第五十二話:国内・学院攻防戦Ⅲ(広がる戦地・戦場の四聖精霊たち)
「マジでキツいなぁ……」
帝国師団長の一人、ニール・ライオットがそう洩らす。
「エルフはともかく、四聖精霊が出てくるなんて、予想外もいいところだよ」
『悪いが、我が
ノームの言葉と、彼の周囲で弓や槍を構えるエルフたちに対し、部下である兵たちも対峙するように構えているのを見て、ニールは息を吐く。
「そもそも、立地条件には良いはずなんだよなぁ……」
エルフが住処としている森の木々の長さは、総じて高い。
だから、地の利は向こうにあれど、どうにかなるはずだ、とニールは思っていた。
(考えが甘かったか)
ふーむ、とニールは考える。
「よし、全員武器をしまって撤収。国境付近に戻ろう」
「師団長!?」
「正気ですか!?」
思いも寄らないニールの指示に、部下たちが声を上げる。
「だって、俺の魔法が通じそうにないしさ。こういう場所だと、アイシャの方が確実に活躍できるって」
「いやいやいや!」
「そうかもしれませんけど!」
「せめて、もう少し粘ろうとする姿勢ぐらい見せてください!」
「えー」
部下たちの言葉に、ニールが嫌そうに返すのだが、その様子を、思わず部下たちに同情しながら見てしまうエルフたち。
『どこへ行こうが、そんなに変わらない気もするがの』
ぽつりとノームが言う。
四聖精霊の一人であるノームがここにいる時点で、他の四聖精霊もどこかにいることを想像するのは容易なはずだが――……
(まあ、主殿は出来れば捕縛とは言っておったが、最悪の場合は仕方ないとも言っておったしの)
イフリートや、場所的にはシルフィードとウンディーネ当たりがこれでもかと大暴れしているような気もしないが、その辺は今気にしても仕方ない。
『まあ、もう二度と
「ノーム殿!?」
ノームの言葉に、構えていたエルフたちが声を上げる。
『だがの。再度ここを訪れるか、我が主殿の元へと向かった場合は容赦せぬからな?』
「こちらとしては貴方の主が誰なのか、分からないんですが?」
『何、主殿は空間魔導師だが、お前さんたちが下手に手を出さなければ問題ないじゃろ。まあ――主殿に手を出したとしても、我らがお前さんたちへと攻撃する前に、主殿により、返り討ちに遭うのがオチじゃろうがな』
ニールの問いにそう返すノームだが、その場が静まり返る。
「え、何。空間魔導師って、四聖精霊も従えてるの!?」
『何故、そのような結論に至ったのかは疑問じゃが……主殿のことを主殿と呼んではいるとはいえ、我らは従えられてはおらんよ?』
確かに、ノームたち四聖精霊の面々は、キソラのことを主殿や
『それに、我らが好きで手を貸しているだけじゃし』
先代迷宮管理者との約束もあるが、それを抜きにしても、四聖精霊たちはエターナル兄妹が好きで手を貸しているのだ。
『だからの。先程も言ったが、主殿に手を出せば、本人だけでなく、我ら四聖精霊も容赦せぬからな?』
☆★☆
『全く、しつこい人は嫌われますよ?』
「大きなお世話!」
妖精ギルド方面では、四聖精霊が一人、ウンディーネと帝国が誇る八人の師団長の一人、キール・ディアンリードが対峙していた。
ウンディーネの放つ高水圧の弾を避けたりしながら、キールも負けじと雷撃などで反撃する。
「ウンディーネ様、そろそろ本気を出してはいかがです? 彼女も許可なされたんでしょう?」
『あのですねぇ、妖精姫様。いくら
背後でキールの部下たちを相手にしていたフィアーレを筆頭とする妖精ギルドと一部のドワーフギルドの面々に、青いドレスのままのウンディーネが返す。
『でもまあ、次いつ本気出せるか分からないし、ちょうどいい相手もいることだから、思う存分発揮しちゃおうかしら』
キールに目を向けながらの言葉とともに、ウンディーネは青いドレスから戦闘モードの装束へと換装する。
『ただし、難易度はいきなりMAX状態よ?』
換装と同時に手にした槍を構え、ウンディーネはニヤリと笑みを浮かべた。
☆★☆
「四聖精霊って、この程度じゃないわよね?」
身の丈に不釣り合いな大剣を手にしていた師団長の一人、アイシャ・クレイソードは、全身ぼろぼろの四聖精霊、イフリートを見ながら、そう告げる。
だが、イフリートは特に何も返さず、応戦していた。
「四聖精霊って、もっと強いイメージだったのに、何か残念ね」
「貴様っ……!」
『……好きなだけ言わせておけ』
アイシャの言葉に怒る半魔族の男に、イフリートはそう返すが、半魔族の男は納得いかなさそうな顔をする。
「けどっ……!」
『俺がいいって言ってんだ。気にしてる暇があるなら、敵を一人でも減らすことに集中しろ』
それを聞き、半魔族の男は苦戦中の仲間の元へと駆けだして行った。
『さて、と』
イフリートはアイシャに目を向ける。
『悪いな。
後でキソラが一斉に修復する予定があるとはいえ、その苦労を半減させられるのなら、させてやりたいとイフリートは思ったのだ。
それがたとえ、本気を出してもいいと言われていたのだとしても。
『いふりーと、だいじょうぶ?』
以前、一度ぼろぼろの姿を見られ、幼少時のキソラに心配そうな顔をされてからは、彼女にはあまり傷ついた姿を見せないようにしていた。
でも、今回はさすがに無理だろう。
「随分な忠誠心ね」
『好きに言ってろ。但し、悪口言った時点で黒焦げ確定だから気を付けろよ?』
手に炎の浮かべながら、イフリートは忠告する。
たとえどんな言われ方をしようと、あの兄妹が離れてもいいという許可を出すその日まで――
(最後の一人になろうと、側にいるって約束したからな)
手の炎から剣へと変わり、刃には炎が覆う。
『でもまあ、蹂躙だけは止めておいてやるよ。ここが火の海になりかねんからな』
「まさか、手加減――」
アイシャの言葉が途中で途切れる。
彼の目が本気であり、それが火を司る四聖精霊の一人、イフリートの、意志を示すもの。
『手加減? 笑わせるな。手加減なんてな、その力を扱う奴と受ける奴とで感じ方が違うんだよ。だからな――』
蹂躙までには行かないようにしながら、お前をぶっ飛ばす。
『なぁに。女だからって、手は抜かねぇから安心しろ』
イフリートはそう告げた。
☆★☆
『さて、どうしたものかね』
四聖精霊の一人、シルフィードは、空中を移動していた。
というのも、彼女は一度、精霊ギルド方面には行ってみたのだが――獣人を捉えながらも、相手のほとんどが精霊だと判断したのか、近接戦狙いで帝国軍は半数を地上に下ろし、残りの半数は騎竜を駆りながら、精霊たちを相手に空中戦を繰り広げることとなった。
「空を得意とするのは竜や翼を持つ者だけではないし、支配できるのは人間だけではないぞ?」
制空権を得ていた帝国軍に対し、ニィッ、と笑みを浮かべた精霊長が指揮する精霊部隊が、魔法や不意打ちなどで上空の帝国軍に容赦なく攻撃していく(中には地上に墜落した者もいた)。
「すまんなぁ。
嫌味たらしく言う精霊長だが、地上では近接戦で獣人たちが、上空には魔法を得意とする精霊たちが多かったにも関わらず、師団長クラスの実力者がいなかったことも影響してか、やや時間が掛かりながらも、上空・地上合わせての帝国軍の撃退はシルフィードが着いてから数分で終わってしまったのだ(別に帝国軍が弱かったわけではない)。
シルフィードとしては、早々にキソラの方へと戻ってもいいのだが、どうせなら他の場所へとサポートしに行き、早く終わらせるのも手かと思案する。
『……って、あれ?』
下から聞こえてきた音に目を向ければ、どこかで見たような面々がいたことに気づく。
『あれは……キソラちゃんの友達?』
帝国軍は鎧などを身に着けているから、一目で分かるのだが、問題はその帝国軍の相手をしている者たち。
その服装は見慣れたものなので、シルフィードはすぐに気づいた。
『ちょっと、マズそうかな』
実際、押され気味である。
『……』
少しばかり思案し、目を細め、ふっ、と笑みを浮かべると、その者たちの元へと向かっていくのだった。
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