第三十四話:冷たき砂漠と暖かき氷原(前編)


 季節は初夏、梅雨を通り過ぎ、夏に入ろうとしていた(分かりやすく言えば、六月下旬ぐらい)。

 もちろん、気温も上昇してくるわけで。


「暑ーい」

「どこか涼しいところに行きたーい」


 友人たちの訴えを聞いたキソラも、暑そうにしながら尋ねる。


「ねぇ、冷たい砂漠と暖かい氷原。どっちがいい?」

「えー? 普通、熱い砂漠と冷たい氷原でしょー?」

「まぁ、普通はそうだよね」


 確かに、普通は砂漠が熱く、氷原は冷たいイメージであり、キソラも否定はしない。


「けど、あるんだよ。ダンジョンに」

「はぁ!?」


 思わず声を上げる友人たちに、キソラも気持ちは分からなくはなかったのだが、自身の管理下にあるダンジョン(迷宮ではない)にあるのだから、笑って返せない。

 しかも、ダンジョンだから、モンスターも出れば、罠もある、いつぞやの迷宮が思い出される。


「冷たい砂漠って、単なる冬の砂場じゃないの。反対に、暖かい氷原って、夏の雪山状態雪がない状態でしょ?」

「そうなんだけど……まぁ、いいや。行けば分かるから」


 信じられないと言いたげな友人たちに、キソラとしても、どう説明するべきか困ったため、笑顔で誤魔化す。


「それで、いつ行く?」

「え、行くの決定なの?」


 日程を尋ねれば、逆に尋ねられた。


「実際に見た方が早いでしょ」

「いや、職権乱用はダメでしょ」

「残念。迷宮管理者は職業なようで職業じゃないから、問題ありません」


 はっきり言えば、キソラの持つ『迷宮管理者』と『空間魔導師』というのは、職業のようで職業ではない上に、地位というには微妙に違う気もする、一種の役割のようなものである。


「それに、私も一緒だし、大丈夫。それに、主に手を出せばどうなるかなんて、守護者あの子たちが一番分かってるわよ」


 フィオラナの件はすでに『守護者通信』で守護者間に広まっており、その際の彼女の件の見出しは、『二人目の被害者現る!』というものだった。

 それでも、『フィオラナ、ついに合流』とか『関わった守護者インタビュー』と題し、フィーリアやノームへのインタビュー内容とかが記されていたが、良くも悪くも守護者間にフィオラナの名が広まってしまったのは予想外だった。


「何の話?」

「ん? いや、暑くなってきたから、どっかに行きたいなぁっていう話」


 アリシアとテレスが来たことに気づいたキソラがそう答える。


「確かに、この暑さだと、海ぐらい行きたいわね」

「では、夏休みに入ったら、我が家の別荘へ行きませんか? 豊かな自然と川もありますし」


 アリシアの同意に、テレスがそう告げてくる。


「良いんじゃない?」

「あ。私の予定、今微妙だから、詰めるのはちょっと待って」


 テレスの別荘行きに頷く友人たちだが、キソラは脳内でスケジュールを確認しながらストップを掛ける。


「そういや、夏休み中って、あんたの成績から行けば、出場呼び出しありそうだもんね」

「出場? ……って、ああ、大会か」


 アリシアとテレスが不思議そうに顔を見合わせる。


「キソラって、そんなに成績良いの?」

「キソラのお兄さん、去年の総主席。確か、キソラは今……何席だっけ?」


 あっさりと爆弾を落とす友人に、固まるアリシアとテレス。


「最高で十席。今はそれより低くて、三十席内キープ」

「え……それ、本当なんですか?」


 テレスが信じられなさそうに言うが、事実なのだから、否定のしようもない。


「お兄さんって、キソラにいたの?」

「うん。今は騎士団所属で、ここの卒業生」


 アリシアの問いに、キソラは頷く。


「兄妹揃って頭も良く、運動も出来る。羨ましい限りの才能よね」

「勉強とかの場合は才能は関係ないと思うよ。その人の努力次第だし、私の場合はやらないといけなかったから、やったって言った方が早いし」


 アリシアがそうなの? と首を傾げるが、友人は出たよ、と顰めた。

 キソラたちエターナル兄妹は周囲の面々に迷惑を掛けられないから、と勉強や運動をひたすら頑張った。追いつめられてやったということは否定できないが。


「それでも、倒れたら意味がない。キソラが倒れたら、心配するのは私たちだけじゃないんだから」


 守護者やギルド長たちのように、彼女が関わった者たちが心配する。


「そうだね。でも、能力ちからを使わない限りは問題ないと思うから」

「あのねぇ」


 そういう問題じゃないの、と友人がツッコむ。


「まあ、参加決まったら教えてよ。応援に行くから」


 そう言って、アリシアとテレスが時間を確認し、教室から出て行く。


(でも、その前に――)


