔力が回復するまで待ってあげて。魔力が無いと使えないことは、この子の反応で分かるよね?」

「分かったら、撤収しろ。じゃないと、魔力回復しても空間魔法を見れなくなるかもしれんぞー」


 三人の言葉に、渋々引き下がる者も居たが、それでも引き下がらない者も居るわけで。


「……こうなるなら、来なきゃ良かった」


 キソラとて予想してなかったわけではないのだが、捌くにも限界だったのだ。


「ご苦労様ね、保護者三人集」

「言うな。ガーランド」


 野次馬の合間を縫ってきたのか、アリシアが姿を見せる。


わたくし、空間魔導師だなんて、一言も聞いてないんですけど?」

「……言ってないもん。当たり前じゃん」


 アリシアと同じように、野次馬の合間を縫ってきたらしいテレスに、やや浮上したらしいキソラが返す。


「ちなみに、キソラが空間魔導師なの、知ってる人は知ってるよ。特に初等部から一緒にいる人たちはね」

「それで、そこのは・・・・鳥の雛みたいに、アキトの後を歩き回ってるんだ」


 机に肘を付いて、手のひらに顎を乗せながらキソラが言えば、面々の目がアキトの後方に向けられる。

 ずっと無言で通していたのに、アキトの後方にいたジャスパーは目を向けられた途端、ぎょっとする。


「キソラ、言い方」


 苦笑いしながら、アリシアがたしなめる。


「それで、何で隠れているわけ?」

「いろいろと申し訳ないんだと。自分のせいで起こったんじゃないのか、とか気にしてるらしい」

「それ、あの時話し終わった事じゃん。何でまた気にし出したわけ?」


 一時的とはいえ、あの話は終わったはずだ。

 なのに、蒸し返そうとしているジャスパーに、キソラは問い掛ける。


「それに、あいつらは君がアースフィールここに来ていることを知らずに来たみたいだから、君が気にする必要は無いと思うんだけど?」

「それは……」

「まあ、何だ。いろいろと噂が流れているわけだよ。お前が空間魔導師だとバレたみたいにな」


 それを聞いて、キソラは溜め息を吐く。


「それにしても、何でアキト?」

「っ、」


 キソラの再度の問い掛けに、ジャスパーが言葉を詰まらせる。


「あー、何となくだけどさ」


 ノエルが口を開く。


「キソラにも助けられたから礼をしに来たのは良いが、素直に言えない上に、側に居るなら空間魔導師であるキソラの方が良いかもしれない、って思ったんじゃない?」

「あー」

「けど、さすがに女であるキソラに付いて回るわけにも行かないし、そもそもクラスすら違う。だから、同じクラスで基本的に話す回数が多くなるアキトに付いて回ることにしたんじゃない? 多分、プライドのこともあるんだろうけど」


 何故か生暖かい視線を向ける面々に、ジャスパーは顔を引きつらせる。


「……まあ、男が男に付いて回るのもどうかと思うけどね」

「女が男に付いて回るのは、どちらかといえば微笑ましいのにね」

「……距離と関係次第ではストーカーだけどな」

「何か一気に怖くなった!?」


 そうやり取りしつつ、キソラが「あ」と声を上げる。


「君に登城命令が出てるから、週末空けておくように。あと、その様子じゃアキトも同行しないといけなくなるから、したくないなら何とかしておくこと」

「……マジか」


 キソラの言葉に、今度はアキトが顔を引きつらせた。


「ってあれ? もしかして、キソラは付き添いって事?」

「そうだよ。同い年だからって理由と空間魔導師として行かなきゃなんないんだよ! というか、もうこの時点で嫌な予感しかしないんですけど。つか、取り決めとか何かするなら、大人組の誰かを同行させてほしいんだけど」

