第十九話:二人が出会った場所
キソラの様子がおかしい。
アークは目の前を歩く、パートナーの少女を見ながらそう思う。
「アーク、ちょっと良いかな」
寮の自室に帰ってきて早々、ぐったりしたかと思えば、伏せていた顔を上げ、そう言った。
「ん? 何だ?」
「悪いけど、すぐに出掛けられる用意をして」
アークは首を傾げる。
何があったのかは分からないが、キソラが疲れているのは分かっているので、アークとしてはキソラには休んでもらいたかったのだが、キソラが言うのだから、付き合うしかない。
(倒れられても困るが、俺が気をつけていれば大丈夫だよな)
そう思いながら、出掛ける用意をする。
用意が終われば、「じゃあ、行こうか」とキソラは部屋のノブに付いていた錠に迷宮管理者としての鍵を差し込む。
「今日は短縮」
そして、扉を開ければ――
「ここは……」
目の前に広がる洞窟のような場所に日の光が射し込む、幻想的な場所に出る。
そのまま迷う素振りもなく歩いていくキソラに、アークもついて行く。
「どこまで行くんだ?」
アークは尋ねるが、「後少しで着くから」と振り返ることもなく、そう答えると、次にキソラは光球を出し、足下を照らして真っ暗な階段を下りていく。
そんな彼女を見て、アークも足下に気をつけながらついて行く。
一番下の段を下り終えたキソラは、下りてくるアークに振り返ると告げた。
「着いたよ」
やっとか、とアークが思っていれば、次のキソラの言葉に驚くことになる。
「ここがアークが落ちた場所であり、私がアークを助けた場所。そして――私たちが会うきっかけになった場所」
「……」
キソラの言葉に、アークは思わず無言になった。
アークとしては、まさか来ることになるとは思わなかったのだが、キソラは迷宮管理者であり、いつでも来ることは出来たはずだ。
「遅くなってごめん」
『構わない。それより……』
アークが固まっているのを余所に、洞窟の奥の方から、キソラより年下にも見える黒髪に和服を身に纏った少女が出てくる。
頭を軽く下げて謝るキソラに、少女は首を横に振る。
会話と雰囲気から察するに、おそらく、この洞窟の守護者なのだろう。
「状況が状況だったからね」
自分の背後にいたアークを見る少女に、キソラは苦笑いする。
『無事でよかった』
安堵の息を吐く少女に、アークはよく分からず、内心首を傾げたのだが、それを察したらしいキソラが説明する。
「アークがここに現れたことを最初に教えてくれたのって、この
「そうだったのか」
『あの時は重傷だったから、キソラに言って来てもらったの。ここではどうにもできないから』
納得したようなアークへ付け加えるように、神楽夜と呼ばれた少女は言う。
『それに、下手に貴方を動かして死なれたりしても、私が困るし』
だから動かさずに、管理者であるキソラへの報告を先にしたのだ。
ちなみに、神楽夜としては、アークが気を失う前に近づいてもよかったのだが、怪我の状態から警戒されすぎて攻撃される可能性があり、攻撃されたくはないというのも理由にあった。仮にそう言ったとしても気まずい空気にしかなりそうな感じがした上に、言う必要も無さそうということで、その点について神楽夜は口を閉じて心の中に封じておこうとしたのは、実にどうでもいい話である。
「そういうとこ、私と似てるよね……」
そんなポツリと言われたキソラの呟きは、二人の耳には届かなかった。
☆★☆
「なぁ、何でここに来たんだ?」
「気になることがあってね」
現在、三人は場所を移動している最中である。
そんな中でアークからの問いだった。
「気になること?」
それに頷けば、道の先からトンチンカンと何かを打つような音とうっすらとした光が見える。
『キソラ。悪いけど、まだ塞がってない』
神楽夜の言葉に、キソラは上を見上げ、それにつられたかのように、アークも上を見上げる。