 いつ起こるか分からない戦争に備え、国全体に張ってある結界を強化しないと、と思うキソラだった。


   ☆★☆   


 燦々さんさんと降り注ぐ太陽の陽に、目を細めながら、キソラたちは休日を利用して、キソラの管理下にあるダンジョン『冷たき砂漠』に来ていた。


「太陽は真上にあるのに、本当に冷たいわね」


 砂に触れながら、友人がそう言う。

 太陽の陽を浴びているのに、熱くならないとはどういうことか。


「サンドリアー、いるー?」


 オアシスすら見えない、広大な砂漠で、キソラがそう叫ぶ。

 すると、遙か遠くから砂煙を立て、こちらに何かが向かってくる。


『マーーースーーータァァァァ!!』


 そんな声が聞こえ、ぎょっとする友人たちを余所に、キソラは溜め息を吐くと、防壁を張る。


『うきゃん!』


 そして、見事に声の主はキソラの張った防壁に激突した。


『っつ……』


 痛い、と鼻をさする声の主こと少女は、涙目でキソラを見上げる。

 おそらく、この少女が、先程キソラが呼んでいたサンドリアなのだろう。


『痛いですよぉ、マスタァ……』

「いつも言ってるでしょ。敵だったらどうするの」

『うっ……』


 キソラに言われ、サンドリアは反論できずに目を逸らす。


「もう、キソラってば。年下相手にそう言わなくってもいいじゃない」

「そうですよ。可哀想です」


 アリシアにとテレスに言われ、キソラは「は?」と返す。


「年下相手? 可哀想? 本当にそう思ってる?」

「え?」

「彼女はこのダンジョンの守護者であり、ボスなの。その守護者が年下だと思う? 見た目に惑わされちゃ駄目」


 にこにこと笑みを浮かべるサンドリアに、アリシアたちは目を向ける。

 二つに纏められた金色の髪にオレンジ色の目、元気そうな褐色の肌。着ている服は、砂漠で過ごすには不釣り合いな黄色のドレス。そして、全体的に幼い彼女が――


「守護者?」


 嘘だと言ってほしかった。

 だが、それは思わぬ本人から告げられた。


「ダンジョン『冷たき砂漠』の守護をしております、サンドリアと言います」


 礼儀正しく、ぺこりと頭を下げたサンドリアに、彼女の言ったことなどどこかに飛んでいったのか、思わずアリシアたちはきゅんとなる。


「き、キソラ。この子、可愛いんですけど!」

「連れて帰っちゃダメ?」

「駄目です」


 迷宮間やダンジョン間とかならまだしも、下手に守護者やボスを迷宮やダンジョンから連れ出せばどうなるのか、分かったものではない。

 だからこそ、四聖精霊たちの召喚や憑依時にも、詠唱が必要となるのだ。


(もし、このダンジョンに棲むモンスターたちが、ここから出たとすれば……)


 考えるだけで恐ろしい。

 だが、サンドリアとて、このダンジョンから出ればどうなるかなど、理解しているはずだ。


「それじゃ、お姉ちゃんたちと遊ぼう! ずっとここにいるなんて、退屈でしょ?」


 可愛い、と抱きつかれ、苦笑いのサンドリアに、キソラは肩を竦める。

 休日は明日もあるのだ。


「いいよ。遊んでもらいなさい。ここなら日射病や熱射病になる可能性も低いだろうし」


 それを聞き、ぱぁぁと笑顔になるサンドリア。


「うん!」


 と頷くと、サンドリアはアリシアたちの手をこっち、と引いていく。

 そんな様子を見ながら、キソラも後をついて行くのだった。


   ☆★☆   


 ぴちょん、と滴が落ちる。

 ここは、ダンジョン『冷たき砂漠』とは対として存在しているダンジョン『暖かき氷原』である。


『あ、つい……』


 息もえになりながら、その手を伸ばす。

 このダンジョンの守護者にして、ボスである彼に、危機が迫っていた。


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