「ちなみに、来てくれそうなのは?」

「交渉とかなら、エルさんやアクアさん辺りかなぁ。大会目当てな二人だけど、基本的に頭脳労働は得意な方だし」


 うーんと唸りつつ答えるキソラだが、基本的に現在の空間魔導師たちには、はっきりと『脳筋』と言えるタイプはいない。

 思い当たるとすれば、オーキンスぐらいだが、彼は何でもかんでも筋肉には当てはめないし、常識は理解している上に、臨機応変に対応もできる。

 ただ、彼の頭脳労働は交渉とかではなく、体を動かす系の練習メニューとかを作ったりするタイプの方だが。


「こうして考えると、頭脳派が多いんだなぁ。空間魔導師うちって」


 そう告げるキソラに、


「そういえば、キソラもノークさんも脳筋タイプじゃないもんねぇ」


 とノエルが返す。

 どちらかといえば、頭脳労働がメインである。


「……キソラ。空間魔導師が頭脳派なんて言ったら、時間魔導師が脳筋みたいに聞こえるから止めなさい」

「あー……いや、時間魔導師側あっちも入れ替わりさえなければ、脳筋系の人はいなかったような……」


 知り合いに時間魔導師がいないわけではないので、頼ろうと思えば頼れるのだが、あまり手は煩わせたくないのが本音である。


「まあ、時間魔導師の話は一旦置いておくとして、だ。中間終わったとはいえ、期末も残ってるんだから、そんなに余裕はねーぞ?」

「だよね。戦争のせいで試験日程がちょっとずれただけだし。キソラが二~三日で終わらせてくれたおかげ?」

「その代わり、試験が潰れたかもしれないのに~、って思った人も居たかもね」

「だったら、代わりに夏休みが短くなるぞって言うまでだよ。そのためだけに頑張ったんだし」


 キソラの言葉に、苦笑する面々。


「それにしても、夏休みか。実家に顔、出すべきかなぁ……」

「私たち、学院に居る間は寮暮らし同然だもんね」


 ぽつりとアキトが言えば、ノエルが同意する。


だなぁ。暑い中で掃除するの……」

「お前の場合は、毎年のことなんだから諦めろよ」


 夏休みの予定と聞いて、やや遠い目をするキソラに、彼女の事情を知るアキトたちが呆れた目を向ける。


「今年からはもう、兄さんは当てに出来ないからなぁ」

「そうは言うけど、あんたには余るほどの手があるでしょ」

「もしかして、守護者たちのこと? だったら無理。涼しいところから出させると、後が面倒だから」


 下手に引っ張り出すと、いろいろと注文付けたり、うるさいのだ。

 そもそも、手伝うように言う気も無いキソラもキソラだが。


「なら、手伝うか?」

「家族と過ごす時間を奪ってまで手伝ってもらうつもりはないし、掃除が終わったら、最悪、ギルドで依頼受けるか、城に居るよ」


 で、とキソラはジャスパーに目を向ける。


「アキトはさ。もしかして、連れてくつもり?」

「ジスか? あー……送り返すわけにもいかないし、送り返したら送り返したで、面倒そうな気がするしなぁ」

「その点に関してはもう、一人で寮に居るか、王様たちと交渉して、夏休み中だけでも城に居られるようにするしかないか」


 ジャスパーの問題もそうだが、アークたちもどうしよう、とキソラは内心思う。

 一番良いのは、他の契約者たちに意見を聞くことだと思うが、よりにもよって大半が学院の有名人である。下手に近づけば、(主に女生徒たちから)面倒な詮索をされる。


「……悪い。本当にいろいろと」

「謝る必要はないよ。被害はほとんど無いだろうし、いざとなれば、無理やりにでも客間確保するし、外堀も埋めるから気にしないで」


 そう言うキソラだが、「まあ、用意してなかったら、あっちが悪いってことで、何とかしてあげるから」と付け加えられた部分については、ノエルたちは聞こえない振りをした。


「……あの子に王族と同等の権利や力があると思うと……うん、あの子に権力なんか持たせるべきじゃないと思う。うん」

「だから、暴走させないそのために、アキトというストッパーがここに居る」


 アリシアの呟きに、ユーキリーファがそっと返す。


「もちろん、私たちも、ね」

「……」


 ふっと微笑むユーキリーファに、アリシアは何か返そうとして止める。


 開いていた窓から入ってきた風に、ふわりと彼女たちの髪が揺れる。

 空から熱を放つ太陽が地を照らす、本格的な夏が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る