第五十四話:国境付近にてⅠ(戦場での再会)
――国境付近。
ここでは、様々な音と
剣などの武器がぶつかり合う音、魔法同士がぶつかり合う音、そして――化学兵器から放たれる攻撃の音。
臭いは、血の臭いと化学兵器に使用されている火薬の臭いがほとんどだった。
(ああ、
少しの間、消えるはずのない臭いを鼻が捉え、足元に倒れている味方なのか帝国軍なのか分からない死体に、ノークは目を向ける。
いくら訓練された騎士や兵であろうと、この惨状を見たら、顔を顰めることだろう。
「ノーク、無事か」
「……ああ」
友人の声に返答をしながら、ノークはそちらへと目を向ける。
「戦争だから仕方ない、っていうのは分かっているんだが、何て言うか……」
「
「いや、その両方だな」
イアンの意見に、ノークは改めて足元の死体に目を向ける。
「こいつらにも、家族はいたんだよな」
「だが、ここに来ている以上は、死ぬ覚悟もあったんだろ」
イアンとレオンも、その場で血を流し、倒れている者たちへと目を向ける。
「そう、なんだよな」
出発前、心配そうに三人一緒に帰ってこいと言っていた妹の姿が、ふと蘇る。
(もし、キソラだったら――)
どうしていたのだろうか。
その考えに、慌てて頭を振り、思考から追い出す。
仮に彼女がここにおり、生き延びたのだとしても死んだのだとしても、そのことを想像するだけで嫌な予感しかしない。
「ノーク、イアン。考えるのは後だ。一旦戻ろう」
レオンの提案に乗った二人は、一度陣営へと戻る。
「で、何を考えていた?」
とりあえず、食事を受け取り、三人仲良く腰を下ろすと、レオンが口を開く。
「こんな事、言うべきではないんだろうが……あの場にいたのが俺じゃなく、キソラだったら、この状態をどうしていたんだろうな、と思ってな」
優しい妹のことである。
肝心な所で手を抜いたり、手加減してしまうのではないのだろうか。
「だが、あの子ならしっかりしているし、きちんと公私を切り替えられるだろ」
「確かにそうだが、誰かが傷つくのは嫌がるからな。あいつは」
そう言って、ノークは食事であるスープを口にする。
量や質などあまり良いとは言えず、今まで豪華な食事を口にしていた貴族の子息たちは耐えられないのだろうが、それでも無いよりはマシである。
「何。国内から特に知らせが無いということは、大丈夫なんじゃないのか?」
そのまま三人は、背後にある国へと目を向ける。
「なぁ、あれって……もしかして、一般人か?」
最初にそう言ったのは、誰だったのだろうか。
声の主であろう騎士が指す方向へ、ノークたちがそちらに向ければ、この状況を知らないのか、呑気にも二人組が歩いていた。
「って、あれ?」
少しばかり目を凝らして見てみれば、ノークはふと気づく。
「まさか――」
☆★☆
「ねぇ、あれ何だと思う?」
やや遠くの方で光ったり消えたりを繰り返す光の数々に、片や青髪に深海のような暗い青の目を持つ青年、片や薄緑の長い髪に透き通るような青でありながらも角度次第では水色や薄い水色にも見える目を持つ女性という組み合わせの二人組は、互いの顔を見合わせる。
さて、察しのいい人ならお分かりかと思うが、前者が空間魔導師にして、別名“
「魔法? ……にしては数が多いし……まさか、噂のあった戦争?」
「いやいやいや、だったら、国境とはいえ、数メートル後ろに街がある左の勢力の方がマズいじゃん」
そう話しながら二人が歩いていれば、兵士のような騎士のような二人組が、こちらに向かって走ってくる。
「君たち、こんな所で何してんの!?」
「あの、僕たち、この国に入りたいんですけど」
アクアライトが指で指し示せば、兵士たちは顔を見合わせる。
「それは無理だ。今は誰も入れることは出来ない上に、お前たちがそのような格好をした敵兵の可能性もあるしな」
それを聞き、二人は自身の格好を見下ろし、なるほど、と納得する。
確かに、相手の懐に潜り込み、内部分裂を起こすという手段が無いわけじゃなく、そのパターンで敗戦した国も無いわけではない。
現に二人も、そのような国(現在は街)に立ち寄ったことがある。
「う~ん……じゃあ、敵じゃないって、証明してみればいいんだね?」
「何?」
