第十八話:湖上の城Ⅳ(犯人の名は)
「さて、どうしてくれようか」
「唸っても出られないわよ」
それを理解しているのかいないのか。未だに
簡易的とはいえ、キソラが空間魔法から即席で作ったものだ。そう簡単には壊せない。
一方で、
特に見られたりして困るものはないが、その類のものはすでにモンスターたちが最初に片づけており、その他の部分を冒険者たちが手伝っていた。
『リーリア様、何とか通り道だけは確保できました』
『ん、わたしは一応、
『はい』
執事の返事にお願いね、と言い、リーリアはテラスへと向かった。
「だーかーらー、体当たりしても無駄だって言ってるでしょ?」
檻の中の
そもそも、キソラとて近くにいたくて近くにいるわけではない。
一度、キソラが離れてリーリアや執事たちを手伝おうとしていたのだが、即席な上に簡易的なせいで檻の効果が薄まるらしく、離れすぎると
キソラも離れられないなら仕方がない、と自分の周辺だけでも片づけたのだが、それが終わると暇になり、最終的に
「……」
諦め悪く檻へ体当たりを繰り返す
(あれ? もしかして、何かヤバい感じ?)
簡単には壊せないとは言ったが、嫌な予感をひしひしと感じてくる。
そして、
ミシッ。
ひびが入る。
「あーー……みんなー、
「……」
『……』
さすがにヤバい、とキソラが周りに言えば、一度それぞれは無言になり、「はぁあああ!?」と、“湖上の城”のモンスターたちと冒険者たちからブーイングのような声を上げられる。
「いや、気持ちは分かる。私も驚いてるから」
キソラも何だかんだで驚いてるのだ。
次の瞬間にはドン、という音との後にガシャンという音がした。
「壊れないんじゃねーのかよ!」
「そのつもりだったわよ!」
重装備の冒険者の言葉に、キソラはそう返す。
檻が壊れ、ゆっくりと
そして、ぐるりと見回し、キソラに目を向けたところで、見回すのを
「
いつの間にか隣にいた少年の言葉に、キソラは苦笑する。
「まあ、出した以上は責任は取るよ」
「また叩き落とすつもりか?」
「まさか」
確認を取るように聞いてくる少年に、キソラはニヤリと笑みを浮かべて言外に「何を冗談を」と返す。
『グルルル……グワァッ!』
唸りながら噛みつこうとしてきた
「いくら檻に入れられたのが気に入らないからって――」
そう言いながら、
それがどうしたと言わんばかりに、
「いきなり攻撃はしないでほしいなぁ」
その光景に驚く冒険者たちを余所に、キソラは
「同じ手は食わないわよ?」
『グルルル……』
『……ス』
「……ん?」
『……コロス』
「喋った!?」
驚く面々にキソラは顔を顰めた。
まるで、厄介なことになったとでも言いたそうな風に。
そして、背にある翼で飛び上がり――その翼で起こした強風がモンスターたちや冒険者たち、キソラに襲いかかる。
「っ、本気で来やがったか」
「マジでどうすんだよ!」
少年は叫ぶ。
「リーリアはまだ戻ってこないの!?」
『はい。呼んできますか?』
「いや、呼びに行かなくていい」
そう話していると、上から砲撃が降ってきたため、避ける。
「くそっ、『モード:
「って、嘘!」
――が、瞬時に傷は塞がった。
『傷つけても、すぐに塞がる、ですか』
執事はふむ、と思案する。
ちなみに、
「こうなったら深く傷つけるしかないか」
キソラは舌打ちし、双剣に魔力を集中させ、再度切りつける。
「チッ、まだ浅い」
他の冒険者たち何名かも同じように切りつけているが、やはりどれも浅い。
「――……、」
「――え?」
何か言ったか? と少年はキソラを見るが、そこに彼女はいなかった。
「“連撃――緋炎・烈火”!」
「これでダメなら――氷だろうが雷だろうがくれてやる!」
じりじりと肉を焼くような音がし、
「うおっ」
痛みで暴れる
キソラを睨みつけるものの、反撃はしてこない。
「さて」
それを確認したキソラは一歩前に出て、
「苦しいでしょうが、死にたくなければ――大人しくご主人様の元へ帰りたければ答えなさい」
その言葉に、その場の面々は驚いた――もちろん、
そもそも何故、誰かに送り込まれたとキソラが判断したのかといえば、単純に“白亜の塔”の時に守護者であるフィーリアの意識を乗っ取った人物が“湖上の城”に
だから、キソラは「自身の考えを否定して欲しい」という思いと、「これで解決してくれるのならいいんだけど」という不安な思いで
「あんたをここに放り込んだのは誰?」
最初は無言で貫いていた
『…………ョ』
「え? 何、聞こえない」
『……魔女』
「……」
聞き取りにくかったので、再度聞けば、『魔女』と
それはまるで、嫌なものを聞くことになったかのように。
『次元、ノ、魔女、トカ、イウ、人間、ノ、オンナ』
だが、
『次元の魔女』、と。
「――……は? 嘘じゃないわよね?」
『嘘、ツイテモ、無意味』
「――……」
何かの冗談であってほしいと思って告げても、
理由は分からないが、怒りが湧いてくる。
いつからなのかは分からない――おそらく幼少時だとは思う――が、キソラの記憶の一部にキーワードとして『次元の魔女』というものがあった。
そして、頭を
『大丈夫ですか、マスター?』
いつの間に戻ってきたのか、リーリアが心配そうな顔でキソラを覗き込む。
「……大丈夫。寝てないせいだと思うから」
“湖上の城”の窓からは朝日の光が射し込んでおり、どうやら本格的に朝になってしまったらしい。
(にしても、次元の魔女、か……)
何度記憶を遡っても、やはりその言葉を思い出したという記憶しかない。
おそらく、他の誰かに聞いても分からないだろう。
それに、今日の予定はアークをとある場所に連れて行くつもりなので、寝るつもりはない(今寝たら、すぐに起きられる自信がない上に、夜に寝られなくなる可能性があるため)。
「まあ、何だ。今寝てる冒険者たち叩き起こしてきてくれない? そろそろ“湖上の城”を出るから」
冒険者たちにそう言えば、頷いて起こしに行った。
その間に、
これで“湖上の城”のランクアップ試験は終了なのだが――
「さて、君をどうするべきか」
『マスターが良ければ、こちらで保護しておきますが』
「うーん……」
リーリアの申し出に、キソラは思案する。
保護してもらえるのはありがたいが、その分世話が大変だ。犬や猫のようにペット扱いしたとしても、エサが必要とか、管理するスペースだとか。
だが、問題はそれだけではない。
ここ――“湖上の城”が
だからと、キソラが世話できるほど余裕もないのだが。
「はぁ、仕方な――」
全て言い終えるか言い終えないときに、それは起こった。
天から地へ降り注ぐ、一筋の光が
『なっ――』
驚愕するリーリアに対し、キソラは光の発生源を睨みつけるように見上げる。
せっかくどうするのか決めたのに、これはあんまりではないか。
「くっ――」
“湖上の城”に来てから、何かがズレ始めている。
別に“湖上の城”が悪いわけではないのだが――いや、ズレ始めたのは、“白亜の塔”からなのだろうが、昨日から今日に掛けて、何をやっても上手く行かなかった。
光の攻撃を受けて横たわる
「ごめん、魔女の性格が分からなかったから防げなかった」
次元の魔女の性格が分かっていたのなら、必ず防げたのかと尋ねられれば答えはノーだが、少しでも知っていれば必ずとは言わなくとも、何とか防げたのかもしれない。
「そして、蘇生はさせられない。君がしたこともあるが、私の今の実力だと無理だ」
実際、キソラの実力云々を無視したとして、死んだものを蘇らせるのは不可能である。
この世界――リラデュイラ世界に存在する各国が死者蘇生だけは共通して、禁忌魔法に指定しているぐらいだ。たとえそれが、キソラの空間魔法と対となるであろう時間魔法の使い手が、いくら魔法を使ったとしても死者蘇生は発動できない。
もちろん、この世界の住人であるキソラは知らないのだが、仮に知っているとすれば、神と
「だから、助けることはできない」
『別ニ、助ケ、テ、モラウ、ツモリハ、ナイ』
キソラの言葉に、
その数分後、貫いた光が消えると同時に、
「……」
『……』
誰も何も言わない。
(このままの気持ちで行かないとダメなのかな?)
キソラは自身に問いかける。
こんな不安定な気持ちで行くわけにはいかないが、どうしても行く必要がある。
はっきり言えば、次元の魔女が
その後、キソラは冒険者たちを連れ、冒険者ギルドに戻ったのだった。
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