第三十五話:冷たき砂漠と暖かき氷原(後編)


「じゃ、次は氷原ね」


 サンドリアが守護していたダンジョン『冷たき砂漠』で一泊し、『暖かき氷原』に向かうことを告げるキソラだが――


「えー」

「えー、じゃない」


 ブーイングのような批判を受けるも、キソラは『暖かき氷原』に行くのを取り消すつもりはない。


『マスター』

「何?」

『フリードがね。最近ね、ダンジョンの気温が上がったとか上がってないとかで、うんうん唸ってたの』


 それを聞いたキソラは分かりやすいぐらい、顔を歪めた。

 あのダンジョン――『暖かき氷原』は、気温が全体的に高めである。いくら慣れているとはいえ、守護者やボスでも体調に何らかの異変を来すことはありえるのだ。


「……それなら、急いだ方がいいかもしれないわね。状況を知る必要もあるし」


 ほら行くよ、とアリシアたちを無理やりサンドリアから離し、転移の準備に入るキソラ。


『マスター、フリードのこと……』

「大丈夫、安心して待ってなさい」


 そう告げ、キソラたちはその場から姿を消す。


『フリード……』


 今のサンドリアに出来るのは、フリードの無事を願うことだけだ。


   ☆★☆   


「っつ……」


 足元が火傷しないように結界を張りつつ、ダンジョン『暖かき氷原』にキソラたちは到着した。

 だが、着地に失敗したのか、尻餅をついた友人に手を伸ばし、立ち上がらせる。


「大丈夫?」

「うん……」


 目の前に広がるのは、端が見えないほどの氷原。


「フリード! いたら返事をしなさい!」


 『冷たき砂漠』の時と同様に、広大な氷原に向かって声を掛けるキソラ。

 だが、返事もなければ、サンドリアのような行動で示してくることも無かった。


「何これ!? 氷原なのに暖かいとか!?」


 一方で、氷原の表面に触れていた面々は、暖かい氷の存在に驚いていた。


「あ、吹雪も暖かい上に、ずっと当たると火傷しかけるから気を付けてね」

「はぁぁぁあ!!?」


 キソラがフリードの気配を探りながら、何気なく言った注意事項に、アリシアたちが叫ぶ。


「……見つけた」


 とりあえず、移動することを告げ、面々は移動を始める。


「にしても、暑いわね」

「いつもなら、こんなに暑くはないんだけど……この暑さに慣れた頃に学院に戻れば、向こうでの方が涼しく感じるかもね」


 さすがのキソラも想定外の暑さである。

 フリードも心配だが、友人たちがモンスターたちの餌食になられても困るので、モンスターたちの居場所を感知しながら進んでいく。


(せめて、私が着くまでは、頑張って生きてなさいよ。フリード)


 自分が着くまでは耐えろ。

 彼の状況が分からない以上、キソラもフリードの無事を願うしかない。

 そんな時だった。

 先頭を歩いていたキソラの目が何かを捉える。


「ちょっ、キソラ!?」


 いきなり走り出したキソラに驚き、慌てて友人たちが追ってくる。

 そして、少しばかり走れば、守護者がダンジョン全体を管理するために使用している建物が見えてくる。


「でかっ……」


 見上げるほどの高さがある建物に、誰かがそう呟く。


「うわぁっ、あつっ!」


 中に入るため、扉に付いている取っ手に手を伸ばすキソラだが、熱を帯びているのか、熱くなっていた。

 赤くなった手を見て、キソラは小さく舌打ちすると、扉からやや距離を取る。


「え、まさか蹴破るつもり?」


 扉からの距離と軽い準備運動するキソラを見た友人が尋ねる。


「さすがに、手は使えないからね」


 そう言って、走り出し、ドアに向かって蹴りを入れるキソラ。


「っ、」


 それなりの強度を持つ扉だが――


(これぐらいならっ)


 空間魔法の援護で、突破できないことはない。

 耐えきれなくなったのか、扉がバキバキという音を立て、崩壊していく。

 そして、扉の真っ正面にいたキソラは、室内に籠もっていた熱気をもろに受けた。


「……うへぇ、凄い熱気……」


 アリシアが顔を歪めながら、中を覗き込む。


「フリードー! いないのー?」


 再度呼び掛けるが返事はなく、ただ反響するだけだった。


「この様子じゃ、倒れてる可能性の方が大きい、か」


 じっとしていても仕方ないからと中に入り、目についた窓を順に開けていけば、室内に風が入り、熱気が抜けていく。

 キソラが再びフリードの気配を探るために、探索魔法を発動し、次に上を見上げる。


「上、か」


 そう呟くと、面々に振り返り、キソラは告げる。


「私、少し離れるけど、ここから出ちゃ駄目だからね?」

「どこに行くの?」


 不安そうなテレスに、上を指差しながら、キソラは答える。


「上に行ってくる。空気入れ替えしないと駄目だし」

「手伝う?」

「ううん、大丈夫」


 手伝いの申し出を断りながら、キソラは笛を取り出す。


「そんなに掛からないとは思うけど、何かあったらこれを吹いて鳴らして。すぐに駆けつけるから」

「う、うん」


 笛を友人に渡し、行ってくるね、とキソラはその場を離れた。


   ☆★☆   


 何があるか分からないため、用心しながらキソラは足を進める。


「正しければ、そろそろのはず……」


 そのまま進んでいき、キソラはふと気づく。

 甕覗かめのぞき――白に近いごく薄い藍色の髪を持つ、目の前に横たわる何か。


「っ、フリード!」


 それが彼だと気づいた後の行動は早かった。

 フリードの側に駆け寄り、様子を確認する。


『う、うん……』


 サンドリアから話を聞いてからというもの、ずっと嫌な予感しかしてなかったが、どうやら無事らしい。


「次は……」


 とりあえず、フリードを仰向けにし、窓を開け、換気をする。

 それが終われば、次にキソラが行ったのは、水の調達である。


「っていうか、水道止まってるし!」


 ようやく水道を見つけるも、水が出てくる形跡すら無かった。


「ウンディーネ!」


 水といえばウンディーネだと思い、キソラは彼女に助けを求める。


『名前のみでの喚びだしとは珍しいですね。どうしました?』

「『暖かき氷原ここ』の水道が止まっちゃって。おかげでフリードに水をあげようにもあげられないのよ」

『状況を見れば分かります。これなら脱水症状になってもおかしくありませんよ』


 なるほど、とウンディーネが納得しつつ、溜め息を吐く。


『とりあえず、フリードに給水させたあと、上階の窓を開けてきますが、よろしいですよね?』

「うん、悪いけどお願い。私はこの気温と空間の調査をしないといけないから」


 ウンディーネの確認に了承する。


『ご友人方はよろしいのですか?』

「ん、その点は大丈夫。休みは今日までだしね。その代わり、私が学院に行っている間、フリードの看病をお願いしてもいいかな? 授業が終われば代わるし」

『いや、看病は引き受けますけど、一々向こうとあちらを行き来しなくても……』


 キソラの負担になるのでは、とウンディーネが心配そうに言うが、先程と同様に大丈夫、とキソラは返す。


「あのね、仮にも総轄官である貴女が倒れたら、もっと大変なの」


 それと比べたら、女子寮と『暖かき氷原ダンジョン』間の移動ぐらい、キソラにはどうってことない。それに、守護者たちの看病などは、迷宮管理者である自分のやることでもある、とキソラは思っている。


