第五十三話:国内・学院攻防戦Ⅳ(“助け”があるのは)
――シルフィードが、
誰もいなくなった校舎内を、数人の人物が歩いていた。
「先輩、マズいんじゃないんですか? これ」
「退学扱いにされても知りませんよ?」
自分たちに付いて来る後輩たちの言葉に、フェルゼナートとラスティーゼが振り返る。
「そんなに心配なら、付いてこなくてもいいんだよ?」
「お前たちは戻れ」
「いやいやいや!」
「そういう問題ではなく!」
それでも聞きそうにない二人に、副会長であるアルンが告げる。
「
届いたのか、二人の足が止まる。
「アルン?」
「時計塔で彼女が戦っていることは、知っているんだろ?」
「何が言いたい」
アルンの言葉に、二人の睨みが厳しくなるが、アルンは気にしない。
もちろん、アルンの言う
「ミス一つでもして、二人が傷ついたりすれば、彼女がどんな反応をするのか。そんなこと、二人がよく知っているよな」
それに対し、二人は返さなかったが、フェルゼナートがぽつりと尋ねる。
「ならさ、それでも、学院を守りたいという気持ちはどうすればいい? 国内の守護のほとんどを引き受けている彼女に、全部押しつけられないだろ」
「気持ちは分かるが、お前は生徒会長だろうが。そんな奴が危険だと分かってる場所に出るな、って言ってんだよ!」
アルンの言い分も分からなくはない。
だがすでに、その手には戦う用意が出来ているのに。
あと一言でも、あと一歩でもあれば、大切な学院を守れるかもしれないのに――
「だったら――」
「代わりに、誰かが行くっていうのは、駄目なんですか?」
状況を見ていたアオイが、言い争う上級生へと尋ねる。
「代わりって……」
「お前が行くつもりか」
フェルゼナートとラスティーゼに問われ、アオイは答える。
「そのつもりですが、何か?」
開き直ったように告げるアオイに、怪訝な顔をする上級生三人。
アオイから目を向けられたフィールやアンリはすぐに気づいた。
確かに、彼らは戦力にはなる。だが――
(でも、あいつらの存在をどう誤魔化すつもりだよ)
この世界では、背中に羽を持つ者は亜人以外では有り得ないのだが、彼らはれっきとした人間であり、亜人ではない。
(もし、バレたりすれば……)
彼らは隠すべき者たちであるからこそ、学院内に契約者がいたとしても、気づきにくいのだ。
「まあ、大丈夫ですよ。死ぬつもりはないので」
未だに疑いの眼差しを向けるフェルゼナートとラスティーゼに対し、アルンは別の意味で疑いの眼差しを向けていた。
そして、溜め息を吐く。
「けど……」
「なら、俺も一緒に行くから、それで妥協してくれないか」
さすがに、アルンも後輩たちだけで戦場に送り出す気はないらしい。
「……」
「……」
「……」
三人で視線を交わす。
「分かった。だが、絶対に帰ってこいよ。帰ってこなかったら恨むからな」
「分かってる」
「無茶だけはするなよ」
「するつもりはありませんよ」
フェルゼナートとアルン、ラスティーゼとアオイがそんなやり取りをした後、
「じゃあ、行ってくる」
「絶対に、出てこないでくださいね?」
フェルゼナートとラスティーゼに見送られながら、戦場となっているであろう外へと、アルンたちは向かうのだった。
とまあ、そんなわけで、生徒会のアルン、フィール、アンリと風紀委員会のアオイ、マーシャという、以前キソラたちが『ゲーム』として戦った面々が帝国軍と対峙しているのだが――
(やっぱり、学生と騎士じゃ、何もかも違いすぎる!)
