第五十一話:国内・学院攻防戦Ⅱ(その行方を見る者)
ジー、という音が小さく鳴りながら、覗いていた双眼鏡のピントが目的のものへと合わせられる。
現在地は戦地真っ只中の国境付近であり、その近くにある森にも見えるほどの木々の間に身を預けながら、目の前で繰り広げられる戦争の様子を見ていた。
「……」
片手で双眼鏡を手にし、もう片方の手で器用に昼食を口にする。
そもそも自分がここにいるのは、ある依頼(依頼と言えるのかどうかは微妙だが)を受けたためだ。
そして、その依頼内容も聞いて、引き受けてしまったのだから、今さら文句は言えない。
それに、依頼者も依頼者で、それなりに問題なのだが。
「人使いが荒いんだよ。全く……」
だから、そう呟いたとしても、悪くはないはずだ、と依頼者の顔を思い浮かべながら、そう思った。
☆★☆
ざわつきながら、教師たちの誘導に従い、生徒たちが少しずつ廊下を進んでいく。
「あの子……キソラは、大丈夫かしら?」
アリシアが不安そうに、ノエルたちに尋ねる。
というのも、キソラが教室から出ていったのは、放送で避難命令が出る少し前のことだ。
「そうだね……でも、大丈夫だと思う」
何があっても、次に会うときには何も無かったかのような表情で、きっと元気な姿を見せてくれるはず。
「いつも、そうだったから」
『ほら、この通り。私は無事だよ?』
だから、安心して、と告げるその時の彼女を思い出し、ノエルは懐かしそうに笑みを浮かべる。
「それはそうと、アキトはどうした?」
「あ、そういえば……」
先程から会話に入ってこないと思っていれば、その姿はどこにも無く、そのことに気付いたジャスパーに言われ、アリシアもようやく気づく。
「アキトなら、キソラのサポートに行ったんじゃない?」
「サポートって……」
あっさりと告げるノエルに、アリシアの表情が変わる。
キソラは迷宮管理者であるのと同時に空間魔導師であるため、その実力を知るアリシアとしてはそんなに心配してはいないが、アキトもいないとなれば、話は別である。
「大丈夫なの?」
「大丈夫でしょ。そもそもあの子が、自ら敵だと認識した奴らを私たちへと触れさせると思う?」
答えはノー、だ。
キソラの場合、全力で守りに行くことは、ノエルたちも理解している。
「だから、アキトも大丈夫」
ね、と二人は、アリシアたちに目を向けた。
「なら、いいんだが……」
ジャスパーも一応は納得したらしいのだが――
(この予感が、外れてくれるといいんだが……)
ひしひしと感じる嫌な予感が、今はただ外れてくれることを祈るしかない。
☆★☆
相も変わらず強風が吹き荒れる時計塔の屋上。
キソラはその端に片足を掛け、遠くを見据え――……
「先手必勝」
とばかりに、いくつもの魔法陣を同時に展開し、放つ。
射程距離については、集団の先頭が見えた時点で放っているため、そんなに気にしてはいない。
遠くで爆音が響くが、キソラは目を細め、様子を観察する。
「どうやら、無駄撃ちみたいだったな」
アキトにもそう言わせるということは、同じように見えているのだろう、とキソラは判断した。
半分から三分の一ぐらい撃ち落とし、戦力を少しでも減らしたかったのだが、三分の一どころか、そのほとんどが残っているのを見ると、目標数だけではなく、一人や二人と言った少人数ですら撃ち落とせた気配すらない。
「でも、魔導師がいることは把握できた」
あれだけの魔法を、防御魔法以外で防ぎきれるはずがない。
「厄介だな」
「全くだよ」
あの数の魔法を防いでくる帝国の魔導師とか笑えない。
「でも、反撃してくるのを見るとなぁ」
同じように、いくつもの魔法陣を展開し、攻撃してくるが、やれやれと防壁を展開する。
「でも、ただの防壁じゃないよ?」
攻撃してきた魔法は、キソラの展開した防壁に当たったあと、反射したかのように術者へと跳ね返っていく。
「えげつねぇな」
「私は別に、敵に情けを掛けるようなお人好しじゃないけど?」
それを聞き、アキトは疑いの眼差しをキソラへと向ける。
確かに、キソラは敵には容赦ないが、
「それでも、あれだけの威力を持つ魔法を受けて無事でいられるのは、私が言うのもアレだけど……気味が悪い」
目を細め、キソラは空中を見つめる。
そんな中、キソラにより跳ね返された魔法を防いだ際に発生した煙を利用するかのように、帝国の飛竜部隊がそのまま突っ込んでくる。
「っ、」
そのことで生じた風が二人を襲うが、それもすぐに収まった。
ただ――竜の顔が、距離的に離れているとはいえ、正面に無ければ良かったのだろうが。
「その姿……空間魔導師ですか」
キソラの姿を視界に捉えたレイが言う。
「まあ、間違ってはいませんけど、そっちこそ、私の結界を破壊したり、魔法を跳ね返したりするなんて、かなり無茶するんですね。帝国の魔導師ともあろう人が」
キソラがそう返したことにより、見えない火花が散り始める。
「あれは君の仕業か。突然の魔法には驚き、結界の破壊には、かなり時間が掛かったが」
「仕業って、人聞きの悪い。それに、結界も魔法も仲間を守るためのもの。それが何か悪いことですか?」
自分たちだって身内や仲間は守るくせに、敵が身内や仲間を守ることを認めないのは理不尽じゃないのか、とキソラは言う。
「いや、悪くはない。だが、君は空間魔導師だろ?」
空間魔導師が戦争に参加すると、敵も味方もパワーバランスが変わる。
レイはそのことを指摘するのだが、そんなことなどすでに分かっているのか、キソラは言う。
「空間魔導師であろうと、その前に一人の人間です。そんな空間魔導師である私が、家族や友人を守るために、この争いに手出ししたことに何か文句でもありますか?」
「……」
誰も何も返さない。
アキトは、といえば、支えるように剣の柄に手を掛け、状況を見守っていた。
そんな沈黙を破るように、アルヴィスが口を開く。
「文句は無い。だが、俺たちの不利は
「そうは言いますが、やってみなくては分からないと思いますよ。私たち空間魔導師は、絶対的勝利者とかではないので」
そう、空間魔導師が必ず勝つとは限らない。
「まあいい。空間魔導師と戦うなんて機会、滅多に無いからな」
――どのような返事であれ、相手してもらうぞ、空間魔導師。
アルヴィスは剣の切っ先をキソラに向けて、そう告げた。
一方で、後方待機状態のアキトを一瞥したキソラは、好きにしろと言いたげな彼の態度に、息を吐く。
「私としては、明日かと思ってたんだけど……まあいっか。私に戦闘狂と
正当防衛だ、と言うキソラだが、真正面からの宣戦布告のようなものを聞いておいて、正当防衛も何もない。
そんなキソラに、ずっと黙っていたアキトが待ったを掛ける。
「おい、まさか
「まさか。こんな狭いところで戦えばどうなるかぐらい、私だって分かってるよ」
キソラも周辺に被害が出るのを承知で、時計塔屋上で戦ったりはしない。下手をしたら、一緒にいるアキトも巻き込み兼ねないからだ。
「空間魔導師なら空間魔導師らしく、私なら私らしく、戦える場所を使うまでだよ」
背後から吹いてきた風に髪を靡かせ、キソラから向けられた笑みに、アキトはすぐさま感じ取る。
(ああ、そうか)
おそらく、キソラが今からやろうとしているのは――彼女たち、空間魔導師の特異性でもある
「気を付けろよ」
「そっちもね」
そんなやり取りの後、キソラは屋上の端の
次の瞬間、ぐわん、とした音と感覚がその場に響く。
「おいおい、マジかよ……」
顔を引きつらせるアルヴィスとレイを筆頭とした帝国軍に、
「空間魔導師なら、
☆★☆
「あんの、バカ妹分がっ……!」
ぎりっ、と指定席でもあるオーキンスの肩から降りていたリリゼールが、これでもかと歯を食いしばる。
「少し落ち着け。その前に――」
「分かってる。こいつらをさっさとぶっ飛ばして、あのバカな妹分を説教しに行かないと」
そう言うリリゼールと彼女を宥めるオーキンスは、自分たちの目の前にいる人物たち――エドワード・ウォークライとアレクロード・フォルドへと意識を向ける。
「あんたらのような上に立つ者が最前線とされる国境付近ではなく、他国内に入ってまで何の用だ、って問いたい所だが、聞くまでもねぇか」
「そうだよ」
今更何言ってんの、とリリゼールが返す。
彼らの目的など理解はしているし、オーキンスたち空間魔導師にとって、なるべくなら干渉はしたくはないことだが、背後には冒険者たち、目の前に帝国軍がいる以上、そんなことを言っていられない。
「あのさぁ、そっちの戸惑いはどうでもいいんだけどさ。こっちはこっちで、空間魔導師が相手とか聞いてないわけ」
アレクロードの台詞に、オーキンスたちだけではなく、その後ろにいた冒険者たちもぴくりと反応した。
何故、藤色のものを身に着けていない二人が空間魔導師だと分かったのかというと――
「やっぱり、目立つか。この色」
「お前、この色に決めた当時の空間魔導師がこの場にいたら、ぶっ飛ばされてるぞ」
いつの間にか藤色のローブを身に着けていたリリゼールの文句に、オーキンスが冷静に突っ込む。
ちなみに、オーキンスがローブの事を責めなかったのは、どうせ後で分かることであり、敵前で言うことでもないと諦めたからだ。
「でもまあ、ここに何かあったら、あいつらがうるさいしなぁ……」
「約束もあるからね」
そう言いつつ、改めてエドワードたちを見るオーキンスとリリゼール。
「さて、それじゃ“冒険者ギルド方面・国内防衛戦”、始めますか」
オーキンスとリリゼール、エドワードとアレクロードの四人が、それぞれの相棒を手にし、互いに対峙した後――激突するのだった。
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