「だから、無理をしないで」

『分かってます。マスターも無理をしないでください』

「ん、約束ね」


 その後、ウンディーネは窓を開け換気を行い、フリードの看病に移る。キソラは友人たちの元に戻り、『暖かき氷原』でしばらく過ごした後、寮部屋へと帰還した。


   ☆★☆   


 ぴちょん、と滴が落ちる音がする。

 そっと目を開けば、明るい天井とこちらを見る人影が目に入る。


「あ、フリード。気がついた?」

『マス、ター……?』

「あ、起きなくていいから」


 人影ことキソラの姿を確認したフリードが起き上がろうとするが、キソラがそれを止める。


『何故、ここに……?』

「元々用事があって、結構前に来たんだけどね。そしたら、フリードが倒れてたからびっくりしたよ」

『そうだったんですか……』


 頭に手を添えるフリードに、キソラは心配そうな顔をする。

 いつ頃来たのか、何日ぐらい寝ていたのか、ウンディーネも看病してくれたこととか、言っておくべきことは山ほどあるが、それは彼の体調が良くなってからでいいのだろう。


「それで、何があったの?」

『ダンジョンの気温がいきなり上がって……それで、調節しようとしたら、暑さに耐えきれなくなって……』


 それを聞き、キソラの中で心配よりも怒りが上回る。


「バカ! 何でもっと早く連絡しなかったの!」

『これぐらいなら、問題ないかと……』

「だから、倒れたんでしょ!? それぐらい頼りなさいよ。貴方たちに守護を任せている私は、貴方たちへの協力もやることの一つなの! 分かる!?」

『は、はい……』

「この程度で、とか思わないの。私たち、凄く心配したんだから」


 はぁ、と息を吐くキソラにフリードは目を見開く。


『俺、マスターに心配掛けたんですか?』

「何でしないと思ったのよ」


 フリードの問いに、不機嫌になりながらもそう返す。


「まあいいや。時間が時間だし、私は学院に行くから。私が不在の間は、ウンディーネがいろいろやってくれるから」

『え? ウンディーネ様? え? マスター? どういうことですか?』


 フリードが尋ねきる前にキソラは去っていく。


『全く、マスターってば、素直に喜べばいいのに』

『ウンディーネ様!?』


 しばらく無言だったフリードだが、姿を見せたウンディーネにぎょっとする。


『うん。目が覚めたのなら、良かったわ。サンドリアも心配してたからね』

『サンドリアも?』


 自身のダンジョンと対となる『冷たき砂漠』の守護者であるサンドリア。


『貴方が眠っていた間、サンドリアがお見舞いに来たり、マスターが暑さの調節をしたり、原因を調べてくれたりしたのよ? まあ、夜にはこっちに来ると思うから、結果はそのときに聞くとして――』


 ウンディーネは責めるような視線を送る。


マスターへ連絡の入れ忘れはともかく、水道が止まってた理由、聞かせてもらいましょうか』


 四聖精霊が一人、ウンディーネ。司る能力は水。一番嫌いなのは、水の無駄遣いと水がその場にありながら使われないことである。


『こんな脱水症状をあっさり引き起こせる環境で、貴方は死ぬ気だったんですか?』

『いひゃいれす(痛いです)、ふぅんひぃーふぇふぁふぁ(ウンディーネ様)』


 フリードの両頬を横に引っ張りながら告げるウンディーネに、フリードはやや涙目になりながら痛いと訴える。


『確かにそれは否定しませんが、水道が止まったのはいきなりだったので……』


 赤くなった両頬をさすりながら、フリードはそう答える。


『水道が止まった原因は、暑さによる蒸発らしいわよ。貯めてあった水がほとんど蒸発してたって、マスターが言ってた』

『蒸発……』


 窓を開けていたため、風が室内に入り込んでくる。


『後少ししたら、サンドリアも来るだろうし、ちゃんと感謝しなよ? あの子がマスターに話したからこそ、マスターも来て早々、貴方を探し回ったらしいし』


 これは、フリードを看病しているときに、キソラがウンディーネに話したことである。

 到着時の異変と、サンドリアの言っていたことを照らし合わせ、守護者用の建物であるこの場所に、扉を破壊して突入、そして室内を歩き回るうちにフリードを発見し、あとはウンディーネが見たとおりである。


『本当、俺ってみんなに迷惑を掛けっぱなしですね』

『本当だよ』


 苦笑いするフリードに、隣から肯定するような声が聞こえた。


『サンドリア』


 いつもと変わらない、金髪ツインテールである彼女。


『心配したんだからね』

『悪い、お前にも苦労掛けた』


 サンドリアの頭に手を置き、撫でて労う。


『マスターにももう一度、お礼を言わないとな』


 温度調節に原因の片付け。

 看病はウンディーネがしてくれたとはいえ、面倒なことは結局、キソラがやってくれたのだ。

 そういうことも守護者である自分の仕事だと口に出せば、キソラたちの機嫌が急降下しそうなので、フリードは心の中で思っても、口に出さないよう必死に閉じる。


『あんまり言い過ぎると怒られるから、注意しなさいよ』

『分かってます』


 ウンディーネも肩を竦め、そう注意すれば、フリードは頷くのだった。


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