訝る兵士たちに、アクアライトがにこにこと笑みを浮かべる。
「疑うなら僕たちを拘束して、君たちの仲間であるノーク君のところに連れて行ってくれるだけでいい。そうすれば、僕たちの容疑は晴れると思うよ?」
ねぇ、と隣にいた
共に旅をし始めてある程度経つのだが、エルシェフォードとしては、アクアライトのこの有無を言わせぬ黒い笑みにはどうにも慣れず、向けられた者には苦笑や苦笑いをするしかない(なお、キソラもノークも一度向けられたことはある)。
もちろん、怒りや脅しの笑みではなく、嬉しさや喜びで笑みを作ることもあるのだが。
一方で、兵士たちは互いの顔を見合わせる。兵士たちは別にアクアライトの言葉を信じたわけではないのだが、このままこの場に居られても困るのは自軍の者たちなのだ、と判断すれば、兵士たちの行動は早かった。
そして、アクアライトとエルシェフォードは兵士たちに捕らえられ、ノークたちのいる陣営へと連れて行かれるのであった。
☆★☆
「あれ、ノークじゃん。マジでいた」
「……何してるんですか、貴方たちは」
両手を縛られ、捕らえられた状態でやってきたアクアライトたちを前に、呼ばれたノークは呆れていた。
「本当に、お知り合いなのですか?」
「ああ」
二人を連れてきた兵士たちの確認にノークは頷くと、二人の両手を縛っていた紐を切らせる。
「ありがとうね、ノーク」
「来ることは分かってましたが、このタイミングで来なくても良かったじゃないですか」
両手の手首を交互に
「それで、この戦争は早々に終わりそう?」
「分かりません。お二人は知っているでしょうが、国内にいるキソラに、オーキンスさんとリリさんのペアが国内で侵入した帝国軍と交戦中みたいですし」
何の知らせもないということは、おそらく無事なのだろう。
ノークが感知したということは、エルシェフォードたちも気づかないはずがなく、
「それにしても、あの子は無茶するねぇ」
「リリが怒ってる様子が、容易に想像できるわ……」
と、感じたその時はそんな会話をしていた。
「え……じゃあ、予定していた大会はどうなるのさ」
国内で交戦中だと聞き、エルシェフォードが不安げに尋ねる。
「詳しくは知りませんが、終戦が早ければ開催するだろうし、一ヶ月近く長引けば中止になるでしょうね」
「それはつまり、国内の交戦が片付いたとしても、国境付近であるここでの争いが終わらない限り、大会の開催はないということか?」
はい、とノークは頷く。
「……ねぇ、オーキンスやリリが帝国軍と交戦中なら、私たちが手出ししたとしても、問題ないとは思わない?」
「何を言いたいのかは、大体分かる。だが、僕たちは空間魔導師だ。すでにオーキンスやリリが荷担している以上、僕たちまで手を出すわけにはいかない」
エルシェフォードの問いに、アクアライトがそう返す。
「でもまぁ、
「それじゃ、決定だね」
肩を竦めるアクアライトに、エルシェフォードが嬉しそうに笑みを浮かべる。
だが、それを聞いていたノークは一人、内心パニックになっており、冷や汗が止まらずにいた。
(どうすればいいんだよ。これ)
ここは二人を止めるべきなのだろうが、一度こうだと決めたら変えない部分がある二人である。
ノークが二人に目を向ければ、すでに空間魔導師であることを示す藤色のローブなどを羽織っていた。
「あの、とりあえず、司令官たちに会いに行きません?」
とにもかくにも、ノークには上の指示を仰ぐという案しか出てこなかったため、二人にそう告げる。
「まあ、いきなり
その後、ノークの案内の元、司令官たちの集まる天幕に来たエルシェフォードとアクアライトは、少しばかり議論した
ただ、二人に倒されていく帝国軍に対し、その様子を見ていた何名かが、倒された帝国軍に同情したとかしていなかったとか。
そして、二人が参戦した理由を知るノークは、といえば――
『……はい』
とある相手に、小型通信機で【通話】する。
相手は交戦中なのか、背後の音が聞こえてくるが、とりあえず用件だけは伝えるために口を開く。
「大変だ、キソラ。“空撃”と“海撃”の二人がこっちへ来たぞ!」
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