光は何層もあるこの迷宮を破るようにして射し込んでいた。
『結界だけは何とか張り直したけど、階層の繋がりだけは直すのに掛かってて……』
掛かっているのは本当らしく、この迷宮のモンスターだろうモノたちが角材などを使い、各階層の修復をしている。
その際、修復していたモンスターがキソラたちに目を向け、アークと目が合うと睨みつけて、さっさと去っていった。
それに苦笑いしながら、キソラに目を向ければ、見上げながら何やら難しい顔をしていた。
(結界に綻びが生じてる。しかも、アークを助けたときより大きくなってる)
階層の穴から見える結界の様子を見ていて分かった。神楽夜本人が何とか修復したと言っていたが、状況としては応急処置にしかなっていない。
結界の穴自体も、あまり小さいようには見えないが神楽夜が修復してあれぐらいなのだとすれば、アークがこの地に来てから今日までの間、穴はあれよりもっと大きかったのだろう。
しかし、キソラにも事情があり、行こうにも行けず、今日まで遅くなったとはいえ、こんなになるまで放っておくことになるとは――
(管理者失格だ)
だが、そんなことを言っている場合ではない。
神楽夜の方も結界修復と階層修復を同時には行えないため、結界修復を応急処置のような形で終わらせたのだろう。最低でも、キソラが来るまでは維持できるように。
「……」
どうやら、階層修復よりも最上層付近の結界修復を先に行った方が良さそうだ。
さて、ここでこの迷宮の説明を。
迷宮“月の迷宮”。
守護者は
地形は入る度に変化し、次の階へ移動する手段である階段もワープゲートになったりする。
守護者の間直通ルートを知るのは守護者である神楽夜と管理者であるキソラのみ(時折、攻略しに来た冒険者たちが偶然見つけてしまうが)。
相当ランクはAランク。
守護者の間は吹き抜けになっており、月明かりや星を見ることができる。ちなみに、分かりにくく防水結界が張っているため、雨が降っても濡れることはない。
「神楽夜、階層の繋がりについては任せるけど、結界は少し修復していくから」
『……分かった』
キソラの言葉に、神楽夜は頷いた。
「それにしても、この穴は何があったの? アークが来た後に空いたやつだよね?」
先程から軽くスルーしていたのだが、キソラの記憶が正しければ、アークを神楽夜が見つけ、キソラが助けたのは、確かにこの最下層である。アークが使ったと言っていた次元転移魔法の際、辿り着く寸前に互いの魔力のぶつかり合いで迷宮に張ってあった結界に穴が空いたのではないか、とも考えられる。
だが、どこをどう思い出しても、最上層からの光を見た覚えもなければ、階層が抜け落ちるような音も聞いていない。
つまり、キソラがアークを助け、迷宮を後にした時からこの迷宮に来るまでの間に何かあったとしか言いようがないのだ。
『あー、その、攻略しに来た冒険者に、この階で大技放たれて……』
「最上層までぶち抜かれた、と」
どこか言いにくそうな神楽夜に、どんな奴よ、とキソラは突っ込みたくなった。
(それにしても、この迷宮で大技発動か)
相当ランクはAランクとは言ったが、それは神楽夜がAランク冒険者と余裕で戦えるからであり、さらに言うのなら、AランクはAランクでも、Sランクに近いAランクだ。
キソラとしても、そろそろ迷宮と神楽夜自身をランクアップさせるべきか悩んでいたのだが……
「それで、その冒険者との勝敗はどうなったの?」
『一応、私の勝ちですよ。私が見た限りではB~Cランクぐらいでしたが』
はっきり言って、その人物の実力が決められたランクと同じとは限らない。
低ランクでも強い人物は強い。
その例で当てはまるのが、キソラである。キソラの場合、ランク自体は低いが、Sランク相当の迷宮を攻略できる。たとえ管理者と空間魔導師というのを除いたとしても、イフリートらの属性さえ使えればキソラは迷宮攻略が可能なのだ。
「本っ当に、当てにならないわね。ランクは」
はぁ、と溜め息を吐けば、神楽夜は苦笑した。
「それで、他に言い忘れていたりすることは無いわよね?」
『後は……』
キソラの問いに、どこか言いにくそうに神楽夜は目を逸らす。
そんな彼女に首を傾げるが、次の言葉に、キソラは固まった。
『キソラ、大丈夫?』
「は?」
『隠してても、私たち守護者には分かるんだから。辛かったら、ちゃんと言って』
「――……」
心配させたくないのは分かるが、されない方がもっと心配になる。
そのまま顔を伏せたキソラに目を向けていれば――
「あーあ。やっぱり神楽夜には気づかれるか」
そっと顔を上げたキソラの表情はどこか悲しそうだった。
「でも、大丈夫だよ。私は大丈夫」
『なら、いいけど……』
そんな二人のやりとりを無言で聞いていたアークは、やっぱり何かあったのか、とそっと溜め息を吐いた。
ちなみに、神楽夜がキソラを気遣ったのは、『守護者通信』のお陰である。
“湖上の城”での出来事は『守護者通信』により、守護者間で噂になっていたのだが、中でも『合成獣の件はキソラがいるときは話さないように』と注意事項として記されていた。またかと思うモノもいれば、一応注意しておくか、と頭の片隅に留めておくモノもいた。
まあ、そんなこんなで神楽夜なりにキソラを心配しながらも気を使ったのだ。
「じゃあ、結界修復に向かいますか」
そう言って、キソラは最上層に向かう。
そんな彼女の背後では――
『もし、キソラに何かあったら許さないから』
「あ、ああ……」
神楽夜にやや殺気を込めて視線を向けられたアークは、そう答えるしかなかった。
そして、そんなやりとりがされていたことを、キソラは知らない。
☆★☆
――月の迷宮・最上層、結界付近。
軽く深呼吸し、目を閉じて両腕を広げる。
魔力を放出し始めたらしい彼女は、光り輝いている。
周囲には彼女の発した魔力の影響か、螺旋や渦、海中に射し込む光のようなものが、月の迷宮を覆っていた結界に少しずつ吸い込まれていく。
「『我が魔力を糧とし この場を守りし結界を元の姿へ』」
そして、詠唱し、目を開けば――
「『迷宮管理者にして空間魔導師、キソラ・エターナルが命じる』――“結界修復魔法”、発動!」
その言葉とともに吸い込まれた光の影響か、結界は光り出し、ピキピキと音を立てる。
「……」
両腕を下ろしたキソラが目を細めて、音が収まらない結界を見る。
そして、数分後。
音は消え、この辺り一帯が静かになる。
それに頷き、キソラは神楽夜を呼ぶ。
「神楽夜」
『ん、ありがとう』
終わったと告げるキソラに、神楽夜は礼を言う。
「そう簡単に壊れないようにはしておいたし、階層ぶち破った魔法ぐらいなら耐えられるようにしておいたから」
『……ありがとう』
「ちなみに、
キソラが親指を立ててそう言えば、そうなんだ、と呟きながら間を取る神楽夜。
「え、何で引いてるの? 私、引くようなことをした?」
神楽夜に軽いショックを覚えたキソラに、神楽夜は溜め息を吐く。
『さっきもしたけど、修復に関してはありがとう。でも、SSは心配しすぎ』
「何度も言うけど、ランクは目安であって、当てにならないから。しすぎかもしれないけど、無いよりはマシなんだから」
キソラの放てるいくつかある最強魔法でも、SSの威力を持つものもある。そのため、上限をSSにしただけなのだが――
(
SSで引いていたぐらいだ。嘘でSSSと言えば、どん引きされかねない。
それでも、キソラは偶然迷い込んだタイプの冒険者以外、Aランクまでの冒険者以外は入れるつもりはない。
(でもまあ、神楽夜の言う通り、心配のしすぎならそれで良いんだけど……)
結界越しの空に目を向けて、そう思うキソラだった。
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