その実力も、瞬時の判断も、学生である彼らを上回り、次第にアルンたちは対応が間に合わず、負傷していく。
「っ、」
一瞬、引き返すという案が浮かぶが、敵に背後を見せれば
だが、フェルゼナートとラスティーゼに、必ず生きて帰ると約束したのだ。
だから――
「こんなところで、諦めてたまるか!」
アルンが叫ぶ。
「だよねー」
騎士の振るう剣を避けながら、フィールが同意する。
「でもぉ、厳しいことには変わりないわよねぇ」
「そうよねぇ……」
マーシャといつの間にか居たメルディが背中合わせになりながら、そう告げる。
「チェルシー!」
アオイが上空に向かって、相棒の名前を呼ぶ。
「聞こえてるっつーの」
そして、名前を呼ばれたチェルシーが上空から飛び降り、地上に降り立つのと同時に、“精神転換”を使う。
「おっと」
帝国軍の騎士の一人と入れ替わったチェルシーの身体を、アオイが咄嗟に受け止める。
そのままある程度の帝国軍を捌くと、入れ替わった帝国軍の者が気付かないうちに、すぐさま自分の身体へと戻る。
「面倒だな、この方法」
チェルシーが自身の手を開いたり閉じたりしながら、舌打ちして言う。
「っ、アンリ! 後ろだ!」
「え――」
捌いている途中で、アンリの背後に帝国騎士が迫っていたことに気づいたフィールが叫ぶのだが、その声で振り返ったアンリが見たのは、今にも自身へと切りかかろうとする帝国の騎士だった。
「あ……」
もう駄目だ、とアンリが諦め掛けた、その時だった。
『まったくもー。ノーくんやキソラちゃんじゃないんだから、前線に出るとか、バカなことしないの』
そう言いながら、薄緑の髪を持つ精霊が風の防壁を展開しながら、その場に降り立つ。
「次から次へと――」
『文句言うのはそっちの自由だけどさ。彼らが傷つくと、うちの
表情を厳しくする帝国の騎士に、薄緑の風精霊、シルフィードが選手宣誓をするかのようにそう返す。
『で、大丈夫だった?』
「え、あ、はい」
シルフィードの確認にアンリは頷くのだが、その様子を見ていたフィールがニヤニヤと笑みを浮かべる。
『そっか。なら、良かった』
さて、とシルフィードは帝国軍に目を向ける。
『このボクを相手にするんだ。手を抜くつもりはないから、死にたくなければ本気で避けることだね』
死にたい奴から掛かってこい。
シルフィードは髪を靡かせ、挑戦的に言うのだった。
☆★☆
周囲を確認し、気配を消しながら、ジャスパーは一人、誰もいない校内を進んでいく。
では何故、彼がこんなことをしているのかと言えば、教室に忘れ物したからとわざとらしい嘘を吐いて、あの場から離脱したからである。
「……どこにいるんだよ。全く」
ジャスパーは溜め息を吐いた。
教室は空き教室を含め、全て確認済みであり、会話などが聞こえてきた部屋などは確認を飛ばし、注意しながら進んでいく。
そんな中で、見てないところなど自然と限られてくるわけで。
「後は……」
彼の視線の先にあるのは、時計塔屋上へと通じる階段のみ。
確か、許可が必要なはずだが、何となくあの場所にいるような気がするのだ。
(どうする……)
ジャスパーは少しばかり思案する。
(あの場所にアキトたちがいればいいのだが、もし、帝国軍もいたら――)
脳裏に浮かぶのは、母国と帝国の表沙汰にはならなかった争い。
大国である帝国相手に、鉱物などを名産とする小国であるギーゼヴァルトが刃向かっても勝てるはずもなく、争いが起きた場合に生じるであろう被害を最低限にするために、ギーゼヴァルトは帝国へと
だが、もちろんギーゼヴァルトの民の中には、納得できずにいる者もいた。
ずっとこのまま、帝国に鉱物などを奪われたままでもいいのか。否。あれはギーゼヴァルトのものであり、帝国のものではない。などなど、そんな意見が、元ギーゼヴァルト鉱国国王(ジャスパーの父親)へと届いた。
だが、元国王である彼に、どうにか出来るはずもなく、その時は見て見ぬ振りをするぐらいしか出来なかった。
帝国に逆らったところで、小国だったギーゼヴァルトは目を付けられた上に、いつ何をされるのかというのを恐れながら過ごさないと行けなくなるからだ。
ギーゼヴァルトの、納得できずにいた者たちは、何度も帝国に内乱を起こした。
頭の中で。
心の中で。
一部の者たちは、そうすることでしか精神を保つことが出来なかった。
(もし、空間魔導師がいたら、どうなっていたんだろうな)
空間魔導師は一つの国と深く繋がってはいけない。
だがもし、ギーゼヴァルトに空間魔導師の誰かがいたとすれば、もしかしたら未来は少しばかり変わっていたのかもしれない。
(たとえ、帝国軍がいても――)
ジャスパーは時計塔屋上への扉のノブを握る。
――仮に自分の正体が知られたとしても、彼らは友人でいてくれるだろうか?
扉を開けば、ジャスパーを強風が襲う。
そして、彼が最初に捉えたのは、空の青と驚きの表情を露わにする友人たちに――その中に違和感なく溶け込んでいた、“藤色”。
「……うそ、でしょ」
ただ、キソラの言葉だけが、その場に小さく響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます